　輪（りん）廻（ね）の大河は華（か）麗（れい）にながれていた。

　巨（きよ）億（おく）の生命は絢（けん）爛（らん）たる星雲のように明（めい）滅（めつ）していた。

　わたしは輪（りん）廻（ね）をつづけた。魁（かい）偉（い）なる指（ゆび）環（わ）のように閉（へい）塞（そく）している歴史にて燦（さん）爛（らん）と煌（あきら）いては無常に滅（めつ）されてゆく微（び）光（こう）のように生（しよう）滅（めつ）していった。混（こん）沌（とん）たる太古から華（か）麗（れい）なる現代まで怒（ど）濤（とう）の輪（りん）廻（ね）をつづけるわたしはすべての人生を体験していった。巨（きよ）億（おく）の邂（かい）逅（こう）を果たした。悲（ひ）愴（そう）なる王（おう）妃（ひ）との恋（れん）愛（あい）を懺（ざん）悔（げ）したわたしは鴛（えん）鴦（おう）の契（ちぎ）りをかわした幾億もの恋（こい）人（びと）との蜜（みつ）月（げつ）を愉（たの）しんだ。孤（こ）独（どく）なる皇（こう）帝（てい）としての終（しゆう）焉（えん）をむかえたわたしは不（ふ）滅（めつ）の絆（きずな）でむすばれた幾億もの盟友と青春を謳（うた）いあげた。訣（けつ）別（べつ）がおとずれた。巨（きよ）億（おく）の出（で）逢（あ）いに陶（とう）酔（すい）していたわたしは巨（きよ）億（おく）の永（えい）訣（けつ）による巨（きよ）大（だい）なる孤（こ）独（どく）と対（たい）峙（じ）せざるをえなかった。約束だけが残った。巨（きよ）億（おく）の恋（こい）人（びと）や盟友とおなじ盟約をわたしはむすんでいた。肉体は滅（ほろ）びようともこの魂（たましい）はあなたに捧（ささ）げようと。魂（たましい）までもが滅（ほろ）びぬように永（えい）劫（ごう）の絆（きずな）を誓（ちか）ってほしいと。

　巨（きよ）億（おく）の夜明けと黄昏（たそがれ）をわたしは地球で見（み）詰（つ）めていた。

　わたしは奮（ふん）闘（とう）した。絢（けん）爛（らん）たる邃（すい）古（こ）羅（ろー）馬（ま）帝（てい）國（こく）において全人類に裏（うら）切（ぎ）られたわたしは最愛の人間たちのためだけにでも偉（い）大（だい）たらんとした。全人類の悲劇も忘（ぼう）却（きやく）していた。巨（きよ）億（おく）の人類の歴史が暗（あん）澹（たん）たる悲劇に終わろうとも玉（たま）響（ゆら）の生（しよう）涯（がい）を歓（かん）喜（き）に満たすことこそに冥（みよう）利（り）をおぼえていた。わたしは邁（まい）進（しん）した。無知を熟知する希（ぎ）臘（りしや）の哲（てつ）学（がく）者（しや）として大衆を啓（けい）蒙（もう）して理想郷のための独（ど）逸（いつ）の革命者として極（ごく）貧（ひん）の労働者を解放せんとした。巍（ぎ）然（ぜん）たる日本の武将として天下統一を為（ため）遂（と）げんとして高（こう）邁（まい）なる仏（ふ）蘭（らん）西（す）の皇（こう）帝（てい）として欧（よー）羅（ろつ）巴（ぱ）を制（せい）覇（は）せんと驀（ばく）進（しん）していった。悲劇でしかなかった。崇（すう）高（こう）なる大衆を啓（けい）蒙（もう）したわたしは死（し）刑（けい）を宣告され理想郷のための革命は世界史に悲劇の傷（きず）跡（あと）を残してしまった。天下統一への野望は悲（ひ）愴（そう）なる自害に終わり欧（よー）羅（ろつ）巴（ぱ）を制（せい）覇（は）せんとしながらも流（る）刑（けい）地で斃（たお）れることとなった。わたしは悲（ひ）嘆（たん）した。鬱（うつ）勃（ぼつ）たる正義感を標（ひよう）榜（ぼう）するからこそ巨（きよ）万（まん）の大罪を犯（おか）さざるをえなくなる運命を呪（じゆ）詛（そ）した。

