　巨（きよ）億（おく）の人類は破（は）滅（めつ）へといざわれている。

　澎（ほう）湃（はい）たる悲劇が須（しゆ）臾（ゆ）もなく勃（ぼつ）発（ぱつ）しようとしている。

　わたしは邁（まい）進（しん）した。剽（ひよう）悍（かん）なるテロリストが連（れん）絡（らく）のために操縦席へとしりぞき監（かん）視（し）のまなざしが弛（し）緩（かん）した隙（すき）に狭（きよう）隘（あい）なる通路へと突（つ）きすすんだ。寡（か）少（しよう）なる搭（とう）乗（じよう）者（しや）たちの足（あし）許（もと）を匍（ほ）匐（ふく）しながら驀（ばく）進（しん）してゆき猥（わい）雑（ざつ）なる操縦席への通路の傍（かたわ）らにて粛（しゆく）然（ぜん）と趨（すう）勢（せい）をうかがった。わたしは猛（もう）襲（しゆう）した。剽（ひよう）悍（かん）なる青年と監（かん）視（し）を交代した蓬（ほう）髪（はつ）の男に毅（き）然（ぜん）と突（とつ）進（しん）した。白銀のナイフを握（にぎ）る右（みぎ）腕（うで）を鷲（わし）掴（づか）み側頭部を猛（もう）然（ぜん）と蹴（け）りあげた。驍（ぎよう）毅（き）なる右（みぎ）腕（うで）の関節を右（みぎ）膝（ひざ）で断絶させ刹（せつ）那（な）に麻（ま）痺（ひ）させた。颯（さつ）爽（そう）と背後へと廻（まわ）り蓬（ほう）髪（はつ）の頭部を両（りよう）腕（うで）で抱（かか）えこんだ。わたしは全（ぜん）霊（れい）を賭（と）した。驍（ぎよう）毅（き）なる肉体が弓（ゆみ）形（なり）に撓（たわ）むように蓬（ほう）髪（はつ）の頭部を緊（きん）縮（しゆく）させた。強（きよう）靭（じん）なる脊（せき）柱（ちゆう）を断絶して断（だん）末（まつ）魔（ま）の咆（ほう）哮（こう）さえあげさせなかった。わたしは奪（だつ）取（しゆ）した。意識が混（こん）濁（だく）したらしい蓬（ほう）髪（はつ）の男から白銀のナイフを鹵（ろ）獲（かく）した。混（こん）沌（とん）たる男の瞳（ひとみ）をわたしは静（せい）謐（ひつ）に閉じさせた。

　暗（あん）澹（たん）たる静（せい）寂（じやく）が機内に瀰（び）漫（まん）していた。

　わたしは闖（ちん）入（にゆう）した。猥（わい）雑（ざつ）なる操縦席までの狭（きよう）隘（あい）なる通路へと這（は）入（い）りこんだ。不（ふ）審（しん）なる人（ひと）影（かげ）はなかった。剽（ひよう）悍（かん）なる青年は巨（きよ）魁（かい）らしい外（がい）套（とう）の女性と連（れん）絡（らく）をとっているようだ。驍（ぎよう）毅（き）なる操縦的の扉（とびら）の背後にてわたしはナイフを握（にぎ）り締（し）めた。驍（ぎよう）毅（き）なる扉（とびら）が開放された。闖（ちん）入（にゆう）者（しや）たるわたしに喫（きつ）驚（きよう）した青年は琥（こ）珀（はく）色（いろ）のダガーをかまえた。刹（せつ）那（な）の隙（すき）を狙（ねら）ったわたしは筋骨の隆（りゆう）然（ぜん）たる青年の右（みぎ）腕（うで）を掴（つか）んだ。強（きよう）靭（じん）なる手首を翩（へん）翻（ぽん）と撓（たわ）めて背後から青年を抱（だ）きかかえた。煩（はん）悶（もん）する青年が雄（お）叫（たけ）びをあげないうちに白銀のナイフを握（にぎ）った。わたしは瞑（めい）目（もく）した。慈（じ）悲（ひ）心（しん）に翻（ほん）弄（ろう）されることなく白銀のナイフを青年の左胸に突（つ）き刺（さ）した。嵯（さ）峨（が）たる岩（がん）壁（ぺき）のような胸（むな）板（いた）を脇（わき）腹（ばら）まで猛（もう）然（ぜん）と切（き）り裂（さ）いた。わたしは武（む）者（しや）震（ぶる）いをした。肉（しし）叢（むら）を裂（さ）いて鈍（どん）磨（ま）したナイフを棄（す）て琥（こ）珀（はく）色（いろ）のダガーを奪（だつ）取（しゆ）した。最後のひとりである外（がい）套（とう）の女性は操縦席にいるはずであった。

