”その時”はおくりもの
トネリコ
まだわからないけれど
ふゆはきらいと少女は言った
一昨年、いっしょに話していた祖母が亡くなった
とても冷えた晩のことだった
つめたい肌、窪んで閉じた目、こけた頬
でも触ると張りがあったのがやけに怖かった
しんしんと降り積もる雪は、木枯らしよりも痛く寒さを感じさせた
少女は幼かったが、寒さも冷たいのも痛いのも、どれも祖母を思わせてこわかった
祖母のことがとても好きだった
でも今は思い出すことが辛くてこわかった
そんな自分も嫌で混乱していた
ある日、一人残された祖父の前で言った
縁側から庭を眺める祖父は、寄り添って座っていた祖母が傍に居ないだけで前よりも小さく見えた
「ふゆはきらい。ばーばとずっといっしょがよかった」
同意を求めて言っていた
祖父も同じ気持ちだと一点の疑いもなく思っていた
だから、「そうさなぁ」から続いた言葉に、少女は目を瞬いた
「そうさなぁ。でも、いつかは仕方のないことじゃからなぁ」
それは諦めにも、受け入れているようにも聞こえた
少女は、祖母を惜しむ気持ちのない祖父が祖母を裏切った様に感じた
声が雹の様に剣呑に尖る
「じーじはばーばとずっといっしょにいたくなかったんだ!」
「そんな筈なかろう。ばーばとも、お前さんとも儂はずっと居たいに決まっておる」
「でもさっきいたくないっていった!」
何故こうも怒っているのか、胸が痛いのか、自分の発言も気持ちもわからぬままに癇癪を起こす少女
祖父は慣れているのか、あやすように少女の頭を撫でた
「お前さんには難しいかもしれんが、誰にでもいつか”その時”が来るんじゃよ。それは遅いか早いかの違いでしかないんじゃ。だから、今を大事に生きねばならん」
「その時ってなに? その時っていつくるの? こわい……。こわいよじーじ!!」
癇癪が混乱に代わり、恐怖に涙を流す少女
少女にとって”その時”が何か分からずとも、ただ”こわいもの”として身も凍る様な恐怖を感じていた
冬も、つめたいも、痛いも、祖母も、その時も全部こわいもの
だから、祖父が優しい声で「贈り物じゃ」と言った時も、初めは意味がわからずただ繰り返すだけだった
「おくり、もの?」
「そうじゃ。贈り物じゃ。”その時”は誰にでも送られる贈り物じゃ。”その時”があるから、儂らは今を精一杯生きられるし、こうやってお前さんという次へ繋ぐことを思える」
「よく、わからないよ」
「はっは。難しいかの。ばーばの姿は怖かったか?」
「うん……」
少女は何でもお見通しな祖父の前で素直に頷いた。
祖父は愛らしい孫をただ優しく撫でた
「そういやお前さんは”その時”に居らんかったのう。ばーばはずっと病気で苦しんどった。だから、最後は眠るように安らかじゃった」
「でも、おくりものがなかったら、もっといっしょにいれた」
「そうじゃの。儂も見送らずに済んだかもしれん。でも、ばーばは最後は満足したと言っておった。なら、正しく贈り物は贈り物じゃったんじゃろう」
「じーじのいうことは、むずかしくてわかんない」
拗ねる少女に苦笑する祖父
理解するのは難しいと分かっていた
分かろうとして欲しい訳ではなくただ、伝えておきたいことであった
祖父は最後に確認する様に少女へと問い掛けた
「まだ、ばーばは怖いかの?」
「ばーばは……」
少女は祖母の姿を思い浮かべた
今までは思い出そうとすると胸が苦しくなって、体の芯から震えが来た
でも、いま思い浮かんだばーばは同じ目を閉じた姿なのに、何処か穏やかに眠っているだけに見えた
だから少女は小さく首を振った
「ううん。すこし、こわくなくなったよ」
「そうか。安心した」
祖父は朗らかな笑みを浮かべた
翌年、まるで祖母の後を追う様に祖父は息を引き取った
私は、また死に目に会うことが出来なかった
大人になった今も、祖父の様に死を贈り物と考えることは難しい
でも、死が、ただ冷たく命を奪うだけのものでないことは、祖父と祖母の姿から学んでいた
笑う二人の遺影の前から線香の煙が立つ
だから、いつか分かる時まで、私はもう少しの間この
おわり
読了ありがとうございました。
”その時”はおくりもの トネリコ @toneriko33
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