第3章:X+3回目
第29話 あなたは1人じゃないのよ?
(聞き逃しちゃったけど、
夜中2時。
(最初の渡……、私が記憶を書き換えてしまった渡君から掛かって来た電話には、当分は私と2人きりでループするって言ってたな。でも絶対にまた渡を仲間にするからって言って、電話を切ったんだ)
平行世界の渡には早く仲間を増やすように伝え、自分は私に2人だけで繰り返すつもりだと話した。その違いは何なんだろう。
隣に自分のクローンがいるのであれば、なおさら当分は渡と
それも記代子からすればそう思うだけで、時恵からすればそうでもないのかも知れない。
(分からない。でも多分、私が知らされていない何かが原因のような気がする)
それが何かなのかは分からない。あえて隠す事なのか、知る必要のない事なのか、知られるとマズイ事なのか。
(何だとしても、私は時恵を信じてついて行くだけか……)
何だかんだと突っ掛かって来たり、からかったりして来る時恵だが、もうこんな世界なんてどうでもいいと言っていた最初の時恵に比べればマシだ。いや、マシどころの話ではない。記代子をからかうだけの余裕を持っているという事だ。
記代子の役割は、時恵のモチベーション維持という点でも重要なのである。
(いや、でも自分のクローンが生まれて、別の世界で渡と共に頑張っているってのは微妙な気がする。
などと、ベッドの上でゴロゴロと寝返りを打ちながら考え込んでいるうちに、また夜が明けたのだった。
眠れぬ夜を過ごした後、記代子は今回も時恵の家で次のループまでを過ごす事に決めた。前回のループでもそうだったが、このループにおいてすべき事は何もない。時恵の精神的安静の為のゆとり時間だ。
しかし、記代子にとってはただ時間を過ごすだけにはしたくない。夜の間に考えていたモヤモヤをどうにかしたい。時恵の考え全てに共感する事は出来なくても、考えそのものを知っておきたい。
そうでないと、時恵が間違った事をしようとした時に、止める事が出来ないと思ったからだ。
(制服に着替えて、お母さんには遅くなると伝えて、時恵の家に向かう途中に学校へ休むって連絡して……)
「行って来まーす」
記代子は家を出て、前回と同じ道筋を通って、前回時恵と待ち合わせたコンビニへ入った。
(時恵に私の好みは知られているけど、私は時恵の好みを知らないな。何回ループを経験したら分かるものなんだろ)
ジュースにおやつに軽食に。自分の財布に入っている2万円以内であれば、食べ残そうが時恵の好みでなかろうが関係ない。どうせ次のループの際に財布には2万円が入った状態になっている。
(ループする事が前提とはいえ、金銭感覚が麻痺しそうだな。気を付けないと)
前回は時恵と2人でコンビニを出た為、荷物は記代子と時恵で1袋ずつ持って歩いた。しかし今は記代子1人。両手にコンビニの大袋を持って外を歩く事になる。
(しまった、これじゃ時恵に電話出来ないじゃん。まぁいっか。インターフォン鳴らせばいいや)
学校に向かう学生の流れを無視しながら歩いて行く記代子。自分の姿が異常だと思われている事は分かっている。学校とは違う方向、明らかに昼食だけではない荷物。
(でも関係ないよねぇ、どう思われようがどうせなかった事になるんだし)
歩く速さはゆっくり。確かな足取りで時恵の家へと向かう記代子。
(そう言えばお弁当の中身、前回と全く一緒だったな。2回や3回ならまだいいけど、これが何千・何万回と同じだったら嫌だよね……。時恵の気持ちがほんの少しだけ分かる気がする)
時恵が終わる事のない、終える事の出来ないループを繰り返している中での苦悩は、何も毎回内容が同じお弁当についてだけではないのだが、少しでも時恵と同じ苦悩を味わい、共感したいと思っている今の記代子にとっては些細な事でも深く捉えてしまうようだ。
(いい? 時恵、あなたは1人じゃないのよ?)
「な~んちゃって」
独り言を零してふふっ、と笑う。そしてまた真顔に戻り、記代子は心中での独白を続ける。
(時恵がどんな思いで今まで繰り返して来たのか考えると、自分がした事の重大さが嫌と言うほど分かる。そんな私をよく時恵は心の支えになってくれなんて言えるよね……。私ならとりあえず殺して、次のループでも殺して、飽きるまで殺し続けるかも知れない)
大通りから少し入って住宅街へ。もう少しで時恵の家だ。
(今回はちゃんと部屋着も持って来たし。ブラジャーもスポブラじゃないちゃんとしたやつだし。ブカブカじゃないしちゃんとサイズ合ってるし!!)
前回の時恵とのやり取りを思い出し、1人プリプリと怒り出す記代子。2回目ではあるがしっかりと道順を覚えていたので迷わなかった。
(着いた着いたっと)
コンビニの袋を持ったままの手でインターフォンを押す。時恵の自宅のインターフォンにはカメラが内蔵されており、記代子は時恵の両親は仕事の為に不在である事を知っている。
(ちょっとふざけても良いよね)
カメラ越しでも見えやすいように一歩後ろに下がり、右目だけ閉じて舌を出したギャルっぽい表情で応対を待つ。
(ちょっと遅くない……?)
もうこの顔止めようかと思ったタイミングで時恵の声が聞こえた。
『何やってんの? 信じられないんだけど』
「え? スベったのは分かるけどそこまで言わなくてもよくない?」
スベった気恥ずかしさから少しケンカ腰な口調になる記代子。そもそも自分がそんな事をしたのが悪いとは思うものの、朝一番のやり取りでそんな辛辣なツッコミをしなくても、と思わなくもない。
『朝一で捕まったのは仕方ないと思うよ? 私もちゃんと言ってなかったし。でも2人揃ってふざけた顔する事ないんじゃない? せめて今から2人で行くからって連絡くれても良かったと思うんだけど』
「へっ? 2人って?」
記代子が何気なく後ろを振り向くと、そこには記代子と同じくギャルっぽい表情をしている
(ヤバッ!? 心が読まれる!!?)
「いやいや遅いよ? さっきから全部聞いてたからね?
ごほんっ、あなたは1人じゃないのよ? な~んちゃって」
(えっえっ、ええっ!? どこから、どこから聞かれてたの!!?)
さっきから全部聞いている、と話す心音。記代子はただ慌てるだけだが、記代子と心音とのやり取りで、時恵は心音が黙って記代子の後を着けて来たのだと判断した。
『はぁ……、記代。心音と一緒に入って来て。
心音、全部しっかり説明するけど、私の行動を見て不快に思わないでほしい』
「了解。じゃ、行こっか記代子ちゃん」
心音は記代子の返事を待たずに、先に時恵の家へと上がって行った。その背中を慌てて追う記代子。
(この家に来るの、初めてじゃないんだ)
「そうよ~、何回も来てるよ~。お邪魔しま~す」
(あぁ、ダダ漏れだ……)
この家に来るまでの道中、どこで心音に見つかり、どこから心の声を聞かれているのか、そしてここまで何を考えながら歩いていたのかも分からなくなり、記代子は色々と諦めたのだった。
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