第1章:X+1回目
第02話:「見たでしょ!?」
学ランとセーラー服を着た学生達。男女共に足取り軽やかに高校生活という名の日常へと進んで行く。
同じ毎日の繰り返し。楽し気に話す女子生徒、澄まし顔で答える男子生徒。人の数だけ物語があり、それぞれが進行中のようだ。
その中、特に足取り軽やかな男子生徒が1人。
その表情を表すならばニヤニヤ。何かいい事があったのであろう、そう思わせる彼の顔。
彼の名は
昨夜、自分の身に起こった変化を自然と理解し、そして今日実際にその変化を学校で実践しようとしているのだ。
彼に起こった変化。それは、超能力の発現。
彼は夜中、何気なく目を開けて自身に透視能力が発現した事を自覚した。
普段であれば熟睡したまま朝を迎えるのが常である彼にしては、夜中に起きる事は珍しい。
その後すぐに透視能力を試した結果、かなりの集中力が必要である事が判明。
能力を常時発動させたまま他の動作をする事が出来ないと分かった。
そして今、彼は来るべきチャンスを掴む為に能力を温存している。
その時が来たのは3時間目終了後。
日直の
さり気なく周りを見回し、おもむろに机に頬杖を付く。透の席は前から3列目。前方にはゆっくりと黒板消しを上下させている夢子しかいない。
透は夢子の臀部をじっと凝視する。制服のスカート、決して厚くはないその生地を透視するにも相当な集中力を必要とする。
すぅっ、とスカートが透け、白地の下着が浮き上がるように全容を露わにした。
透の拳にグッと力が入り、ニヤケ顔になる直前に「はぁ~!?」と間抜けな声を漏らす。
透が透視能力で見透かした物、白地の下着に黒いマジックで『透、見てんじゃないわよ!』と書かれた文字。
バッ! 透の声を聞いて夢子が勢い良く振り返り、目を離さず黒板消しを戻し、チョークの粉が付いた手をパンパンと
どしどしどし! そんな足音を立てて夢子が透の前に立ち、器用に小声で怒鳴る。
「あんた、見たでしょ!」
「は? 何の事?」
(何で!? 何がどうなってるんだ!!?)
努めて冷静に、顔に出ないように透は考える。何故
超能力が発現してまだ1日と経っていない。もちろん誰にも話していないし、自室以外で超能力を使ったのは今が初めてだ。
(もしかして……)
頭に浮かぶのは、超能力が発現したのは自分だけではないという可能性。
目の前の夢子にも、透のように超能力に目覚めたのか、それとも以前から超能力を持っていたのか。
見た、だけであれば心を読む超能力が考えらるが、夢子はわざわざパンツに『透、見てんじゃないわよ!』と家で書くという事前準備をしている。
それを考えるに、超能力の種類は予知。未来を見る超能力を持っているのではないか。
(事前に用意するとか可愛過ぎかよ)
だとすれば、と透は続けて考える。
あくまで夢子が見たのは未来であり、今現在の自分の心の中を見透かしている訳ではないはずだ。
ならば……。
透は曖昧な返事をしながら集中する。凝視するのは夢子のあご先。
さすがに直接胸を凝視していればバレる。多少焦点からズレていても、その周辺の透視が出来るのは昨夜に確認済みである。
そして、人間の体の中身までは見えない事も。
すぅっ、と制服の白いブラウスが透けてブラジャーが淡く浮き上がって来た瞬間……。
「ちょっと透、聞いてんの!?」
夢子が声を荒げながら腕を組んだ為に、透の集中力が切れて透視能力が解除されてしまう。
「あぁ! もうちょっとだったのに……」
ガクッ、と肩を落とす透を見て、夢子がやっぱり! と確信を持った表情でさらに詰め寄る。
「あんた、やっぱり見てたでしょ! このスケベ、超能力を下品な使い方してんじゃないわよ」
「いやいや、何の事? 高校生にもなって超能力が何とか言って、夢子だけに夢見がちな奴だな」
未だ自分のスカートの中を見透かした事を白状しない透に掴み掛かろうとする夢子をチャイムの音が止める。4時間目の授業開始のチャイムだ。
(助かった……)
ほっ、と息を吐く透と、ダンッ! と机を叩いて立ち去る夢子。普段からよくやり合っている2人のやり取り。周りの生徒達は特に気にしていない。
教室全体が授業の雰囲気に変わった中で透は1人、夢子のスカートを透視した事実を認めなければ、夢子の予知した未来は確定しないのではないか?
いや、でもすでに夢子はパンツの文字を読んで声を上げる自分のリアクションを観測した後なので、これはもはや過去なのではないか? などと難しい事を考えていた。
4時間目の授業が終了し、担当の教師が教室を出たと同時に自分の鞄を持って立ち上がり、透は走って教室を飛び出した。
透を呼び掛ける夢子の声を背に、完璧な未来予知が出来るのであれば居場所はすでにバレているであろうと透は考える。
しかし、夢子はわざわざ待ちなさいと叫んだ。未来予知が出来ているのであれば、自分がどこへ逃げようと追いかけられるであろうし、もっと言えば待ち伏せだって出来るはずなのだ。
それらの事を考慮すると、夢子は恐らく自分と同じように常時発動型の超能力ではないのだろうと思い至る。
(ま、何でもいいさ)
別にバレても問題ない。夢子も超能力を持っている。
元々仲が良いのだから、逃げたり避けたり、ましてやいがみ合ったりする必要はない。
逃げた場所に夢子が来たら全てを打ち明けて、秘密を共有する仲間として情報交換をしよう。
(超能力カップルとか、ラブコメでありそうだよな)
透はそんな事を考えながら、屋上へと足を進めた。
(はぁ……、相変わらずね。これなら今回も2人は付き合う流れね)
教室の後ろの方の席、大きな本を読みながら先ほどのやり取りを見つめていた時恵が小さくため息を吐く。
(1人この日常を眺めているの、あんまり好きじゃないんだけどな……)
渡は夕方までには時恵の元へ帰って来るから、と言っていた。1人残される事には慣れている時恵だが、かつて仲間だった者達が楽しそうに日常を過ごしているのをただ見つめるだけの時間は、とても辛い。
(だからって、その日常を奪うのも気が引けるし)
時恵はただこの教室で待つ。渡が迎えに来てくれるのを。
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