筋書きどおりに婚約破棄したのですが、想定外の事態に巻き込まれています。

一花カナウ・ただふみ

筋書きどおりに婚約破棄したのですが。

 こうなる未来を知っていたけれど、私はとても悲しい気分だった。エルヴィーラ・ダヴィッドとして生きてきた十八年間の中で、一番悲しかったかもしれない。

 覚悟をしていたし、私には荷が重すぎるとさえ感じていたけれど、慕っていた相手に誤解されて別れを告げられるのは想像していた以上につらい。

 私は涙をぐっとこらえて、先ほどまで婚約者だったヨハネス王子を見上げた。


「弁解はいたしませんわ。書状で済ませることなく、こうして面と向かって仰っていただけてよかったと思います。さようなら、ヨハネス様。どうかお元気で」


 非はないはずだが、ここで身を引くのが美しい。私には、第二王子ヨハネスの妻の座は重すぎる。

 侯爵家の次女として生まれ、身分としてはそう悪くないだろう。見目もよいと評判ではあるが、もっと美しい女性はいくらでもいる。

 別れを告げてきたヨハネス王子は穏やかでとてもお優しく、王位を継ぐことはないかもしれなくても、きっとこの国を支えるに相応しい人物として生きていくことだろう。そんな彼のそばにいるには、ただ綺麗なだけの私では役に立たない。彼がこれから選ぶことになるだろう女性に託すのが一番なのだ。


 さようなら、ヨハネス様。楽しい時間をありがとうございました。


 心の中で礼を告げて、私は踵を返し颯爽とこの場を去る。

 夏至の訪れを祝う王宮内のパーティーで別れを告げられた私は、自分が覚えている物語のとおりにエルヴィーラを演じる。涙を目の端に浮かべながら、脇目も振らずに歩いていけば、やがて一人の少女とぶつかった。勢いよく身体を当てると、彼女は弾むように転んでしまう。


 ああ、この娘だ。


 床に尻餅をついている少女を一瞥して、私は確信した。

 やっぱりここは私が前世で愛読していた物語の世界なのだと。

 足下で転がっているこの少女こそ、のちに第二王子ヨハネスと結ばれる主人公だ。


「ごめんなさい。私、急いでおりますので」


 うっかり彼女が起き上がるの手助けしてしまったら、物語が変わってしまう。彼女を助けるのはヨハネス王子の役目なのだ。


 さあ、急ぎましょう。


 長居は無用だ。王宮を出て屋敷に戻り、事の次第を両親に報告しなくてはいけない。そうしたら、今度は私は私の人生を歩む準備をしなくては。これで物語の枷から解き放たれる。自由に生きる権利を得たのだ。


 この国で十八歳といったら、嫁き遅れの年齢でしょうから、両親には申し訳ないけれど結婚は諦めるとして。ここから事業を立ち上げるか、地方に移住してスローライフか……物語の邪魔をしたくないから、しばらくは領地で隠居がよさそうね。心を癒しつつ、計画を練りましょう。


 やってみたいことはたくさんある。実現ができそうなことを書き出して、このイベントを乗り越えよう――そう心に誓って、パーティー会場だった大広間の扉を抜ける。

 その直後、腹部に衝撃。


「……え?」


 視界がぼやけていく。


 ここで死ぬの?


 いやいやまさか。あの物語では、前婚約者エルヴィーラは最後まで存命だし、主人公の相談相手として書簡を行き来させるエピソードがあったはず。こんなところで死ぬはずがない。

 私は腹部を押さえたまま前傾姿勢になる。そこには太い腕が構えていて、私はもたれるようにそこに身体を預けた。

 記憶はそこで途切れる。





 目が覚めたとき、自分がどこにいるのかわからなかった。

 瞼をそっと開けて周囲に誰もいないことを確認すると、ゆっくりと上体を起こす。その拍子にジャラジャラと金属が擦れる音がして、自分の右手首に鎖が結ばれていることを知った。

 鎖を視線で辿れば、クイーンサイズだろう天蓋付きベッドの端にまで伸びている。ベッドに括り付けられているようだ。


 待て待て。どういう状況よ? 私は予定調和的に婚約破棄されて、会場を出たはず……いや、出られなかった?


 動くと腹部が痛む。それで自分が、大広間を出たところで何者かに襲われてさらわれたらしいという考えに至った。


 ここはどこ?


