【 小夜啼鳥|Nattergalen】

もりさん

第1話:小夜【 小夜啼鳥|Nattergalen】

「一人に依存してる人が幸せだった試しがある? 」

彼女はそういった。


「でも、その人が守ってくれるという契約にもならない?婚姻って…。」


「ふーん…バカなの?」


無表情に捨て台詞を残して、彼女は興味を無くしたように、僕に背中を向けて去っていった。

あとで聞いたことなのだが、彼女は旦那から、DVを受けていたという…。


細い身体には酷い火傷の跡があるらしい。

それを、隠すこともなく晒すように胸を張って温泉に入っていたという。

社員旅行での話。

変に尾ひれがつき、話が社内で拡がっていった。

彼女は、我関せず。


興味を持つ同僚たちが声をかけるが、冷笑と侮蔑が入り混じった嘲笑を向けるだけだったという。


憐れみをもって声をかけたつもりの彼女たちは、蔑まれたような気持ちになって、いたたまれなくなり、それ以上、声をかけることもなくなった。


彼女は、小夜と言う。

端正であるが、表情のない顔。

細身で、身長は、さほど高くは無いが、均整がとれた体。

実際よりも、長身に見えるのは、他人がその人形のような佇まいに気圧されるからだろう。


彼女の爛れた裸体を思って、生々しく、息苦しくなった。

夏の終わりヒグラシが鳴いていた。


「まだ、繋がってるの? 旦那?」


「どうかなぁ?私も興味あってさ…聞いてみたのよ。こっそり、参謀本部で…。」彼女は、給湯室のことを参謀本部と言う。なぜだか聞いたことは無い。

それを聞くと、ルコは、

「聞いたらさ、あのひと、左足の太もものね、付け根に近いところのひどい火傷見せてくるんだよ。」

そう言った。

「口を笑った感じに歪めてさ…。 」


「言葉無くすよね。こっちが心配してあげてるのに。悪趣味だよ。」


彼女は、唇を尖らせて忌々しそうに言った。


笑ってるという表現を、彼女は使わなかった。

文才があるとは思えない彼女にも、笑顔が、その表情ではないということがわかったようだ。


きっと、ルコは友達になりたかったんだろう。

優しいふりをして、友達になりたかったんだな。


「日常生活、見えないんだよね。小夜さん。」


「知らなくてもよくない?」

少し、苛立ちが混じったかもしれない声。

自分でも驚く。


「でもさー知りたいじゃーん。」

伸びをしながら、屈託のない声で言う。

「美人だしさー仲良くなりたいー!」


空に宣言するようにルコは言った。


「あんまりさ。

関わらない方がいいよ。

なんか、やばい気がするしさ。

旦那と別れていようと、いまいと。」


えー。と言いながら。

「ねぇ、ストレスたまると、甘いもの食べたくならない?

暑いしさ、冷たい甘いの。なんかさー。いこう。」


小夜さんの話が、アイスの話とすり替わった。

重要度のレベルが、アイスと一緒なんだなと、考えながら、彼女の精神の健全さを羨ましく思った。


小夜さんの太ももの付け根近くの生々しい火傷の跡。僕の中で、タールのような想像がべっとりと染み着き異臭を放っていたから。


そして、その異臭から、意識をそらすことができずにいたから。

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