　巨（きよ）億（おく）の綺（き）羅（ら）星（ぼし）が漆（しつ）黒（こく）の天空で明（めい）滅（めつ）していた。

　瑠（る）璃（り）色（いろ）の流星群が絢（けん）爛（らん）たる群像となって墜（つい）落（らく）していった。

　白銀のボーイング777は飛（ひ）翔（しよう）をはじめた。駘（たい）蕩（とう）たるわたしの父親が操縦するボーイング777は幽（ゆう）邃（すい）たる闇（やみ）夜（よ）の天（てん）涯（がい）へとむかって颯（さつ）爽（そう）と上（じよう）昇（しよう）していった。瀟（しよう）洒（しや）なる機内は駘（たい）蕩（とう）としていた。燦（さん）爛（らん）たる新世紀の夜明けを浪（ろ）漫（まん）的なる真夜中の天空でむかえようとする人間は寡（か）少（しよう）であった。騒（そう）擾（じよう）が巻きおこった。悠（ゆう）揚（よう）たる雰（ふん）囲（い）気（き）を醸（かも）しだしていた搭（とう）乗（じよう）者（しや）らが邪（じや）慳（けん）なる陰（いん）翳（えい）のある瞳（ひとみ）で闖（ちん）入（にゆう）者（しや）たるわたしを白眼視している。暴（ばく）露（ろ）されたようだ。獰（どう）猛（もう）なる死（し）刑（けい）囚（しゆう）たるわたしの極（ごく）秘（ひ）の運（うん）搬（ぱん）がさとられ沈（ちん）黙（もく）に支配された機内には混（こん）沌（とん）たる危機感が瀰（び）漫（まん）していった。わたしは緊（きん）縛（ばく）された。隠（おん）密（みつ）裏（り）に闖（ちん）入（にゆう）りこんでいた警察官らに強（きよう）靭（じん）なる桎（しつ）梏（こく）を纏（まと）わされて総身の自由を剥（はく）奪（だつ）された。猿（さる）轡（ぐつわ）までかませられたわたしは憂（ゆう）鬱（うつ）なる挙動で搭（とう）乗（じよう）者（しや）らを顧眄しながら遺（い）憾（かん）をしめした。静（せい）寂（じやく）が挽（ばん）回（かい）された。明（めい）瞭（りよう）なる安（あん）堵（ど）の溜（ため）息（いき）をついた搭（とう）乗（じよう）者（しや）らは獰（どう）猛（もう）なる死（し）刑（けい）囚（しゆう）たるわたしに顰（ひん）蹙（しゆく）の瞳（ひとみ）をそそぎながら憐（れん）憫（びん）した。

　窈（よう）窕（ちよう）たるひとりの女性だけが沈（ちん）黙（もく）していた。

　運命は狂（くる）いはじめていた。強（きよう）靭（じん）なる桎（しつ）梏（こく）で緊（きん）縛（ばく）されたわたしは瀟（しよう）洒（しや）なる機内の片（かた）隅（すみ）でざわめきはじめた不（ふ）審（しん）なる女性を熟視した。妖（よう）艶（えん）であった。漆（しつ）黒（こく）の外（がい）套（とう）で顔（がん）貌（ぼう）まで隠（いん）蔽（ぺい）している女性は憂（ゆう）鬱（うつ）なる瞳（ひとみ）のなかに鬱（うつ）勃（ぼつ）たる正義への情熱をほとばしらせていた。窈（よう）窕（ちよう）たる女性はかえりみた。華（か）麗（れい）なる容（よう）貌（ぼう）に蠱（こ）惑（わく）されているわたしを見（み）詰（つ）めながら燦（さん）爛（らん）たる漆（しつ）黒（こく）の瞳（ひとみ）を潤（うる）ませて一滴（てき）の涙（なみだ）をこぼした。悲劇が勃（ぼつ）発（ぱつ）した。窈（よう）窕（ちよう）たる外（がい）套（とう）の女性とともに不（ふ）審（しん）なる男たちが蜂（ほう）起（き）した。静（せい）謐（ひつ）なる機内は騒（そう）然（ぜん）となった。鋭（えい）利（り）なる刃（は）物（もの）で武装した不（ふ）審（しん）者（しや）らは搭（とう）乗（じよう）者（しや）らを威（い）嚇（かく）した。闖（ちん）入（にゆう）者（しや）はわたしだけではなかった。血統も国（こく）籍（せき）も脈（みやく）絡（らく）のないテロリストたちが侵（しん）入（にゆう）していたらしい。思（おも）惑（わく）は明（めい）瞭（りよう）であった。無（む）辜（こ）の搭（とう）乗（じよう）者（しや）らを幽（ゆう）閉（へい）して魁（かい）偉（い）なる銀（ぎん）翼（よく）を占（せん）拠（きよ）するつもりだ。異常であった。狭（きよう）隘（あい）なる操縦席へと侵（しん）入（にゆう）したテロリストたちは白銀のボーイング777の操縦までも支配して急（きゆう）遽（きよ）に旋（せん）回（かい）させたようだった。魁（かい）偉（い）なる銀（ぎん）翼（よく）は驀（ばく）進（しん）しはじめた。覇（は）権（けん）国の首都に屹（きつ）立（りつ）する大統領官（かん）邸（てい）へとむかって驀（まつ）地（しぐら）に飛（ひ）翔（しよう）をはじめたようであった。寡（か）黙（もく）なる青年が独白した。緊（きん）縛（ばく）されたわたしの隣（りん）席（せき）で深刻なる知的障（しよう）碍（がい）のためか沈（ちん）黙（もく）をつづけていた青年が唐（とう）突（とつ）に物語った。いわく世界はまた終わるんだねと。人類の歴史はいつもここで終わるんだねと。朴（ぼく）訥（とつ）と独白した青年は極（ごく）彩（さい）色（しき）のルービックキューブを玩（がん）弄（ろう）しながら微（び）笑（しよう）していた。