 カーテンが閉められていて、部屋はランプの光でかろうじて周囲を確認できる程度には明るい。この国のカーテンに遮光機能はないから、この暗さはまだ夜であることを示している。時間はそれほど経っていないのだろう。

 調度品はどれも自宅のものよりも古いように見えたが、その全てが一級品だ。王宮内で見かけたものと同等クラス。高位の貴族のお屋敷に連れ込まれたか、あるいは王宮内のどこかなのか、といったところだろう。

 自分の格好は深紅のドレス姿で、婚約破棄を言い渡されたパーティーで着ていたままのようだ。多少の乱れはあるが、アクセサリー類もそのままである。


 となると、物盗りではなく、私自身に用事ってことかしら?


 逃さないようにご丁寧に鎖をつけてくれている。それなりの長さがあるのでベッドからは出られそうだが、部屋を出るにはちょっと短い。鎖を断ち切るには鍵か道具が必要だが、それらの代わりになりそうなものは部屋には見当たらなかった。


 誘拐……だとしても、もうヨハネス王子の婚約者ではない私には何の価値もなさそうですが。


 確かに侯爵家の中でも資産は多い方だが、こんな犯罪行為でお金を集めてどうするのだろう。私にはよくわからない。

 さてどうしたものか――と考えたところで、この部屋の扉がゆっくりと開いた。


 部屋の外はここよりも明るいらしい。逆光で顔がよく見えなかったが、その大きなシルエットには見覚えがある。こちらに近づくにつれてその輪郭ははっきりとしてきた。

 黒くて硬めの短髪はツンツンと逆立っている。セットしているわけではなく、本人いわく癖毛とのこと。

 目つきは鋭く、威圧感がある。その眼力で気圧されて逃げたり避けたりする人も多数。ヨハネス王子の護衛騎士として、眼力だけで充分な仕事をした。

 精悍な顔つきをしており、柔和な印象のヨハネス王子とは対極の印象だ。

 対照的なのは顔立ちだけではない。体格もそうだ。彼はかなり筋肉質であり、背もあれば肩幅もあって誰から見ても大男である。私とは頭二つ分近く身長差があったはずだ。

 一歩一歩と近づくたびにその大きさに圧倒される。足音とともに振動を感じてしまいそうだ。


 ああ、この人は――


 ベッドのそばに立つころには確信していた。この人はヨハネス王子の護衛騎士、ロータル・ルートヴィヒだ。


「ろ、ロータルさん。助けに来てくださったのですか?」


 私から話しかけることはあまりなかったが、いつだって彼のまとう雰囲気が怖くて名を呼ぶときは緊張してしまう。

 このタイミングで彼がこうして現れたということは、私が何者かに拉致されたところをヨハネス王子が気づいていて派遣してくれたのではないか――そんなことを期待する。

 婚約はなかったことになったとはいえ、それまでは付き合いがあったのだ。優しい彼なら、そのくらいはするかもしれない。私が一番苦手としているロータルを選んだのは、たんにロータルへの信頼度の都合だろう。ロータルは護衛騎士の中でも飛び抜けて強いのだ。


 淡い期待の眼差しを向けると、ロータルは私がいるベッドに乗ってきた。最初は私の右手首にはめられた鎖を確認するためかと思ったが、なんか雲行きがあやしい。あっという間に組み伏せられた。


「え、あの……」

「お前はこの状況がわかっていないようだな」


 そう告げられると、首筋に口づけされる。チュウっときつく吸われると、身体が慄いた。


「ろ、ロータルさん?」

「エルヴィーラ、お前を捕らえたのは俺だ」

「さ、さようでございますか……」


 どう答えたのかわからなくて、とりあえず頷いておくと、ロータルは低い声でくつくつと笑った。


「やはり状況がわかっていないようだな」

「わ、わかるわけないではありませんか。私は屋敷に戻って、両親に報告をせねばならないのです。私を解放してください」

「報告? なんの報告だ?」


 見下ろされると怖い。ふだんから怖いと思っている相手に拘束されているのだ。私は自分を奮い立たせて、できる限り気丈に振る舞う。


「あ、あなたには関係のないことです!」

「関係がないかどうかは、聞いてみないとわからないだろう?」


 そう告げて、彼は私の唇を指でフニフニと触った。

 今更気づいたが、ロータルの格好は見慣れた騎士の格好ではなく部屋着だ。当然手袋もしていない。


 ひょっとして、ここは彼の家……? え、待って。高位の貴族でありながら、騎士という職業を選んだのだとは聞いていたけど、この人は……


「わ、私はヨハネス王子の婚約者ですよ! こ、こんなことをして許されるとでもお思いで?」


 もう婚約者ではないが、公式発表にはなっていない。パーティーの場で、ダンスの前にひっそりと私に告げられただけだ。周囲で聞き耳を立てていた者はいるかもしれないが、周知されるまでには時間がある。