　猥（わい）雑（ざつ）なる操縦席は寂（せき）寥（りよう）としていた。

　わたしは突（とつ）進（しん）した。巨（きよ）魁（かい）たる外（がい）套（とう）の女性が操縦しているはずの密室へと驀（ばく）進（しん）した。昂（こう）揚（よう）していたわたしは喫（きつ）驚（きよう）した。驍（ぎよう）毅（き）なる扉（とびら）は唐（とう）突（とつ）に開放されて外（がい）套（とう）の女性がわたしを抱（ほう）擁（よう）した。白銀のアイスピックがわたしの脇（わき）腹（ばら）に突（つ）き刺（さ）されていた。わたしは邀（よう）撃（げき）せんとした。華（きや）奢（しや）なる女性の肉体を抱（ほう）擁（よう）しながら琥（こ）珀（はく）色（いろ）のダガーを握（にぎ）った。翩（へん）翻（ぽん）としてダガーを逆手に握（にぎ）り締（し）め女性の背中に突（つ）き刺（さ）した。意識が朦（もう）朧（ろう）としてゆくなかわたしはダガーで切（き）り裂（さ）いていった。猛（もう）然（ぜん）と痙（けい）攣（れん）する右（みぎ）腕（うで）で華（きや）奢（しや）なる背中を冷（れい）酷（こく）に切り刻んでいった。運命の一（いつ）瞬（しゆん）がおとずれた。暗（あん）澹（たん）たる顔（がん）貌（ぼう）となった女性はわたしを見（み）詰（つ）めながら頽（くずお）れた。幽（ゆう）邃（すい）たる瞳（ひとみ）に涙（なみだ）を明（めい）滅（めつ）させてわたしの肉体を愛（あい）撫（ぶ）するように。わたしは茫（ぼう）然（ぜん）となった。獰（どう）猛（もう）なるテロリストを殲（せん）滅（めつ）したわたしは巨（きよ）魁（かい）の女性を抱（ほう）擁（よう）した。漆（しつ）黒（こく）の外（がい）套（とう）で隠（いん）蔽（ぺい）されていたのは邃（すい）古（こ）羅（ろー）馬（ま）帝（てい）國（こく）における最愛の王（おう）妃（ひ）の顔（がん）貌（ぼう）であった。

　怒（ど）濤（とう）の輪（りん）廻（ね）の記（き）憶（おく）をわたしは髣（ほう）髴（ふつ）とした。

　わたしは翻（ほん）然（ぜん）とさとった。絢（けん）爛（らん）たる邃（すい）古（こ）羅（ろー）馬（ま）帝（てい）國（こく）における最愛の王（おう）妃（ひ）が高（こう）邁（まい）なる親衛隊とともに現代へと輪（りん）廻（ね）していたのだと。邃（すい）古（こ）羅（ろー）馬（ま）帝（てい）國（こく）における皇（こう）帝（てい）たるわたしのために罪人になるという盟約をつらぬき裏（うら）切（ぎ）りものたる巨（きよ）億（おく）の全人類に復（ふく）讐（しゆう）せんとしたのだと。漆（しつ）黒（こく）の外（がい）套（とう）から古文書を発見した。神秘的なる預言者の執（しつ）筆（ぴつ）した『人間の罪名』という書物を掌（しよう）握（あく）した王（おう）妃（ひ）は皇（こう）帝（てい）たるわたしのみならず全人類の運命を熟知していたようだ。孤（こ）独（どく）なる企（き）業（ぎよう）家（か）の邸（てい）宅（たく）へとおもむいた王（おう）妃（ひ）は運命のボーイング777にてわたしと邂（かい）逅（こう）できるように罠（わな）をしかけたらしい。わたしたちはめぐり逢（あ）った。巨（きよ）億（おく）の全人類の運命を熟知している王（おう）妃（ひ）は毅（き）然（ぜん）と邀（よう）撃（げき）するであろうわたしとの邂（かい）逅（こう）を待望していた。皇（こう）帝（てい）であったわたしが真実をさとって容（よう）赦（しや）しないように王（おう）妃（ひ）たる外（がい）套（とう）の女性は猛（もう）然（ぜん）と襲（しゆう）撃（げき）して故（こ）意（い）に殺害されたのだ。わたしは凱（がい）歌（か）をあげた。最愛の王（おう）妃（ひ）は自分の生命を放（ほう）擲（てき）して巨（きよ）万（まん）の大罪を犯（おか）してきたわたしを人類の英（えい）雄（ゆう）にしてしまった。