第5話 茶色はこんな時に便利です
「んんー!!! んー!!」
「おい! このガキを黙らせてろ!」
「じゃあもう食っちまわねーか?」
ガムテープを口に貼られた五歳程の少女が、ぼろぼろと涙を零しながら震える。
廃工場の中は雑然としており、変な匂いや血が闇夜に紛れている。
「馬鹿野郎! 身代金を要求するってボスが言ってたろうが!」
「でもひと口位バレねーんじゃね」
舌舐め摺りするのは、まるでハツカネズミを巨大化させて相撲取りにしたかの様な怪人。
にたぁと開いた口にはまるでサメの様な鋸歯が並ぶ。両手を広げ、血走った顔で少女を見る目は完全に襲い掛かる前の獣だ。
しかし、それ以上言葉を紡ぐことは無かった。
「あべっっ!?」
「俺の言うことが聞けねぇ奴は死ね」
縛られる少女へ近寄ろうとした瞬間、頭を切り飛ばされたネズミ怪人。ごろごろと首が転がり、大きく見開いた目が敵を見据えて恨みに濁りながら光を失う。
巨躯がどうっと倒れ、少女はあまりの恐怖に失神してしまった。
怪人は知性的であるほど上位の怪人となる。そして法に縛られぬからこそ完全実力主義社会だ。ゆえに、上の命令を聞けない駒など捨てられるのが当然と言えた。
実際、手を下した筈の狐怪人は、刀状にした三本の内の一尾を何でもないように振って血を払う。
「何も殺す必要は無かったんじゃないか。盾役ぐらいにはなっただろう」
「こんな奴居ても邪魔なだけだ。ガキも大人しくなったし、そろそろ約束の時間の筈だが」
壁際の影から興味無さそうに見ていたテン怪人は、その言葉に確かにと頷いて月を見上げる。
そんな血生臭い時間の間も、変わらず廃工場の暗闇を満月が照らす。錆びたバールや車、埃を被ったブルーシート。真夜中は、闇夜に潜む怪人や獣達の時間だ。
獣型の怪人達を取り纏める悪の組織に所属している彼等は、立場で言えば中堅間近といったぐらいであった。既に何件も仕事を成功させ、着々と力を付けている。あと何件か仕事をこなせば中堅としてのし上がり、ゆくゆくは幹部への道もあるだろうと怪人達なりの野望を抱いていた。
ゆえに、今宵も簡単な筈の依頼を完了させる為、集合場所である廃工場で待機する。
そんな中、いつもなら無駄話をしない筈のテン怪人が口を開いたのは、予感があったからか、それともただの気まぐれか。
「そういや、別組織の支部が潰されていってると聞く」
「悪の組織同士の抗争か?」
「いや、そんな情報はないらしいが」
詳しくは知らぬと首を振るテン怪人に狐怪人は肩を竦める。
「なら、正義の組織が取り締めを厳しくしてるんだろう。最近は新興勢力がどんどんこの県に集って来ている。不確定な情報だけ出回っているとしたら、恐らく少しでも歯止めを掛けようと正義側がわざと流した苦肉の
実像のない正義の
「だが幹部がやられたと」
「ふん。それも喧嘩か何かで死んだのを手柄にして奪ってるだけじゃないか? この県は他県と比べても明らかに地脈の効果が強え。なのに悪の組織が少ない絶好の場所なんだ。俺達の組織が先んじて旗を上げる為にも、そんな噂に惑わされていては仕方ないぞ」
「…それもそうだな」
”なぜ悪の組織が少ないのか”
怪人として人間を餌とし、圧倒的強者の立ち位置となった者はその理由を考えない。情報が秘匿されていたからに違いないと己の都合よく考えていく。
狐怪人の発言にテン怪人も納得していると、不意にギィぃと廃工場の入り口が開く音がした。
狐怪人は待ちくたびれた幹部の登場に違いないと背筋を正す。
「狸さん! 待ちくたびれましたぜ!」
しかし、続く言葉は入り口からのっそりと姿を現した細身の男によって黙らされた。狐怪人からすれば、その背はとても小柄だ。幹部である狸怪人はハツカネズミ怪人に変わらぬ巨躯を持つ。ゆえに、男である筈がない。