 強気の態度で話をかわそうとすると、ロータルはつまらなそうな顔をしたのちに私の顎をグイッと持ち上げた。


「俺は許されなくてもいいと思ったから、お前をさらったんだ。エルヴィーラ、お前と出会ったときから好きだった」

「は? 何をおっしゃって――んんっ⁉︎」


 噛みつかれたのかと思ったが、これは口づけだ。口紅を舐め取られ、その感触に驚いている間に舌に侵入された。こちらが噛みつく隙を与えず、口腔内を荒らされる。


「んんんっ‼︎」


 抵抗しようにも、頑丈な彼の身体はビクともしない。筋肉で分厚くなった彼の胸を押し返していたはずの手は、だんだんと力が抜けていく。


 苦しい……


 唇の端からどちらのかわからない唾液がツッと流れる。


「随分と小さな口だな」


 私の頬に流れた唾液を舐めると、ロータルは短く告げた。

 私は息苦しくて小さく喘ぐ。酸欠で意識が朦朧としていた。


「まあ、その口には挿れるつもりはないからいいが」

「な、何を?」

「すぐにわかるさ」


 返事があって、ニヤリと笑まれた。嫌な予感しかしない。この男は何をしようとしているのか、わかるけどわかりたくない。私は認めるわけにはいかないのだ。


「ヨハネス王子とは寝たのか?」

「お、教えません!」

「じゃあ、身体に直接聞くか」


 私に跨ったままのロータルは上着とシャツを荒々しく脱ぎ去った。

 彫刻のごとき立派な胸筋と腹筋が目に入る。芸術品なんかよりもずっと生々しく感じられて、これが現実なのだと意識した。

 つい、ゴクリと唾を飲み込んでしまったからか、ロータルに気づかれて笑われた。


「なんだ。この身体に欲情したか?」

「し、しません! ちょ、ちょっと珍しかったから、驚いただけですわ」

「触ってもいいんだぞ」


 からかっているのが明白なので、絶対に乗せられてやるものかと顔を背ける。すると彼に手を取られて胸元に誘導された。ジャラジャラと鎖の音が部屋に響く。


「ほら。遠慮するな。これから俺はお前の身体に触るんだ。不公平になるだろ?」

「ご冗談を。そろそろ私の家の者が訪ねてくるに決まっておりますわ。あなたの姿は目立ちます。私を連れていればなおさら。屋敷に帰らない私を探していることでしょう」

「さあ、どうかな?」


 導かれた手は彼の左胸に当てられた。ピクピクと胸筋を動かされて、私は別の生き物のような動きにチラッとそこを見る。そこでまた、わざとらしく動かされた。


 悔しい……


 ロータルの顔を見ると、彼は愉快そうに私を見ている。余計に敗北感が募った。


「意外と素直な反応だな」

「抵抗しても無駄でしょうし。怪我はしたくはありませんもの」

「賢明なことで」

「ただ……どうしてあなたがこんなことをしたのか、教えていただきたいです。さっきはその……好きだとおっしゃっていましたけど」


 キスされる前、確かにはっきりと聞いた。出会ったときから好きだったのだと。

 でも、初めてお会いしたときの私は、ヨハネス王子の婚約者だったはず。人のモノを横取りしたいなどと考えるものなのだろうか。

 私が尋ねると、ロータルはフーンと唸った。困ったような顔をしている。勇ましい彼が見せたことのない表情だ。


「真面目に話すとなると、少し照れる」

「いや、でもですね。私としては理由を聞いておいたほうが、こう、すっきりとした気分で委ねられるといいますか……」


 こうなってしまったら逃げられない。諦めるかわりに、できるだけ心地よく乗り切れる努力をしたい。

 誰でもいいわけじゃないが、ロータルだったら悪くはない。彼のことは怖いと思っているけれど、だからといって嫌いなわけではなかった。仕事はきっちりこなす人だし、真面目な勤務態度は好感がもてるほうだ。


