姫的な彼女のゲームの話
くしやき
第一章 集う花たち
第1話 ひとりの女が服を着るのを、もうひとりの女が眺めている
※更新を再開することにしました。
お待たせして申し訳ありません。
なんのこっちゃ分からない方は気にせずお進み下さい。
―――
ひとりの女が服を着るのを、もうひとりの女が眺めている。
服を着ているのは、優し気な垂れ目に長い黒髪の女。名を
一方それを眺めるのは、愛おしげに目を細める短い黒髪の女。名を
しっとりと濡れた肌が衣をまとい、散りばめられた花びらや刻み込まれた証を隠していく。
自分だけが見られる場所に秘められた愛の印と、そう思うだけで愛おしい想いが胸を焦がすようで、自然ふたりはお互いに、はにかむように笑みを噛む。
はにかみ笑う麻美が、最後にコートの襟から髪をさらりと抜き出して軽く整える
そんな動作ひとつでますます目を細め慈愛の笑みを深める綾に呆れ笑い、麻美は頬を染める。
「着替えなんて、そんなに熱心に見るものじゃないわよ」
「だって、なんか、幸せだなって」
「もう。馬鹿言ってないであやちゃんも着替えちゃいなさい」
衣服をまとった麻美がいたずらめかして鼻先をつつけば、ベッドの上で惜しげもなく裸体を晒して座っていた綾はにへにへと表情を崩しながら「はぁい」とふざけて敬礼してみせた。そしてゆっくり立ち上がると、さも当然のように顔を寄せてその唇を奪う。
ちゅ、と軽く触れるだけの口付け。
甘いリップに舌先が誘われて、そんな間抜けを離れていく唇がゆるりと笑う。
終わりの時間も近づいて、その心地よい感触を長々味わってもいられない。
だから余韻を楽しむようにちろりと下唇を舐め、綾は大人しく服を着る。
ひとりの女が服を着て、もうひとりの女がそれを眺める。
しげしげと見つめるその眼差しに、ブラトップのインナーに頭を通した綾が笑う。
「今、確かにって思いましたよね」
「そうかも、しれないわ」
殊の外真面目くさった口調に綾は危うく吹き出しそうになり、それを見咎めた麻美が恥ずかしそうに視線を逸らす。「なによっ、まったく」だなんて口の中で転がすその姿はまるで拗ねた童女だ。こういう呆れるくらいの幼さが愛らしいと思うのは、あばたもえくぼという訳でもないだろう。
手早く袖を通し、そのまま綾は麻美へとむぎゅりと抱きつく。自分のものと比べるのもおこがましい豊満な胸は布の上からでも心地よく、谷間に挟む鼻先には清涼感を覚えるスッキリとした柑橘系の香りが触れる。
それをめいっぱい堪能して、それから見上げる。
「私は見られてて嬉しいです。これぞ相思相愛ってやつですね」
「……違うんじゃないかしら」
いったいどうしてそんなにも無邪気に笑えるのかと呆れたように笑って、麻美は胸にうずまる頭を撫でる。見上げる視線がゆるりと細まり、心地よさそうにそっと首が傾ぐ。
硬い髪質のショートヘア、目元にかかる髪と同じシャンプーの匂いがふわりと広がる。自分よりも背の高い綾にこうして甘えられるのはなんとなく不思議な心地で、けれどその手つきに戸惑いはない。いつの間に慣れてしまったのだろうと思えることが幸福で、だから自然と表情は優しく笑んだ。
向かい合う視線が近づき、瞬きが触れる。
ゆっくりと舌先が触れ合って、名残惜しげに一度絡んで、戻っていく。
そっと身体を離して、また着替え、また眺める。
視線に晒されながら着替え終えた綾が、ふと壁にかかった時計を見上げる。
宇宙からの電波を受信して正確な時を告げるアナログ時計では、働き者の長男が忙しなく動いている。のろまな弟たちを見習って欲しいものだと嘆息し、それから麻美に視線を向ければ、どうもさみしさが滲んでいたらしい、慰めるようにそっと頬に触れられる。
むい。
「ほぉら、そんな顔しないの」
「わふぁっふぇまふよ」
「ほんとうかしら」
いたずらめいたくすくす笑いに口を尖らせ、やがて破顔する。
そしてどちらともなく指を絡ませ合い、部屋の出口へと向かう。
お別れまではまだ少しある。けれど今はこの部屋を後にすることがやけに寂しい。
絡まった指に触れる体温になじんだ指輪の感触にじらされる。揺れる長く艶やかな髪からふと香るシャンプーの匂いにくらくらする。
気が付けば、開きかけた扉を後ろから押さえていた。
「あやちゃん?」
振り向く怪訝な表情に腹が立つ。
それがひどく自己中心的な思考だと思うほどに、彼女は善良な人間ではない。