　巨（きよ）億（おく）の生（しよう）涯（がい）が悲（ひ）愴（そう）に終わっていった。

　羈（き）旅（りよ）は終わっていなかった。潺（せん）湲（かん）たる輪（りん）廻（ね）の大河に翻（ほん）弄（ろう）されたわたしは怒（ど）濤（とう）の濁（だく）流（りゆう）のなかに明（めい）滅（めつ）する砂金のような生（しよう）涯（がい）と邂（かい）逅（こう）した。聡（そう）明（めい）なる猶（ゆ）太（だや）民族の末（まつ）裔（えい）として独（ど）逸（いつ）に誕生したわたしは天（てん）稟（ぴん）の物理学者としての燦（さん）爛（らん）たる人生を約束されていた。激動の時代がおとずれた。猖（しよう）獗（けつ）する國（こつ）家（か）社会主義独（ど）逸（いつ）労働者党＝ナチスによる独裁政権に放（ほう）逐（ちく）されたわたしは巍（ぎ）然（ぜん）たる自由主義の大国亜（あ）米（め）利（り）加（か）合衆国にて未（み）曾（ぞ）有（う）のマンハッタン計画に援（えん）助（じよ）した。崇（すう）高（こう）なる研究によって極（ごく）秘（ひ）の兵器が完成すれば澎（ほう）湃（はい）たる第二次世界大戦を勃（ぼつ）発（ぱつ）させた國（こつ）家（か）社会主義独（ど）逸（いつ）労働者党＝ナチスを勦（そう）滅（めつ）できるはずであった。運命は悪戯（いたずら）であった。熾（し）烈（れつ）なる第二次世界大戦を断絶させて平和を奪（だつ）還（かん）するはずの原子力爆（ばく）弾（だん）は寡（か）黙（もく）なるわたしを饗（きよう）応（おう）してくれた島国日本の黎（れい）民（みん）を虐（ぎやく）殺（さつ）してしまった。敗北を喫（きつ）した。偉（い）大（だい）なる物理学者としても大罪を犯（おか）してしまったわたしは無（む）辜（こ）の黎（れい）民（みん）への鎮（ちん）魂（こん）のためにも極（ごく）秘（ひ）裏（り）に広島の爆（ばく）心（しん）地（ち）へと潜（せん）入（にゆう）した。

　絢（けん）爛（らん）たる真昼の太陽が廃（はい）墟（きよ）の大地を俯（ふ）瞰（かん）していた。

　暗（あん）澹（たん）たる荒（あら）地（じ）にわたしは佇（ちよ）立（りつ）していた。灼（しやく）熱（ねつ）の閃（せん）光（こう）のなかで怒（ど）濤（とう）の爆（ばく）風（ふう）に壊（かい）滅（めつ）させられた広島市は嵯（さ）峨（が）たる岩（いわ）肌（はだ）のように巨（きよ）万（まん）の残（ざん）骸（がい）に埋（まい）没（ぼつ）していた。獰（どう）猛（もう）なる放射能に侵（しん）蝕（しよく）された万（ばん）斛（こく）の黎（れい）民（みん）が巍（ぎ）峨（が）たる煉（れん）獄（ごく）を彷（ほう）徨（こう）する満（まん）身（しん）創（そう）痍（い）の霊（れい）魂（こん）のように徘（はい）徊（かい）していた。わたしは失望した。巨（きよ）億（おく）の輪（りん）廻（ね）転生の記（き）憶（おく）が澎（ほう）湃（はい）と回想されて悲（ひ）愴（そう）なる厭（えん）世（せい）観（かん）に憑（ひよう）依（い）されてしまった。罪人ではない人間などいないではないかと。全人類が存在することそのものが大罪ではないかと。巨（きよ）億（おく）の人類はこの世界に誕生してはならなかったのだと。わたしは髣（ほう）髴（ふつ）とした。磔（たつ）刑（けい）に処された預言者の執（しつ）筆（ぴつ）した物語によって巨（きよ）億（おく）の人類の悲劇は永（えい）劫（ごう）に終わりはしないのだと。絢（けん）爛（らん）たる古代に君臨していた預言者にさえ輪（りん）廻（ね）すれば悲劇的なる人類の歴史のすべてを消（しよう）滅（めつ）させられるはずだと。わたしは決意した。無限の大宇宙における永遠の物語から全人類を主人公とする五百万年の挿（そう）話（わ）を破りすてようと。