「もう私は嫁き遅れの年齢になりますし、結婚しないとなると身体の関係を持つのはおそらくこれっきりになるでしょう。悪い思い出にはしたくありません。――ああ、でも、私が拒み嫌がるところを見たいのであれば、説明は野暮なことですよね」


 ロータルのことを知りたいと思えど、その内面を知るのが怖い。私をさらって、こうしてベッドにくくりつける彼の思考は触れてはいけないもののように感じられた。


「俺にはどうしてそういう考えになるのかわかりかねるが、これっきりにするつもりはないぞ?」


 なんですとっ⁉︎


 私の頬に節くれだった大きな手が添えられる。気遣うように優しい手つきなのが、ごついその手に似つかわしくない。


「わ、私を娼婦か愛人のように扱いたいと……確かに、顔立ちや体型は男性的にはとてもそそられるものがあるそうですけど……まさかあなたにそういう目で見られていたとは……」


 幻滅した。この人に性的な目で見られているとは思わなかったのだ。

 下心を持って近づいてくる騎士もいたけれど、ロータルはいつだって態度を変えなかった。そこに好感を持っていたのに。


 でも、出会ったときから好きだったなら、身体をほしいと思っても不思議ではない? ううーん……やっぱりわからない……


 あれこれ考えていると、ロータルのため息が耳に入った。


「お前な……どうしてそういう発想になるんだ? 今のところ俺には妻はいないし、婚姻歴もない。男性なら二十七歳で結婚したことがなくてもおかしくはないだろう? 仕事を優先してきたんだ。恋愛をする余裕もなかった」

「そうおっしゃいますけど、私のことを気に入っていたのでしょう?」

「そうだな。ずっと忘れられなかった」


 話はこれで終わりだとばかりに、熱烈な口づけをされた。

 まだ話を聞き出したい私は抵抗するも、結局は押さえつけられて受け入れるしかなくなってしまう。


「ま、待って。私を愛しているなら、少しは言葉を――」

「注文が多いな」


 怒っているというよりもあきれているような声。この状況において、ロータルは想像以上に落ち着いている。


 欲しかったものが手に入りそうなときって、もっと興奮したり焦ったりして、ガッついてきそうなものだけど……変な人。どうしてこんなに余裕があるのかしら。私は逃げられる状況にはないけども。


「私は言葉がほしいの。あなたの態度から気持ちが読み取れないから」

「優しくしているだろう? まだキスしかしていない。ドレスを脱がして、肌を触れあわせたいと思っているが、あまり急かすのもよくないからな」

「優しい? 女性に手枷をつけるような人が優しいとは思えないですが」


 私は右手を持ち上げて、ロータルに見せつける。鎖はそれなりの重量もあるので、動くのが億劫だった。


「それは逃がさないようにという意味合いよりも、お前が自殺しないようにつけたんだ。ヨハネス王子に何か言われて、泣きそうになっているのを見たら、よからぬことをするんじゃないかと心配で」


