【新説昔話集#6】インテリアショッププリンセス

すでおに

インテリアショッププリンセス

 インテリア用品店『バンブー』を経営する沖田は結婚して30年になるが、忙しく働いていたせいで、夫婦揃って大の子供好きながら子宝に恵まれないままいつしか歳を重ねていた。


 ある日沖田は同窓会に出席した。

 20年ぶりに開かれた中学校の同窓会は、当たり前だがみな一様に加齢していた。シミやシワが顔を占め、頭部はすっかり後退している。楽しくもあったが、自分も歳をとったと実感させられた。

 もう一つ寂しかったのは家族のことだった。どこどこの大学に入っただの、どこに就職しただの、結婚しただの、子供の話題が耳に入る。中には孫の写真を見せる人もいて、沖田の頭にはひたすら仕事に心血を注いだ過去への後悔が過ぎった。


 子供を作ればよかった、もっと家庭から得られる幸せを大切にするべきだった。 


 そんな想いを抱えて沖田は帰宅の途に就いた。酔いもいくらか覚め、電車を降りて家路を歩いていると、まばゆい光りが目に入った。


「こんな夜更けに何ごとだろう」


 その方を見ると、道の脇にあるコインロッカーの一つが金色に輝いていた。吸い寄せられるように歩み寄り、ロッカーを開けた沖田は思わずあっと声を上げた。


 なんと小さな赤ん坊が入っていた。


 驚きながら抱えあげてみると、とても可愛らしい女の子だった。タオルに包まれ、すやすや眠っている。沖田はすぐに警察に届けたが、結局親は見付からかった。


「この子は神様の贈り物だ」


 諦めていた子供を授けてくれたのだと沖田夫妻はその赤ん坊を引き取って養女にし「姫子ひめこ」と名づけた。


「年を取ってからの子供は可愛い」という通り、実子でなくとも関係なく、二人は大いに可愛がった。そしてすくすく育った姫子はそれはそれは美しい娘になった。小さい顔に溢れんばかりの大きな目、すらりと伸びた背と体の半分を占めようかという長い脚。街を歩くと誰もが振り返った。


 14、5歳になる頃には美しさは一層際立ち、『バンブー』にはいくつもの芸能プロダクションからスカウトが押しかけてくるようになった。スターライトにオスカル、モリプロまで。

 芸能界に興味のない姫子は全て断ったが美貌を間近にしたスカウトマンたちは何度断ってもしつこくやって来た。アピールのためバンブーの商品を購入することもあったので沖田夫妻も邪険には扱えない。


 一向に諦める気配がないスカウトマンたちに姫子が告げた。


「私の出す条件に応えられたらスカウトに応じましょう」


 姫子はまずスターライトに提示した。


「大河ドラマで主演デビューできるなら事務所に入りましょう」


 スターライトは困惑した。確かに姫子は絶世の美女だったが無名の新人が大河ドラマに主演できるはずはなかった。売り出し中の南田映子すら難しいのだ。おまけに当分先まで主演は決まっている。

 スターライトは代わりに木10ドラマの主役の妹役を用意したが姫子は丁重に断った。


 次にオスカルに言った。


「○○社の××のCMに出演できるなら事務所に入りましょう」


 ○○社の××のCMにはかつて同社所属のAが出演していたが、何かと世間を騒がせて降板、現在は別事務所のタレントにとって代わっていたたため無理な要求だった。

 代わりに今年Kが務める高校スポーツのイメージキャラクターの来年の椅子を用意しましたが、引き受けるわけはなかった。


 最後にモリプロに映画『劇場版○○』への出演を求めた。

 しかし制作予定だった『劇場版○○』は元のドラマの視聴率が振るわず、制作が危ぶまれていた。その代わりとしてドラマ『○○』のDVD&Blu-rayの宣伝隊長の座を用意したが無論辞退した。


 要求に応えられなかったスカウトたちは渋々姫子を諦め『バンブー』を後にした。



 それから幾月か経った。姫子は遠くを見つめて人知れず涙を流していた。

 気づいた沖田夫妻は心配して理由を尋ねた。


「何でもありません」


 初めは口を閉ざしていた姫子だったがついにある日意を決して言った。


「もうすぐお二人とお別れしなければなりません」


 驚く二人に涙ながらに訳を話した。二人は猛反対したが姫子は首を横に振るばかりだった。



 とうとうその日がやって来た。あれほど芸能界入りを拒んだ姫子がテレビ番組に出演したのだ。姫子は収録スタジオの裏で番組の進行を見守り、息を殺してじっと出番を待ってた。


 番組が佳境を迎えたところで司会者が言った。


「我々スタッフ一生懸命探しました。そしてね、娘さん、見付かりましたよ」


 カーテンが開いて姫子が登場するとスタジオは感動に包まれた。パネラーの元アナウンサーもいつも通り涙を流している。


 姫子は実の両親とのご対面を果たしたのだった。


 多額の借金を抱え、泣く泣く娘を捨てて夜逃げした両親も今は返済を終えてまっとうな生活を送っていた。


 感謝しつつも今年で70歳になる沖田夫妻との将来に不安を抱いていた姫子は二人と別れ、実の両親のもとに戻りましたとさ。


おしまい

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【新説昔話集#6】インテリアショッププリンセス すでおに @sudeoni

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