「貴様、誰だ」
テン怪人がすかさず人質の少女を抱え、狐怪人が三本の尾を男へと向ける。穴の開いた屋根から廃工場を照らす月は、男までは照らさない。怪人でなければ見えない闇の中、男の口に咥えた煙草の火だけが赤い灯を放つ。
男は2体の怪人と気絶した少女、そして死んだ怪人を確認するとまた何の躊躇もなく歩を進めた。その足取りに迷いは何処にもない。
「別の組織か? いや、その服装……、もしやヒーローか!」
煙草の煙を吐きながら無防備に近付いて来る男に、狐怪人は怒りの吠え声を上げる。舐め腐った態度を堪えるなど、怪人の名折れだ。ましてや正義のヒーロー相手だとすれば沸点は限りなく低い。
「どうやってこの場所を知った! 答えろ!!」
「……答える義理はないが、まぁ、ずるい
「フン!! お前を殺してそいつも八つ裂きにしてやろう。いや、俺を虚仮にしたのだ。そいつの前でお前を嬲ってやってもいいな」
普通、戦隊ヒーローとは五人一組である。
何故か? それだけ怪人が規格外に強いからだ。
異能を持つのが戦隊員とはいえ、その身はあくまで人。怪人の身体能力は人の枠組みなど軽く超越する。ゆえに、5人揃ってようやく1怪人を倒せる。それが一般的な戦隊ヒーローである。勿論各々例外はあるが。
ゆえに、のこのこと乗り込んできた戦隊ヒーローが1人。対して怪人側は2体。しかも人質を抱えているのである。狐怪人が勝利を確信するのは当然と言えた。
”狸怪人が来る筈であった入り口から男一人で来たという事実”を無視すれば。
「お前はどうせ囮なのだろう? 残念だったな。お前の後方からは俺よりも強い幹部が来る。お前が頼りにしている仲間は今頃血の海に沈んでるだろうよ」
愚かな英雄願望をこじらせたヒーローを嘲笑い、耳の近くまで唇を裂いて哄笑する狐怪人。運よく狸怪人が来るよりも先に、此処に来れただけに違いないとその袋のネズミの間抜けさを嗤う。
怪人にとって、癪に障るヒーローの絶望は甘美な餌だ。
しかし、何故かその男はひょいと軽く肩を竦めただけだった。
そうして煙草を口に咥えて地面を一度靴で踏む。
「口上結構。俺はあともう一つ行かなきゃいかん。その子は返して貰うぞ」
「ハアーーハッハッハ……。人間、楽に死ねると思うなよ」
男の状況に不相応過ぎる尊大な態度を高笑いしていた狐怪人だったが、怒りが一回りして真顔になる。瞬間、風を裂く程の速さで踏み込み、男を串刺しにしようとした。
硬質な澄んだ音がキインと響く。
ぽたりと地面に血が落ちた。
「な……に……?」
狐怪人は、両手両足と3尾の刀を貫く土の杭に目を見開く。硬質な澄んだ音は、今まで刃毀れさえしたことが無かった刃が砕けた音。
狐怪人は無垢な子どもの様にきょとりと瞬く。
男を殺そうと思い瞬きして目を開くと、足首まで何故か廃工場の地面に埋まって四肢を貫かれているのである。
これは一体と思った瞬間、煙草の煙が優秀な嗅覚を刺した。
痛覚を実感する前に怖気が走り、甲高い声を上げながら振り向く。全身の毛穴が開き、呼吸がか細くなって瞳孔が開く。
「テン!!!! ガキを囮にィ!!!?」
「無駄だ」
狐怪人は頼みの綱のテン怪人を振り向き、既に股下から頭頂部に掛けて太い杭で貫かれて絶命している姿に息を呑む。
血塗れで串刺された様子は、まさに一種の標本だ。
「気絶させてくれてて助かったよ。じゃないと使えないし、そうなると寝る時間が減るしな」
何処か疲れて眠たそうに告げる男に、狐怪人は恐怖を抱く。
痛みに朦朧としながら、縋る様にドアの外を眺めた。
「お、お前なんか幹部が来たら……」
尻すぼみになったのは、狐怪人の中でも疑問が湧いたから。異能の発動さえ分からなかったのに、幹部が来たとて勝てるのか…?