 ロータルはそう答えると、自身のトラウザーズのポケットから小さな鍵を取り出し、私の手枷を解いた。


「これでいいか?」

「あ、ありがとう」


 鎖はベッドの外に出される。私は自由になったはずだが、ロータルが上に乗っかっているのは変わらないので、そういう感じがしなかった。


「さて、続けるぞ。最後まではするからな」

「ろ、ロータルさん? それ、本気なんですよね……?」


 最後まですると宣言されると、つい身構えてしまう。身体を繋げるのは、怖い。初めてだし。


「お前を慰めるのも目的の一つだからな。ヨハネス王子のことを忘れて、新しい恋に身を委ねるのも悪くはないだろ?」

「えっと……ヨハネス様を慕ってはおりましたが、恋かと言われると、ちょっと……。政略結婚ですし、私にとっては仕事みたいに感じていたので……」


 なんか微妙に誤解されている気がして、大真面目に訂正してしまった。こんな説明をしても、いまさらな話だろうに。

 ロータルはそんな私の話をちゃんと最後まで聞いて、力強く頷いた。


「なら、俺に恋をすればいい」

「待って。順番が。恋をしてから、身体に触れるのでは?」

「もう待ちたくない。政略結婚ののちに相手に恋をすることもあると聞く。俺たちはそっちで行こう」


 決めたのだからこれで話は終わりだとばかりにロータルの手が私のドレスにかかる。私は髪が乱れるのも構わず、全力で首を横に振った。


「いやいやいやいや。おかしいです、それ」

「なんだ。身を委ねる気になったんじゃなかったのか、エルヴィーラ。今日くらいは優しくしてやる。心配するな」

「て、抵抗したり説得したりできるなら、最後まで足掻きます!」


 私が宣言すると、ロータルは舌舐めずりをした。ふぅん、と声を出して、私の目を覗き込む。


 おっと、まずい? 火を付けちゃった?


 私は身構える。


「ずいぶんと俺を煽るのが上手だな。いじめるのは趣味ではないが、たっぷり可愛がったほうがいいのかな?」

「……お、お任せします」


 自分はなんて余計なことを言ってしまったんだろうと後悔した。小さく膨れてプイッと横を向くと、頬にキスされる。


「エルヴィーラ。お前は言葉がほしいと言っていたな。あまり愛を囁くのは得意ではないんだが、お前からの愛をもらえるように努力をしよう。愛している、エルヴィーラ」


 首に口づけをされると、ちろっと舐められた。くすぐったい。しつこく舐められると鼻から甘い息が漏れてしまう。


「やっ……舐めないで……」

「可愛い声だ。もっと聞かせろ」


 刺激は首だけではなかった。袖や肩がないドレスなので、胸元に手を入れられてしまうとすぐに露出してしまう。逃げたり隠したりする間もなく、彼の大きな手に丸い胸がすっぽりと包まれた。


「いい大きさだな」

「あ、あまり大きいとみっともないって言われますけど」

「そういうことを言うヤツはわかってないんだよ」


 ロータルの声は聞きなれた声よりもずっと優しく穏やかだ。大切にしようとしている雰囲気があって、強張っていた身体はほどよくリラックスしてきた。彼に胸を揉まれているのに。


「少なくとも俺は、この大きさは好ましく思うぞ」


 耳元で囁いたかと思うとロータルの頭が移動して、私の胸に吸いついてくる。先端を強く吸われると、ビクッと反応してしまった。


「だ、ダメ。そこは赤ちゃんが吸う場所だからぁ」

「そう言うな。赤ん坊が吸うだけでもないんだぞ?」


 もう片方の胸も露出させられて、指先で優しくこねまわされた。ジンジンする。それは痛みだけではなく、切ない疼きを含んでいて、私にはこの感覚がなんなのかよくわからない。甘い吐息が漏れる。


「感じやすいんだな。怖がらなくていい」

「そう言われても……私」

「ついでに言うと、声も我慢するな。お前の声を聞かないと、加減ができない。できる限りお前の様子は気にかけるつもりだが、情報は多いほうがいいからな」

「は、恥ずかしい……」


 世の中の女性はこんな思いをするものなのだろうか。

 私は口元に手を当てて、泣きそうになるのを堪えながらロータルの与える刺激を待つ。


「ドレスを破るわけにはいかないから、そろそろ脱がすぞ」

「は、はい……でも、身体見られるのは恥ずかしいから、暗くしてほしいの」

「そうはいかない。情報が減る」

「恥ずかしいの……」

「傷つけないためにも必要なんだ。俺の視線を感じなくていいように、目を閉じておけ」


 そういう問題じゃないと思いつつも、私がここでわがままを言ったところで解決はしそうにない。渋々目を閉じると、ドレスが引き抜かれた。


「全部脱がすからな。あとの着替えはお前付きの侍女に託す。俺じゃ着せきれない」

「わ、わかりました」


 私自身も一人では着られないのでありがたい申し入れだ。私が素直に頷くと、アクセサリー類を外されてコルセットや下着も取り払われる。


「――綺麗な肌だ」


 そう告げて頭を下げると、私の腹部に口づけを落とした。続いてぺろっと舐められて、私は声を漏らす。みぞおちのあたりからへそのあたりを温かな舌が這っていくとゾクゾクした。


