第26話 「さすがにこう多いとやんなるっすね!」

「さすがにこう多いとやんなるっすね!」


 飛来する矢をぐるりと旋回させた槍で打ち払いながらきらりんが言う。

 言葉の割に楽しげな笑みを浮かべてはいるものの、苦し紛れに振るった長剣は戦士のバックラーに逸らされ空を切った。即座に翻りバックラーを蹴り飛ばす反動で離脱すれば、その瞬間突き出された槍が横腹をかすりポリゴンがこぼれる。


 先程からこうして微妙に蓄積されつつあるダメージのおかげで、きらりんのLPは既に半分を切っている。やはり1対多の構図でさらに隙あらば矢が飛んでくる状況下では流石のきらりんと言えど無傷という訳にはいかない。


 リーンの方は、もっとひどい。


「ぬぅ、っだあ!」


 横腹に叩きつけられた長剣に顔をしかめ、煩わしいとばかりに大剣を振り払う。飛来した矢は直撃に甘んじ、知ったことかと大剣を振るう。数体の戦士が倒れるが、追撃の間もなく迫る後続の戦士への対応でリーンは手いっぱいだった。


 きらりんのような回避という選択肢が存在しないリーンなので、必然被弾回数は増える。その上攻撃速度の遅さゆえにリコットのフォローとマジックボールの援護があってようやくまともに戦線を維持できているといったところで、なにか一つ間違えばあっさりと力尽きてもおかしくない。


 そうこうしている間にも、小道を抜けてやってくる戦士は止まらない。

 住民と比べ押し寄せてくるというほどでもないが、ひっきりなしに追加されるのでは討伐の速度が追い付かない。


 これはさすがに押し切られる、ときらりんがさほど遠くない未来に歯噛みをした瞬間、空を切って飛来する魔力弾の群れが前方の戦士たちを打ち据えていく。


「きらりん!」

「りょーかいっす!」


 悔しさはためらいの理由にはならない。きらりんはさっさと身を翻し、ユアの元へ集まる。

 そして全員集合したところで、一行はさっさと建物の中に避難した。


「やー、みんなおつかれ」

「なかなか楽しかったっす」

「ゆぅ~あ~」


 余裕ぶってにやりと笑うきらりんを尻目に、ぽふっと抱き着きに行くリーン。

 なでなでされるリーンとリコットの姿に、一瞬のためらいをはさみつつもきらりんもユアに頭を差し出す。その際なぜかユアに背を向けて、その代わり普段よりも接近度合いが増していた。