　暗（あん）澹（たん）たる独白に搭（とう）乗（じよう）者（しや）らは沈（ちん）黙（もく）した。

　沈（ちん）黙（もく）の青年もまちがってはいなかった。澎（ほう）湃（はい）たる悲劇に喧（けん）囂（ごう）とした搭（とう）乗（じよう）者（しや）たちは憂（ゆう）慮（りよ）していた。獰（どう）猛（もう）なるテロリストたちは自（じ）爆（ばく）するつもりかもしれないと。魁（かい）偉（い）なるボーイング777を白（はく）堊（あ）の大統領官（かん）邸（てい）へと衝（しよう）突（とつ）させるのかもしれないと。最悪の事態が垣（かい）間（ま）見（み）えた。覇（は）権（けん）的なる亜（あ）米（め）利（り）加（か）合衆国政府が崩（ほう）壊（かい）したら陸海空軍は制裁を発動するかもしれないと。熾（し）烈（れつ）なる武力衝（しよう）突（とつ）が勃（ぼつ）発（ぱつ）すれば全世界は第三の世界大戦へと驀（ばく）進（しん）するかもしれないと。巨（きよ）大（だい）なる疑問が残された。血統も国（こく）籍（せき）も脈（みやく）絡（らく）のないテロリストたちはなにものなのかと。獰（どう）猛（もう）なるテロリストたちの動機はなんであるのかと。無（む）辜（こ）の搭（とう）乗（じよう）者（しや）らは悲（ひ）嘆（たん）した。なぜ世界は破（は）滅（めつ）しなければならないのだと。なぜ巨（きよ）億（おく）の全人類は滅（めつ）亡（ぼう）しなければならないのだと。激論がたたかわされた。このままでは地球は地（じ）獄（ごく）となるだろうと。このままでは人類の歴史は悲劇に終わるだろうと。だれか叛（はん）逆（ぎやく）できるものはいないのか。だれか全人類のために犠（ぎ）牲（せい）になれるものはいないのかと。だれもが沈（ちん）黙（もく）した。獰（どう）猛（もう）なるテロリストたちをまえに勇（ゆう）猛（もう）に邀（よう）撃（げき）できる搭（とう）乗（じよう）者（しや）はひとりもいなかった。全人類のために生命を放（ほう）擲（てき）できる救世主は君臨しなかった。

　不（ふ）滅（めつ）の神に祈（いの）るしかなかった。

　わたしは祈（き）祷（とう）した。強（きよう）靭（じん）なる桎（しつ）梏（こく）で緊（きん）縛（ばく）されたわたしは廓（かく）寥（りよう）たる機内の片（かた）隅（すみ）で黙（もく）祷（とう）するしかなかった。駘（たい）蕩（とう）たる父親だけでも救済したかった。暗（あん）澹（たん）たる墜（つい）落（らく）事（じ）故（こ）の真犯人とされた父親に巨（きよ）億（おく）の人類を破（は）滅（めつ）へと嚮（きよう）導（どう）するパイロットになってほしくなかった。白銀の旅（りよ）客（かく）機（き）は邁（まい）進（しん）した。絢（けん）爛（らん）たる綺（き）羅（ら）星（ぼし）の明（めい）滅（めつ）する夜空を颯（さつ）爽（そう）と飛（ひ）翔（しよう）していった。真夜中の都市が煌（あきら）いていた。燦（さん）爛（らん）たる銀河系のような電（でん）飾（しよく）が真夜中のワシントンD.C.を明（めい）滅（めつ）させていた。白（はく）堊（あ）の大統領官（かん）邸（てい）が屹（きつ）立（りつ）していた。瀟（しよう）洒（しや）なる大統領官（かん）邸（てい）が白銀の電（でん）飾（しよく）により幽（ゆう）邃（すい）と浮（うき）彫（ぼり）になっていた。衝（しよう）突（とつ）する。轟（ごう）然（ぜん）と急降下したボーイング777は巍（ぎ）峨（が）たる摩（ま）天（てん）楼（ろう）を破（は）壊（かい）してゆく。激（げき）突（とつ）した。静（せい）謐（ひつ）なる庭園を穿（せん）鑿（さく）した銀（ぎん）翼（よく）は驀（まつ）地（しぐら）に大統領官（かん）邸（てい）へと突（とつ）撃（げき）した。ボーイング777は崩（ほう）壊（かい）してゆく。紅（ぐ）蓮（れん）の炎（ほのお）に呑（の）みこまれたわたしは透（とう）明（めい）なる魂（たましい）となって昇（しよう）天（てん）する。大統領官（かん）邸（てい）は炎（えん）上（じよう）した。白（はく）堊（あ）の大統領官（かん）邸（てい）へと激（げき）突（とつ）したボーイング777は激（げき）震（しん）の波（は）紋（もん）をひろげながら爆（ばく）発（はつ）した。琥（こ）珀（はく）色（いろ）の狂炎が爆（ばく）心（しん）地（ち）から巻きおこり巨（きよ）大（だい）なる癌（がん）のように真夜中の大都市を呑（の）みこんでゆく。