「ふぁっ……な、なんで舐めるのっ……」

「美味しそうに見えたからだ。良い味がする」

「あ、汗まみれなのに」

「そこも含めて美味いぞ。きめ細かい肌だ。吸い付くようにしっとりとしていて、気持ちがいい」

「は、恥ずかしい……」


 思わず顔を両手で覆う。今、どんな顔をしているのだろう。考えただけで火が出そうだ。


「悪いことじゃない。もっと触れてやるよ」

「は、はい……」


 身体が重ねられる。ギュウッと抱きしめられると、不思議と安堵した。心地がいい。

 首にキスをされて胸を揉まれる。頭がぼうっとしてきて、完全に身を任せていた。こういう行為のときに私が何をすればいいのかわからなかったというのもあるのだけれど、ロータルは満足しているように感じられたので、余計なことはしないように意識した。

 それに――これだけ優しく接してくれるのなら、ハジメテをあげても後悔しない気がしていたのだ。


 委ねてしまっても、いいよね?


 破瓜の瞬間が迫っている予感があって、私は身構えた。そろそろよさそうだと、ロータルが準備をしているのを察してしまったのだ。

 汗で肌にくっついた私の髪を横に払いながら、ロータルは改めて私を見下ろした。彼は私を求める雄の顔をしている。残っている理性で本能をなんとか抑えているような、そんな表情。


 いよいよ、挿れてもいいかって聞かれるのかな……拒否しても挿れられちゃう気もするけど。最後までするって宣言していたし。


 決めているのだったら聞く必要はあるのだろうか、などととりとめなく考えながらロータルの唇が動くのを私は待った。


「――可愛い、エルヴィーラ。俺の妻になってくれ」

「こ、こんなときに言わないで」


 予期していなかった言葉に、私は反射的にツッコミを入れてしまった。


 ……え、今のってプロポーズ?


 返事を後回しにしてよかったのだろうか。混乱している私に、ロータルは少し消沈した顔をしたが、小さな息を吐き出して苦笑した。


「だったら、終わったあとにもう一度求婚する」

「順番……」

「そう思ったから、告白したんだが」

「……まだ、考えさせて」

「わかった――挿れるぞ」


 もう、後戻りはできない。できないんだ。


「優しくしてくださいね」

「挿れたら理性が飛ぶかもしれん。善処はする」


 初めては痛いのだから、文句は言わないつもりだ。ここまで優しく触れてくれたことに感謝しよう。


「ロータル……」

「エルヴィーラ、愛してる」


 やがて下腹部に熱と痛みが増していく。


 これが、破瓜の痛みか……


 あまりの刺激に意識が飛びそうになるけれど、彼を最後まで受け入れたくて必死に繋ぎ止める。どんなに苦しくても、痛みで涙が出てしまっても、ロータルが私をどう扱ってくれるのかを見届けねば。

 私の中に精を放つまで、ロータルは私をちゃんと見つめて労ってくれた。まだまだ痛みが強くて気持ちがいいとは思えなかったけれど、ロータルの優しさは伝わってきて幸福感を得られた。


 こんなふうに気遣ってもらえるとは思わなかった……


 互いの息が荒い。汗ばんだ肌が少し離れると、ロータルが私の顔を覗き込んだ。


「――エルヴィーラ。愛してる。結婚してくれ」

「はい……でも、ちゃんと、両親に話をしてから……」

「そうだな」


 疲れが出てきたのか、強烈な睡魔に襲われる。もっと話をしたかったけれど、私は意識を手放した。




 翌日。

 私はこれがヨハネス王子とロータルの計画だったことを知った。ヨハネス王子は私が遠慮していることを知って、いつかは私に相応しい男に譲るつもりでいたらしい。ロータルが私に惚れていることを知って、ヨハネス王子が裏で手を回し、こうして決行に至ったのだという。

 なお、私の両親にも打診済み。私と同じように荷が重いと考え、公爵家の三男であるロータルなら身分も仕事ぶりも申し分ないと考えたらしかった。なにより、熱意に押されたのだという。


 私の知らないところでいつの間に……


 根回し済みであるなら、もう文句はない。


「ロータルさま。どうぞこれからよろしくお願いいたします」

「エルヴィーラ、こちらこそよろしく頼む」


 微笑み合うと、ソファーに押し倒される。


「もう待たなくてもいいだろ?」


 私の返事を待たず、彼は私に口づけを落とした。


《終わり》

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筋書きどおりに婚約破棄したのですが、想定外の事態に巻き込まれています。 一花カナウ・ただふみ @tadafumi

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