ぐっしょりと汗と血で毛皮を濡らして震える狐怪人を、眠気覚まし代わりに吸っている煙草の煙越しにブラウンは見下ろした。
先程までの意気軒昂な様子はなく、いまはただ怯えた犬よりもみすぼらしい狐が居るだけである。
「さっきから言ってる幹部ってのは誰のことだ?」
「そりゃ狸の……」
「それなら最初に倒してるな」
何てことのないように告げるブラウン。
ブラウンの異能、昼は敢えて限定的に名付けて使用しているが、本来の異能力はもっと広範囲で応用力もありえげつない。異能【地を操作する力】。それは形態変化どころか性質変化まで可能とする。ゲームでいえば異能の熟練度を上げまくっているブラウンは、地面の上を歩く振動から敵の数まで判断出来る。まぁ知られてしまえば、動かなかったりなどで対策は取られるが。
という訳で撃ち漏らしはないと判断したブラウンは最後の質問を投げ掛ける。1体だけ残したのはいつもの質問の為。
最早逃れられない死を覚悟した狐怪人はただただ恐怖に体を強張らせる。
「お前、なんだよ……。いったいなんなんだよ!!!」
「質問だ。
「知らねえよ!! おれはしらね……いやだ!! しにたくなっっ」
「そうか」
すぅと一つ煙草を吸ったブラウンは、靴でただ地面を踏む。
一息で絶命した狐怪人から、ばちゃりと返り血が飛んでブラウンの服を汚す。勿論替えはあるが、毎度のことなので汚れてもいい用の服である。ちなみに怪人の血はかなり濁ったり腐ってることもあるので、大概臭いし色はドブの様に黒い。
煙草の臭いじゃ消せぬドブ臭い血臭と返り血に溜め息をこらえつつ、少女の方へ歩く。
返り血や音が聞こえぬ様に少女の周囲に張られていた過保護なまでの土の半円ドームは、ブラウンが近付くだけで呆気なく崩れた。ちなみに、あまりにも時間が掛かると中の酸素が無くなる。異能とは何でも都合よく良い点ばかりではないが、まぁ瞬殺すれば問題ない。
涙に塗れる少女が無傷なまま目を覚ましていないことに安堵しつつ、抱こうと伸ばした手を引っ込めた。この手で触れるにはあまりに少女は綺麗過ぎる。
溜め息を吐いたブラウンは、博士へと通信で応援を頼み、今から3つ目の場所へと行くことを伝えるのだった。
どうやら今日も寝不足確定の様である。
ブラウンが去り、博士が少女を保護して死体を回収する中、ひとつの影が動いていた。
一目散にその場から一刻も早く逃げたいと恐怖に駆られている姿は、ただの小さなハツカネズミの様に見える。
唯一違うのは、少し太っている点と狂暴そうな鋸歯か。
「あれが…! あれがブラック!!!」
闇夜の中、月明りで時折照らされる姿はまるで死神の様に脳裏にこびり付く。
返り血で真っ黒に染まった隊服とヘルメット、そして闇に溶け込むその異様に、ハツカネズミは必死で逃走するのだった。
以降、生存者ゼロで今まで実体の無かった存在に『死神ブラック』という名が付けられ、悪の側へとその名は畏怖と殺意と共に波紋の様に広まった。
トネコメ「ブラウンさん。寝不足で痛恨のハツカネズミ逃し」
とはいえハツカネズミさんも切り飛ばされた頭部部分(正確には脳部分)の中でめっちゃ息を潜めてました。目から様子を見てた感じ。完全トラウマ形成。ご愁傷様です。
ちなみにハツカネズミさんだけぺーぺーの新規加入さんだったので、あんな扱いに。ミニ部分がいわば心臓なので、情報は組織に隠してました。ずる賢い臆病さが命を救った模様。縦にパカーじゃなくて首をチョンパでラッキーだったねハツカネズミさん!(ぇ
そして名前惜しい。ブラまではあってる件。
チートよりは、どんなに強い異能でも欠点が絶対ある方が燃えるタイプなので、今後も出て来る異能は必ずこの異能持ってるから最強なんだぜヒャッハー!出来ないように出てきます☆欠点とか弱点を突かれてもカバーして戦うのが大人の魅力だよね!!!←ぇ 勿論ほぼ初見殺しとか、めっちゃ強い異能とか、努力するヤバイ怪人とかも居るんすけど、まぁそれはおいおいもし本編進めたらで(笑)
色々と省いてるけど、もっとモフモフさとか書けばよかったかな……。まぁ未来は変わらぬが(ぇ
なお、博士的にはグロい標本よりも毛皮が全然回収出来ないことが地味に不満でした(ぇ
ではではでさー★
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