第30話 隠す人と隠せない人と隠す必要のない人
「ふんふんふ~ん、ふんふふふんふんふ~~~ん」
(滅茶苦茶ご機嫌なんだけど……)
「そりゃそうだよ。好きな人の家に来たら誰だってご機嫌になるでしょう?」
「えっ!!?」
(だから時恵は……)
「だから時恵ちゃんは、何なのかなぁ~?」
「私に全部を教えなかったんだなと思って! 時恵が私に全部全部教えてたら全部全部そのまま心音に伝わっちゃうから!!」
自棄になって記代子が叫び出す。その内容を聞きながら、なるほどなるほどと頷いている心音。時恵はカウンターキッチン越しにそんなやり取りをしている2人を見つめている。心音の超能力の範囲から外れるような位置取りだ。
ここまであからさまに避けられている心音だが、先にインターフォンでの会話で時恵から断りを入れられている為に不快だと思っていない様子。
「ここまで適切に対処されるとさ、もうこっちも遠慮しなくて良いよねって気がして来るよ。
まぁ無理に近寄ろうとは思わないから安心してねっ」
(何なのこの恋する乙女みたいな時恵を見つめる目は……)
「みたいな、じゃなくてそのまんまなんだけどねっ」
「うわぁ~……」
記代子はもうこの際全て声に出せば良いのでは? と開き直りつつある。
心音が時恵の家へと来た理由は1つ。記代子の心の声をたまたま拾ったからだ。元々記代子と心音は顔見知り程度。仲が悪い訳ではないが、特別に良いという訳でもない。
心音がそんな間柄である記代子を見掛けたのはコンビニの自動ドアから出て来たところだった。両手に大きな袋を持って歩いて来た。最初はそんな荷物を持って学校に行くつもりかと眺めていただけだったが、記代子の方から心音へと近付いて来た。その際に漏れ聞こえて来た記代子の心の声に時恵の名前があった為、後ろからこっそりとついて行ってしまったのだ。
心音の能力有効範囲はそれほど広くなく、知らない人間が見れば2人で一緒に歩いていると思われるほどの近い距離にいたのだが、人目を全く気にせず前だけを見て歩いていた
記代子は心音に気付かなかったのだ。
何故時恵の名前を聞いて記代子の後をつけたのか。
「実はボク、時恵ちゃんの事を好きなんだよねぇ。
あっ、でもね、自分でもラヴなのかライクなのか明確に判断出来ている訳じゃないんだけどね? ただ眺めててて、かぁいぃなぁ~とかぎゅっとしたいなぁとかクンクンしたいなぁとか思ってるだけだよ?」
わざわざVの発音で下唇を噛むというこだわりを見せる心音。そして、はっきりとした恋愛感情ではないという言いつつもかなり危険な色を孕む発言。
「でもさ? 好きなのか愛しているのか良く分からないけどさ? 時恵ちゃんの事は気になってる訳でさ? その時恵ちゃんの家にさ、記代子ちゃんが大きな袋を持って歩いて行く訳じゃん。
そんなんスルーして学校行ける訳ないよね~」
ニヘラと笑顔を見せる心音だが、そこからは嫉妬心なのか単なる好奇心なのかを読み取れる事は出来ない。楽しそうだな、程度の印象しか受けられず、だからこそ何と返すのが良いのか分からない。
「私が時恵の家に向かってるのが分かったから後をつけて、つけてる間にポロポロと私の心の声が聞こえて来て、ある程度の事情が分かったと」
「うん、ある程度はね。で、時恵ちゃんはボクに心の声を聞かれる事を警戒しているっと。
ボクに心の声を聞かれて何か嫌な経験をしたのかな?」
じっと心音の顔を見つめながら、時恵がふるふると首を横に振る。
「違うの、心音は優しいから私の心の声を聞いて、一緒に悲しんでくれる。一緒に泣いてくれる。辛かったねって慰めてくれる。
だから、聞かせたくないの」
(あ、これウソっぽいな)
「うん、ボクもそう思う」
「うっ……!? ホントやりにくいな……」
「ボクはやりやすいけどね。変に聞こえない振りしなくて済むから気が楽でいいもん」
心底楽しそうに振る舞う心音。時恵はそんな心音の表情を久し振りに眺める。超能力に目覚めてからの心音は、自分が心の声を聞いている、聞こえてしまっている事に気付かれないようにと努めていた。
誰だって考えている事がダダ漏れになっているのは嫌だろう。それこそ今の記代子のように、何を考えていいのかと考え込んでしまうだろう。早々に開き直るか、心音から一定の距離を取るかしか対応のしようがない。
しかし今現在、心音はそんな気遣いをせずに2人と向き合っている。早々に諦めて隣に座っている記代子と、最初から距離を取るからと断っている時恵。心音にとってはこれ以上ないくらい気楽な状況だ。
時恵はキッチンに立ったまま、記代子がコンビニで買ったポカルを飲んでいる。記代子はソファーに座って紅茶を、心音はお茶を飲んでいる。
(はぁ、今回こそはずっと寝て過ごそうと思ったのに……)
時恵は心音がいるので気を休める事が出来ないでいる。いや、心音にはずいぶんと支えられ、助けてもらった大切な仲間であるという思いはある。
あるのだが、心の声を聞かれていると認識した相手との接し方に心音が慣れるまで、毎回相当な時間を要すという経験も、時恵は持っている。
ましてや恋愛感情かどうかは置いておいたとしても、好きな相手である時恵への接し方は過剰かつ異常になると知っている。それこそ好きな相手の心を見通す事が出来て、かつ時恵にはその能力を隠す必要もない。心音は毎回これでもかというほどはしゃぎ、時恵に好きだ好きだと詰め寄る。隣に
(今回は心音を連れて行くつもりじゃなかったからこそ余計にやりずらいな……)
時恵の予定として、心音なしであの隕石をどうにかする手掛かりを見つけたい。時恵が思うこの終わらない日々の最高の終わらせ方には、どうしても心音が邪魔になると考えるからだ。
記代子には伝えていない、そして今後仲間が増えたとしても伝えるつもりのない事柄を抱える時恵としては、隠す事が出来ない相手である心音を連れて行くのは避けたいと思っている。
(打ち明けたとして、それを邪魔しないでくれるならいいんだけど。でもダメだと止められたらもうそこで記代に告げ口されるかもだし……)
「だってめっちゃ可愛くない? コンタクトにせずにあの細い縁の眼鏡を掛けてるのとかすんごい可愛いじゃん♪」
「それは萌えってヤツなの? 縁なし眼鏡も良かったけどなぁ」
「縁なし眼鏡? えー!? 時恵ちゃんが2人!!? 何で呼んでくれなかったの!!?」
真剣に考え込む時恵に対し、キッチンを挟んだ向こう側の心音と記代子がわいわいきゃーきゃーとやっている。
(とりあえず、このループでいかにして心音から逃げるか、かな……)
時恵は最悪の場合、記代子だけを呼んでその場で時間を戻せばいいかな、などと考えていた。
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