　幽（ゆう）邃（すい）たる世界が白銀に明（めい）滅（めつ）している。

　猛（もう）烈（れつ）なる眩（げん）暈（うん）がわたしの意識を朦（もう）朧（ろう）とさせる。

　わたしは邁（まい）進（しん）した。韓（から）紅（くれない）の血潮にまみれた巨（きよ）魁（かい）の女性を嬰（えい）児（じ）のように抱（ほう）擁（よう）しながら燦（さん）爛（らん）たる曙（しよ）光（こう）に煌（あきら）いている白銀の滑（かつ）走（そう）路（ろ）へと降り立った。廓（かく）寥（りよう）たるロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港の展望デッキではＴＶ局報（ほう）道（どう）陣（じん）が犇（ひしめ）きあっており蹌（そう）踉（ろう）たる足取りで生（せい）還（かん）したわたしを万（ばん）斛（こく）のＴＶカメラで俯（ふ）瞰（かん）していた。わたしは咆（ほう）哮（こう）をあげた。茫（ぼう）邈（ばく）たる全世界へと生（なま）中（ちゆう）継（けい）しているらしく暗（あん）澹（たん）たる光景を喧（けん）囂（ごう）と叙（じよ）述（じゆつ）しているＴＶ局報（ほう）道（どう）陣（じん）に毅（き）然（ぜん）と獅（し）子（し）吼（く）した。このひとこそが悲劇の真犯人ですと。このひとこそが巨（きよ）億（おく）の人類を破（は）滅（めつ）させんとしましたと。わたしは懇（こん）願（がん）した。このひとの生命を救ってくださいと。このひとはただ世界を破（は）滅（めつ）させようとしただけなのですと。報（ほう）道（どう）陣（じん）は沈（ちん）黙（もく）した。粛（しゆく）然（ぜん）として清（せい）聴（ちよう）してくれた報（ほう）道（どう）陣（じん）は巨（きよ）魁（かい）の女性の救済を冀（こいねが）うわたしを悲（ひ）愴（そう）に熟視するだけであった。

　幽（ゆう）邃（すい）たる空港は騒（そう）然（ぜん）としはじめた。

　SWAT＝特別任務用機動隊が到（とう）着（ちやく）したようだ。轣（れき）轆（ろく）と疾（しつ）駆（く）する装（そう）甲（こう）車（しや）M1126ストライカーICVが滑（かつ）走（そう）路（ろ）へと突（とつ）入（にゆう）して巍（ぎ）峨（が）たる城（じよう）壁（へき）のように白銀のボーイング777を囲（い）繞（じよう）してしまった。威（い）圧（あつ）的（てき）なる黒（こつ）褐（かつ）色（しよく）のM1126ストライカーICVを防（ぼう）壁（へき）とするように驍（ぎよう）毅（き）なるボディーアーマー＝PASGTで武装した狙（そ）撃（げき）監（かん）視（し）班が配備された。交（こう）渉（しよう）班が説得をはじめた。駘（たい）蕩（とう）たる雰（ふん）囲（い）気（き）の老年の交（こう）渉（しよう）者（しや）は毅（き）然（ぜん）と巨（きよ）魁（かい）の女性を抱（ほう）擁（よう）するわたしに鞠（きつ）躬（きゆう）如（じよ）として語りかけた。いわくわたしたちは巨（きよ）魁（かい）の女性を生存したまま捕（ほ）縛（ばく）しようと。わたしたちのために断（だん）末（まつ）魔（ま）の女性を放（ほう）擲（てき）してほしいと。わたしは拒（きよ）絶（ぜつ）した。このひとが生（せい）還（かん）したとしても叛（はん）逆（ぎやく）罪（ざい）により処（しよ）刑（けい）されるだろうと。このひとの無罪を主張してくれたうえで救済してほしいと。交（こう）渉（しよう）者（しや）は熱弁をふるった。いわく叛（はん）逆（ぎやく）者を捕（ほ）縛（ばく）できない場合には殲（せん）滅（めつ）しなければならないと。叛（はん）逆（ぎやく）者を放（ほう）擲（てき）しなければあなたも同罪と見做なすほかないと。

