第03話:(試されてる……?)


「やられた、逃げられた……」


 思わず声に出してしまう夢子ゆめこ。教室内はすでに昼休みモード。誰も夢子ととおるのやり取りを気にしていた様子はない。

 


 夢子は明け方、自身に予知能力が発現した事を自覚した。

 普段から夜遅くまで起きている事が多い為、朝はギリギリまで寝ているタイプの夢子だが、明け方に自然と目が覚めてからは二度寝をせずに身支度を整えた。


 予知能力とはいえ、かなり不完全な物である事を自然と理解した。いわゆる予知夢だ。

 自分が学校にいる夢を見て目覚めた後に、これは実際に今日起こる事だと、何故かそう確信した。


 予知夢の内容は、仲の良いクラスメートである男子、透が自分のパンツを見るというもの。それも透視能力を使って。そんな曖昧なイメージの夢だった。

 これが予知夢だと理解する事が出来たが、どこで、どのようなシチュエーションで自分のスカートの中を見透かされるのかまでは分からない。背景はハッキリ覚えておらず、周りに誰がいたかも定かではない。

分かるのは、自分と徹の2人がその場にいた、これから起こる出来事だという事。


 自分だけでなく透まで物を見透かす事の出来る超能力に目覚めるのだろうか。どうして同じタイミングで発現するのだろうか。

 しかし、いくら考えようにも夢子には分からない。実際にこうして夢子に予知夢という超能力が発現しているのだ。そういうものなのだろうと思う事にした。


(透があたしのパンツを、透視する……?)


 この予知が確かならば、どうせ自分のパンツは見られるのだろう。

 避けられない未来なのであれば、いつのタイミングで透が自分のパンツを見たのかくらいは知りたいと、夢子はそう考えるに至った。


 透の超能力は透視だ。しかし、見透かされないように防ぐ手立てはないだろうか。


 それこそ毛糸のパンツを履けば下着としてのパンツを見られないかも知れないが、この歳で毛糸のパンツを履いていると思われるのは嫌だし、そもそも毛糸のパンツを見透かして、さらに毛糸のパンツ越しに下着としてのパンツを見られる可能性もある。

 スパッツであれ、タイツであれ、その可能性を元にするなら履いていないのと同じである。


 もしそうなのだとすれば、自分のパンツを見られる前提でトラップを仕掛けよう。

 出来るだけ新しく、清潔そうに見える白いパンツをびろ~んと伸ばし、お尻の部分に黒いマジックで文字を書く。

 『透、見てんじゃないわよ!』と、キュッキュッと綺麗に丁寧に書く。


(透っていう文字がなかなか上手に書けないわね……)


 そう思って3回も書き直し、そして最後に書いたパンツを選んだ。書き損じたパンツはとりあえずタンスに戻した。


 白いパンツに男子の名前を書くという行為に今さらながら赤面する夢子だが、「大事な事だから……」と謎の言い訳を呟き、そろりとその名前入りパンツに足を通した。



 そして今、透は自分のパンツとそこに書かれた文字を読んだ、そう夢子は確信した。自分の方を見ながらあんな間抜けな声を上げたのだ。

 恐らく、スカート越しにパンツを見透かす事が出来た喜びを感じた後、夢子が書いた文字に驚いて声を上げたのだ。


(透が、あたしのパンツを見て、喜んだ……?)


 ぶんぶんっ! と頭を振って、夢子は集中し直す。今は何故透が逃げたのか、それについて考えないと。


 そう、4時間目の授業が終わってすぐ、透は夢子から逃げたのだ。普段であれば透は自分の机で弁当を食べているし、たまにではあるけれど、透は夢子と2人で、または複数のクラスメートを交えて昼食を共にする事もある。


 なのに透はわざわざ鞄を抱えて、走って逃げた。

 何故逃げた? 透はパンツを見た事がバレたから逃げたのだろうか。いや、その場ですぐに否定していたし、何とか誤魔化そうとしていた。夢子はどうやって透に自分のパンツを見た事を認めさせようかと授業中にずっと考えていたというのに……。



(もしかして、試されてる……?)


 夢子はようやくその可能性に思い当たる。

 透は夢子の予知能力に気付き、その上でどこまで予知出来るのか試しているのでは……?


 完全なる予知能力ならば、あのやり取りの後に透がどのような行動に出るかまで把握出来ただろう。

 いや、やり取りを始める前から全て分かった上で行動しているはずだ。しかし、自分は逃げる透の背中に向かって、待ちなさいと叫んでしまった。

 つまり、夢子は透が逃げるとは知らなかったと公表しているに等しい行動を取ってしまった訳だ。


(しまった……)


 そこまで考えが及んだ後、夢子はふっと笑みを浮かべる。

 自分は一体何をそこまで難しい事を考えているのか。

 透に対して喧嘩を売るつもりはない。パンツを見られたから何だと言うのだ。

 むしろ超能力を持つ者同士、今まで以上に仲良くなるキッカケに出来るじゃないか。


 いつまで経っても進展しない2人の仲。もどかしくて苦しくて、何かキッカケがあれば、タイミングがあれば、より親密になれるはずなのに。

むしろ何故透は私に告白して来ないのか……。


 そんな夢子に発現した超能力。

 特別な2人。秘密の共有、そして2人にしか分からない苦悩なんかも分かち合えるかも知れない。

 相手は透視能力者。隠し事が出来るとは思えない。それこそ、自分の毎日の下着の色を知るなんて透にとっては簡単な事かも知れない。


(恥ずかしいけど、それがこれからのあたし達の関係になるんだ…)



 よし、と夢子は自分の弁当が入っている鞄を手に、透を探しに行こうと立ち上がる。

 スマホで透へ電話を掛けて居場所を聞き出すというような無粋な事はしない。


 教室の中、廊下側の一番後ろの席。丸い眼鏡を掛けて分厚い本を読んでいる時恵ときえに声を掛ける。


「ねぇ時恵ちゃん、透がどっちに方向へ行ったか分かる?」


「屋上よ」


 本から目線を変えず、つまらなさそうにそう答える時恵。夢子は時恵の返事に対して若干の違和感を覚え、思わず尋ねる。


「何で屋上だって分かるの? 階段の方に向かったのが見えたからって、上に行くかか下に行くかまではは分からないでしょう?」


 時恵の席から、透が上へ向かったか、下へ向かったか、そもそも階段を使ったかどうかすら見えない。


「夢子、追い掛けるんでしょ? 早くしないと、透を誰かに盗られるかもよ?」


「えぇっ!!?」


 時恵に急かされて、夢子は慌てて階段へと向かって走り出した。



(全く、透ったら屋上で食べるならあたしを誘えばいいのに!)


「そんなに急いでどこ行くの? パンツ見えちゃうよ?」


 階段を上っている途中に別のクラスの友達、心音ここねとすれ違い、呼び止められる。


(もう見られてんのよ!)


 心の中でそう叫びながら振り返ると、心音がニコッと笑いながら、


「あぁ、だから透君を追いかけてるんだね」


 そう口にした為、夢子は立ち止まってしまった。

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