 未だ尽きないユアに身体を差し出すことへの恥じらいと欲求のせめぎ合いの果ての試みだった。


 そんなきらりんの健気(?)な様子にもにこにこと頬を弛め、ユアは当然にきらりんを受けいれた。


 それからのんびりとなでなでタイムを過ごしつつ、ユアたちはステータスを確認した。

 先ほどの戦闘を経て、全員がレベルアップしていた。

 ユアとリーンはLV.12、きらりんとリコットはLV.11。

 ついでにユアの『魔法使いマジシャン』のレベルも上昇したが、リコットがそうであったようにスキルの習得はなかった。


「よゆーでボディービルドゲットっす!」

「おめでとー」

「ありがとっすー」


 わしゃわしゃと髪を乱すように撫でれば、きらりんはくすぐったそうに肩をひそめてはにかむ。表情が見えない分、多少は余裕があるようだった。

 触発されてぐりぐりと頭を押し付けてくるリーンに同じようにわしゃわしゃしつつ、ユアはきらりんの耳元にそっと口を寄せる。


「ぴっ!?」

「きらりん、楽しそうだったね」


 特段、音に吐息を添える訳でもなく。

 けれど確かに触れる吐息と、直接耳を震わせ伝わるような囁きに身を弾ませるきらりん。


 知らずの内とは、いえ。

 身を寄せることを許容したと、そうユアが受け取るだけの至近。

 そこに侵入してしまったきらりんに、ユアが遠慮も逡巡もはさむ余地はない。


 だから突然の凶行にきらりんは大混乱だったが、ユアは変わらず囁き続ける。


「少しは満足できた?それとも、もっとしたかったのかな」

「ひぇ、ひゃ、ま、まんぞくっす」

「そう」


 よかった、と笑みを浮かべていることが見ずとも分かる声。

 ユアの声が、ほんの少しだけ喉の奥で掠れているのだと、きらりんは初めて知った。


 内容は、ただの雑談だ。

 これまでだって、リーンやリコットに対して耳元で、それとも額を合わせ、時には胸に抱きながら、そんな距離の近いコミュニケーションは、当然のように見られた。

 ただそれがきらりんに向けられるのは、この時が初めてだった。


 一体なにがきっかけでこんなことになっているのか、きらりんには分からない。

 もしもこれがリアルだったのなら、きっと自分は卒倒しているだろうと、そう思う。


「リーンは、まあ大変だったね」

「ぁ」


 これは所詮、雑談だ。

 だから当然、ユアの声はきらりんから遠ざかった。


 自然と零れた声が、緊張の解ける安堵なのか、すがるような惜別の声なのか。

 分からぬままに振り向けば、声に惹かれるように、ユアは視線をきらりんに向けている。

 たったそれだけで、きらりんの身体を緊張が支配した。


 ユアの視線は、明確に、これが終わりでないことを告げている。


 きっと次語り掛ける時、その声はまた耳元に触れるだろう。

 それともあるいは、口づけのように交し合うか。


 それを理解したきらりんは、まるで初夜を待つ乙女のごとくそわそわとして、少しだけユアに寄りかかった。

 きらりんにとってのただの雑談が、戦場へと姿を変えた瞬間だった。


 そんな些細な変調はありつつ。

 しばらくのんびりと雑談にふけっていた一行だったが、その間にも時間は過ぎ去っていく。

 もう一狩り、といくには少々遅い。

 明日の仕事を思えば、少なくともユアやきらりんにはログアウトに丁度良い時間だった。


 自然と時間を確認したユアが、名残を惜しみつつも、言う。


「もうそろそろ時間だね」

「また明日ってことでいいっす?ってか明後日から正月休暇っすね!」


 きらりんの言う通り、この翌日は二人の会社の今年最後の営業日だった。

 厳密には完全に休みという訳でもないのだが、これまでのことを思えば二週間近くの休暇は間違いない。


 きらりんにとってこれまでならばただ落ち込むだけの長期休暇だったが、こうして生まれたプライベートな交流に、職場で会えなくなるという事実をよそに舞い上がってしまう。


 そこに水を差すように、なんとも言いにくそうにユアは頬をかいた。


「えっと、まあ休暇はそうなんだけど、ごめんね、いろいろ予定あるから、あんまりAWはできないんだ」

「……そ、れはちなみに……?」

「まあ、うん。デート」

「…………六人っすもんね」


 不機嫌そうなリーンにぐいぐいと頭を押し付けられながら頷くユアの言葉に、考えてみればそれもそうだと、きらりんは頭を抱える。

 思い返してみればユアの有給消化率はつまりそういうことなのだろうと、あっさり確信できる。

 それが長期休暇ともなれば、きっとカレンダーは別の女の名前で埋まっているに違いがない。


「ついでに、あしたもその、無理」

「!?」


 無情なるユアの宣言に、きらりんは戦慄した。

 つまり、だ。

 その言葉が示すのはつまり、明日どこぞの誰かとデートをするユアと、会社で顔を合わせるということだ。一緒にお昼ご飯を食べたとて、例えば社内でどんなアプローチを仕掛けたとて、その後は誰かに愛を囁いていることがここに確定したのだ。


 地獄っす?


 きらりんは思った。

 当然、それをいうならこれまでだって、きらりんの知らぬ間にそういうことはあったわけで。

 どう思い返してみても、普段のユアが舞い上がっていたりやけにめかしこんでいたりする姿というのには思い至らなかったが、それは間違いないだろう。言うなれば常在戦場みたいなことで、つまり、フラットにデートスタイルなのだ。


 けれど明日、恋人の存在とデートがあるという事実を抱えて職場でユアを見てしまえば。

 果たして自分は、正気でいられるだろうか―――?


「…………ま、まあ、しかたない、っすね」

「ほんとごめんね。リーンもリコットも」

「むぅ……」

「ん」


 ぐぐぐいと圧力をかけ続けているリーンと、これも女の甲斐性だとばかりに受け入れつつなでなでは要求するリコット。

 当然に応えながら気まずそうな視線を向けてくるユアに、きらりんはただ、引きつった笑みを返すしかできなかった。


 今から有給ってとれるんっすかね、と、きらりんはそんなことを思った。


 ■


《登場人物》

ひいらぎあや

・予定表は割とほとんど埋まってる。普通の平日とかでも場合によって平然とデートとかしやがるけれど、ここ最近は正月休みに向けてちょっぴり控えめだった。日替わりで違う女抱くとか、なんかそこだけ切り取ると物凄い爛れてる気がしてくる。や、まあ、綾ですし。


柳瀬やなせすず

・領域がなかったら今頃2回は死に戻ってる。スペックのみでゴリ押す脳筋オブ脳筋。戦士程度にならそれで十分よ。


島田しまだ|輝里《きらり』

・むしろAWを一緒にやれてるだけラッキーくらいに思うことにしました。明日が怖いよぅ。まあでも今までだって綾のデートの日とか気づいてなかったし気にしなければきっと大丈夫……!


小野寺おのでらあんず

・他の恋人のせいで会う機会が減るのは悲しい。綾を相手にする時点でそんなもんは百も承知ではあるけれど。とか言いつつデートの予定あるんですけどねこの人。

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