第一幕 その1
半円形の大教室が真っ二つに割れていた。
黒板に向かって右側にはアブソリュート帝国、左側にはブレイズ共和国の生徒が座っている――いや、立ち上がっている。
それぞれ約三十名。双方が今にも抜刀、或いは魔法で攻撃しようと身構えていた。
一触即発の、張り詰めた緊張感。
ブレイズの生徒の一人――鮮烈な赤い髪をした男子が口火を切る。
「どうした帝国のお姫様。お前ら貴族はお高くとまっていやがるが、てめえ一人じゃ何もできねえ。結局俺たちに頼らなきゃ、
ふてぶてしい表情に、鋭く、好戦的な目つき。
格調の高い制服を、だらしなく着崩している。
ブレイズ共和国の筆頭魔術師、ハルト・シンドーは両手をズボンのポケットに突っ込んだまま首を上げ、相手を見下すような目で睨んだ。
その視線の先にいるのは、超絶的な美しさを誇る少女。
――イリス・シルヴェーヌ。
アブソリュート帝国の第一王女であり、王位継承者。正真正銘のお姫様である。
光り輝く銀色の髪に、青い瞳。その姿は、氷の妖精かと見紛うばかりの美しさ。ピンク色の艶やかな唇が開き、鈴のような声が奏でられる。
「貴族は優れた血統を持っているわ。知能も、魔力も、全てにおいて。優秀な者が能力の劣る者を導くことに、何の不思議があるの?」
「はっ、よく言うぜ。よくそこまで自画自賛できたもんだ」
「人は能力に合った役目というものがあるわ。貴様らブレイズ共和国のように、公平ばかりを優先すると、無能な者が指導者となる悲劇が起きる。それは国民を死地へ追いやる愚行に他ならない」
「その言葉、そのまま返すぜ。貴族なんざ、世襲にあぐらをかいているだけだ。大抵の奴は無能だろ」
その言葉に、イリスではなく他の生徒たちが顔色を変えた。
「何だと!? 礼節も弁えぬ平民どもが!」
「
「汚らわしい下等民族め! この学院から出て行け!!」
そんな罵詈雑言を、ハルトはせせら笑う。
「しかも取り巻きの貴族さまは、口だけで腰抜けときてる。この俺を殺す度胸もねえなら、でけー顔すんじゃねえよ」
「面白い! その品のない顔、叩っ斬ってやる!!」
アブソリュートの生徒たちが、一斉に剣を抜いた。
それでもハルトは煽るような態度をやめない。手もポケットに突っ込んだままだ。
仮にも相手はこの学院で学ぶ魔術師。それぞれの国で、剣と魔法の才を認められた者たちばかりだ。ハルトの態度は無防備にも程がある。
一人の生徒が前に出て、剣の切っ先をハルトの顔に近付ける。
「どうした!? 貴様こそなぜ剣を抜かん!? 臆したか!」
それでも尚、ハルトには余裕があった。
その程度では、決して後れを取らないという、己の力に対する絶大な自信。それが相手を圧倒した。
「ごたくはいい。さっさとやれよ。だが、てめえが剣を向けているのは、ブレイズの筆頭魔術師であることを忘れんなよ? 初撃をハズしたら……死ぬぜ?」
「く…………この平民!」
そう言いながらも、じりっと後ずさる。
それを見て、ハルトの背後に並ぶブレイズの生徒たちが笑い声を上げる。
「おいおい、どーした! そのへっぴり腰は!」
「これだから温室育ちのお坊ちゃんはな! ひゃはははははは!」
「何ならアブソリュート帝国をぶっ倒して、その勢いで
そんなやり取りを、困った顔で聞いているのは講師のエルリック・エラン先生。黒板の前で、一人取り残されたように佇んでいた。
「あー君たち? 今は一応、授業中なんだけどな……」
しかし誰も聞いていない。
金髪の爽やか系イケメン教師の頬に、汗がたらりと流れる。
「あー……言うまでもないが、今世界は滅亡の危機に瀕している。北方より現れた魔族の群れ――
生徒の反応は全くないが、エルリック先生は健気に続けた。
「――魔王復活の前兆」
イリスとハルトの顔がぴくっと動いた。
「今も国境付近では、大勢の人間が魔族に殺されている。いや、内陸部でも魔族の大発生が度々起こっている。これはまさに、魔王が復活しようとしている兆しだ。だから、人間同士が争っているときじゃない。それこそが、このグランマギア魔法魔術学院が設立された理由。分かるだろ?」
それは正論だった。