　騒（そう）然（ぜん）たる空港は静（せい）寂（じやく）につつまれた。

　わたしは決意した。断（だん）末（まつ）魔（ま）の王（おう）妃（ひ）を庇（ひ）護（ご）するために仰（ぎよう）臥（が）させたわたしは韓（から）紅（くれない）の襤褸（ぼろ）を切（き）り裂（さ）いて胸（きよう）郭（かく）を露（ろ）呈（てい）しながら咆（ほう）哮（こう）した。ならばわたしだけを殺してくれと。全人類のために愛するものを犠（ぎ）牲（せい）にした罪人だからと。万（ばん）斛（こく）の狙（そ）撃（げき）監（かん）視（し）班が蜂（ほう）起（き）した。漆（しつ）黒（こく）の帆（はん）船（せん）で嚮（きよう）導（どう）してくれた乗組員に酷（こく）似（じ）した狙（そ）撃（げき）監（かん）視（し）班が黒（こつ）褐（かつ）色（しよく）のM1126ストライカーICVを防（ぼう）壁（へき）として漆（しつ）黒（こく）のM24SWSをかまえた。高（こう）邁（まい）なる狙（そ）撃（げき）監（かん）視（し）班がM24SWSを連射するとともに琥（こ）珀（はく）色（いろ）の閃（せん）光（こう）＝マズルフラッシュと跳（ちよう）梁（りよう）する薬（やつ）莢（きよう）＝カートリッジ・ケースが燦（さん）爛（らん）として明（めい）滅（めつ）した。終（しゆう）焉（えん）がおとずれた。絢（けん）爛（らん）たる流星群のような巨（きよ）万（まん）の弾（だん）丸（がん）が驍（ぎよう）毅（き）なるわたしの筋肉を骨格を臓（ぞう）腑（ふ）を壊（かい）滅（めつ）させていった。わたしは昇（しよう）天（てん）した。断（だん）末（まつ）魔（ま）の王（おう）妃（ひ）の傍（かたわ）らに頽（くずお）れた満（まん）身（しん）創（そう）痍（い）の肉体から薫（くん）風（ぷう）にひるがえる胡（こ）蝶（ちよう）のように孤（こ）独（どく）なる魂（たましい）となって舞（ま）いあがった。

　燦（さん）爛（らん）たる蒼（そう）穹（きゆう）へとわたしは上（じよう）昇（しよう）していった。

　わたしは地上を俯（ふ）瞰（かん）した。極（ごく）彩（さい）色（しき）のルービックキューブを玩（がん）弄（ろう）している沈（ちん）黙（もく）の青年が白銀のボーイング777から降り立ってわたしの亡（な）骸（きがら）の傍（かたわ）らに彳（てき）亍（ちよく）していた。悲（ひ）愴（そう）なる顔（がん）貌（ぼう）のまま遊（ゆう）戯（ぎ）に没（ぼつ）頭（とう）していた沈（ちん）黙（もく）の青年は華（か）麗（れい）に完成されたルービックキューブを抱（ほう）擁（よう）するように慟（どう）哭（こく）した。母親が駆（か）け寄（よ）った。暗（あん）澹（たん）たる雰（ふん）囲（い）気（き）のままボーイング777から降り立った母親は轟（ごう）然（ぜん）と号（ごう）泣（きゆう）している息（むす）子（こ）である沈（ちん）黙（もく）の青年を毅（き）然（ぜん）と抱（ほう）擁（よう）した。幽（ゆう）邃（すい）たる雪の結（けつ）晶（しよう）のような真（しん）紅（く）の血（けつ）痕（こん）の中心で沈（ちん）黙（もく）の青年と鷹（おう）揚（よう）たる母親は滂（ぼう）沱（だ）たる涙（なみだ）とともに祈（き）祷（とう）してくれた。母親は物語った。高（こう）邁（まい）なる狙（そ）撃（げき）監（かん）視（し）班に沈（ちん）黙（もく）するＴＶ局報（ほう）道（どう）陣（じん）に目（もく）撃（げき）者（しや）たる全人類に混（こん）沌（とん）たる邃（すい）古（こ）から五万年におよぶわたしの生（しよう）涯（がい）の全（ぜん）貌（ぼう）を叙（じよ）述（じゆつ）した。わたしの遺（ゆい）言（ごん）も伝達してくれた。すなわちわたしと盟約をむすんでくれたひとは髣（ほう）髴（ふつ）としてほしいと。肉体は滅（ほろ）びようともこの魂（たましい）はあなたに捧（ささ）げるつもりだと。