サンセット館殺人事件

東雲まいか

第1話 プロローグ

ヘンリー・ハワード(ハワード家の当主リリーの夫)

リリー・ハワードーヘンリーの妻

ジェームズーハワード家の長男二十一歳

オリバーーハワード家の次男十八歳

シャーロットーハワード家の末娘十四歳

メアリーーハワード家の同居人十五歳(主人公)

執事―ダニエル四十歳

クララーメイド頭四十五歳

チェルシーーメイド十五歳

ジャックー庭師二十五歳

トム・パット夫妻ー料理人

ポピーー料理人見習い十四歳


 私の名はメアリー、ここハワード家の館に住み込むようになり半年が過ぎた。ここへ来たのは夏の始め、庭に様々な花々が咲き誇る五月の事だった。馬車で旅行中の父母が脱輪により谷底へ投げ出され、突然非業の死を遂げ、一人取り残された。父の知り合いの弁護士の計らいで、私は唯一の身より、父方の遠縁にあたるハワード家に世話になることになった。ハワード家の屋敷はロンドン郊外、馬車を一時間ほど走らせたところにあるのどかな牧草地の広がる一角にある。集落には小さな薄茶色の石作りの家々が立ち並び、食料品を売る店や、薬屋、仕立て屋、工具店など一通りのものはこの辺りで調達できるようになっていた。

 父母と住んだ家に戻るのは、私が成人し、独り立ちできるようになってからと弁護士と相談し、ロンドンからこの町へ引っ越してきた。見知らぬ人がひっきりなしに行き交うロンドンの街に比べ、何処に誰が住んでいるのか、今では手に取るように分かるようになった。一人娘の私は、この家の三人の子供たちとうまくやって行けるのか心配していたのだが、当初の心配が嘘のように打ち解けて、本当の兄弟だったのではないかと思えるほどに話ができるようになっていた。両親を失った心の傷が癒えることはなかったが、長兄ジェームズはこの上なくハンサムで優しく、顔を合わせるたびに声を掛け気遣ってくれた。次兄オリバーはスポーツマンでやんちゃで、冗談を言っては笑わせてくれた。末娘のシャーロットは赤色の巻き毛を二つに結わえ、そばかすがかわいらしい少女だった。一番年が近いせいか部屋にやってきては、街で評判の若者のうわさ話などをしていた。

 優しいハワード夫妻と、三人の子供たち。そしてこの家で働く執事やメイド、料理人、庭師。のどかな田舎町でゆったりとした時間が流れていた。大人になるまでこんな時間が続き、いつか素敵な結婚相手を見つけてロンドンの家に戻るときが来るだろう。


「さあさあ、いつまでこんなところでお昼寝してるんだ。秋の陽はすぐ丘の向こうへ沈んでしまうぞ」

 優しいジェームズの顔が、すぐ目の前にあった。そうそう、外のテーブルでお茶を飲み風に吹かれていたらつい眠ってしまっていた。ひざ掛けを胸まで持ち上げて冷たくなった体に掛け直した。

「楽しそうな夢を見ていたんだろ。誰か好きな人のことを考えていたんだな。ニコニコしていたぞ」

 ひょうきん物のオリバーがやってきて冷やかす。

「まあ、オリバーったら。そんなんじゃないわ」

 反論した私の言葉を遮って、シャーロットが茶化す。

「違うってば。メアリーはね、お茶の時間に食べたお菓子のことを思い出してよだれを垂らしてたのよ」

「まあ、シャーロット、からかわないで。私そんなに食いしん坊じゃないわよ」

 そんなことを言いながら、すっかり目が覚め、顔が赤らんでしまっていた。

十一月に入り、日はすっかり短くなり、寒さが日に日に増してきて、外にいる時間は日に日に少なくなってきた。三人は、なかなか家に戻らない私を心配して様子を見に来たのだ。

 来週はジェームスの二十二回目の誕生パーティーが行われる。ジェームズの婚約者や友人たちを招き、家族全員でお祝いすることになっていた。もちろん私もその中の一人だ。

婚約者のベティには、一度だけこの家で会ったことがあるが、小柄でかわいらしい女性だ。お似合いのカップルになるだろう。ジェームズの目に留まった幸運な女性に少しばかり嫉妬してしまったことを思い出した。

 肩にかけたショールを巻きなおし、毎日の日課を机に向かって行う。

「お父さん、お母さん。私、ここで何とか幸せに暮らしているから、心配しないでね。片時も二人の事は忘れずに、ここで頑張っているから……」

 私は静かに今日一日の平安と、この幸せが続きますようにと祈り、部屋を出ると皆のいる夕餉の食卓へと向かった。


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