確かにそのような理由で、この学院は今年設立された。魔族と戦う魔術師を養成する、という目的だ。
それまで紛争を繰り返してきたアブソリュート帝国とブレイズ共和国だが、一時停戦を取り決めた。その結果、大陸を統治する四カ国全ての協力体制が整い、ようやくこの春、一期生であるハルトたちが入学したのだった。
だがそれまで、血で血を洗う戦いを繰り広げていたブレイズとアブソリュートである。
同じ屋根の下で、平和に勉強など出来るはずもなかった。
まして帝国の皇女であるイリスが、面と向かってこれだけ罵倒されれば、黙って剣を納めるわけにもいかない。
イリスは腰の退けたアブソリュートの生徒を見つめ、
「下がりなさい」
と冷たく告げると、代わりに自分が前に出た。
ブレイズの生徒たちが静まり返る。
イリスの噂を知らぬ者はない。
たった一人で百人からのブレイズの騎士団を全滅させた。
しかしハルトだけは、不敵な笑みを浮かべている。
「何だ、お姫様がじきじきに相手をしようってのか? 光栄すぎて苦笑いするしかねえな」
教室の気温がぐっと下がり、イリスの周りにキラキラと光るものが煌めいた。
イリスの放つ冷気が、空気中の水分を凍らせている。
「なめるなハルト・シンドー。アブソリュートの王族は強さの証。強くなければ、頂点には立てないわ。アブソリュートの筆頭魔術師であるこの私に、貴様如きが勝てると思っているの?」
「……ふん」
ハルトはポケットから両手を出した。
その右手には、剣の柄が握られている。そのまま手を挙げると、するするとポケットから赤い刀身の剣が姿を現した。
炎を象った剣――銘は『フェニックス』。
ハルトの愛刀であり、相棒。炎の魔法に特化した魔剣である。
そんな長いものが、ズボンのポケットなどに到底しまえるはずがない。しかし、魔術式を織り込んだ制服は、その不条理を可能にする。
イリスもまた、上着のポケットから、しまえるはずのない剣を引き抜いた。
それはハルトと対照的な青い剣。
氷の結晶のように、華麗な姿をした魔剣。銘を『ストレプトペリア』。
薄く透き通る刀身には金色の魔術文字が輝き、イリスのまとう冷気が一段と強くなる。
空気中に煌めく氷に対抗するように、ハルトの周りに火の粉が散った。ブレイズの炎の魔術の影響か、空気中に炎が走る。
「いくぞ! 帝国の姫君!!」
「来るがいい! 平民の剣!!」
二人が一瞬で間合いを詰める――瞬間、
「いい加減にしたまえ! 『リストレイン』!!」
エルリック先生の拘束魔法『リストレイン』が発動していた。
「なっ!?」
「あっ!?」
どこからともなく現れた紐が、二人の両腕に絡みつく。
「落ち着きなさい! ここは教室ですよ。さあ離れて――」
引き離される――と、教室の全員が思った。
が、その逆だった。
「うわぁああっ!?」
「きゃあぅっ!?」
紐はお互いを引き寄せた。
「むぐ……ぅっ!?」
しかも位置が悪いことに、ハルトの顔はイリスの胸に押し付けられた。
言い換えると、
イリスの豊かなおっぱいの谷間に、顔をうずめた。
そして魔術文字の浮かぶ紐は、ハルトとイリスの体をまるで一つの荷物のように縛り上げる。
ハルトの手は、イリスのお尻を掴むように固定された。
「ひっ!?」
背筋を駆け上がるぞくっとする感覚に、イリスは思わず小さく悲鳴を上げた。
さらにイリスの足が、ハルトの股の間に割り込むような形になる。イリスの太ももに、自分には存在しない未知の物体の感触が伝わった。
「こ、これ……きゃあっ!?」
もつれ合い、ハルトが下敷きになって床に倒れる。体重がかかった分、顔を包み込むような圧迫が強まった。
や、柔らけえ!? し、しかも、いい匂いが……。
自分の置かれた状況すら忘れさせる、男をダメにするクッションだった。
だが息が出来ない。
紐を引きちぎれないかと、手を動かしたが、イリスのお尻を揉んだだけだった。
「ひ……だ、だめ……」
囁くような声を漏らすが、イリスも理性を失いそうだった。
や、やだ……みんなが見てるのに……き、気持ちいい……♡ あぁ、もうどうなっても……♡
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