肘をたたみ、もたれかかるように顔を寄せる。
斜め上から見下ろす姿勢、自然威圧的となるそれが許容されるという傲慢。
見開く目をまっすぐに見据えながら、顎をつまむように持ち上げる。親指をそのまま上にあげれば、艶やかな唇に触れた。
「だめよ」
と、それでも毅然として告げるその頬が朱に染まっているのを見て、笑う。
その笑みの意味を理解してあわあわと慌てるその姿も愛らしく、くつくつと喉が鳴った。
「だ、だめなんだからね!あ、もう、ゃ、あっ」
■
ぶすっ、か、むすっ、か。
なんとなく『むすっ』の方が愛嬌のあるような気もするし、『ぶすっ』の方が真に迫っているような気もして甲乙つけがたい。
どちらにしてもケーキを食べてる表情じゃないなと思いつつ、綾は対面でむくれるその女の口周りをティッシュで拭いてやる。そうすれば大人しく口元を差し出して「ありがとっ」と語調強くも礼を言うあたりは素直な子供のようなのだが。
ケーキじゃ足りなかったかと、綾はそっと嘆息する。
恋人の一人である麻美とのデート、ついつい我慢できずに延長戦(途中から向こうも吹っ切れたのかむしろノリノリだった)に突入してしまったせいで、予定よりも半日程度帰宅が遅くなってしまった。おかげで同棲している彼女、│
一回可愛がってやれば機嫌が直るだろうか、などと綾がわりと最低なことを思っていると、最後の一口をぱくりと頬張った鈴がスプーンを咥えながらその視線を綾の手元に向ける。
あえて視線を向けるまでもなく、鈴の介助(?)と考えごとのせいでほぼ手付かずのチョコケーキがそこにあることを綾は知っている。
試みに一口大に切って鈴に差し出してやれば、口の中のものを飲み込んだ鈴は目を輝かせてぱくついた。かと思えば飲み込むなりまた口を開くので、綾は望むままにその口にケーキを放り込んでやる。
ひょいぱくひょいぱくと、結局最後の一口を飲み込んだところで、鈴はにこやかに笑った。
「まんぞく!」
「そ」
それはよかった、と綾もにっこにこ笑う。
それを見た鈴が、ひくっと頬を引きつらせる。
見逃すわけもなく、綾はゆるりと小首を傾げた。
「ん?どうしたの鈴?」
「ひぇっ」
にじり、とテーブルを迂回するように寄ってくる綾に後ずさろうにも、蛇に睨まれたカエルのように体が動かない。
「ご、ごめ、」
「んんー?鈴が謝ることなんてないと思うけど?」
「そ、そっかなー?」
「うん。30分くらい並んで買った久々のチョコケーキを鈴が全部食べちゃったのも、もとはと言えば私が悪いもんね」
そんなことを言って綾はうんうん頷く。
これダメな奴だ!?
鈴は耳元にかかる熱い息を感じながら察した。
手遅れだった。
「きっと食いしん坊な鈴はまだまだ足りないだろうから、おかわりあげるね」
「わ、わーい?わっ、」
とすっ、と、鈴はいとも簡単に押し倒される。
見下ろす視線が爛々と輝いているのを見て、鈴はへにゃりと笑った。
「お、おてやわらかに……?」
「遠慮しないでたんとお食べ」
「えんっ、むくっ、ん、ぇあ」
もはや言葉すら許されず、鈴は食べ物の恨みが恐ろしいことをそれはもう懇切丁寧に教え込まれたのだった。
さておき。
「ゲームしよーぜ!」
「わー」
色々終わって、なんなら軽くシャワーすら浴びたところで気を取り直して、鈴は高らかに言った。綾がおざなりに拍手してやればそれでも満足らしく「むふー!」とひくひく鼻を膨らませる。ずっと楽しみにしていたとのことで、更にそれを綾が受け入れているというのを至上の喜びとでも思っているらしい。
「セッティングとかって済んでるの?」
「おふこーす!あと個人登録だけー!」
「さすが」
「にへー」
綾がいいこいいこと褒め撫でれば、鈴はにへにへと相好を崩す。
それに気をよくして、綾もついつい撫でに力が入る。
そうなると、生まれたときからという長年の付き合いから最適化された綾のなでなでの前に鈴の人間性は容易く喪失し、もっともっとと甘えねだる子犬に成り下がる他ない。二人の愛の巣では割とよく見られる光景である。
結局ゲーム開始はそれから数十分ほど後のこととなるのだが、鈴はむしろ大満足だった。
■
《登場人物》
『│
・本作の主人公な25歳。1話から二人の女性に手を出してるっぽいですが、まだまだこんなの序の口なんですよ。恋多き、というかなんというか。綾の生態については少しずつ解き明かしていくとして、少なくとも言えることは少なくとも相手もそれを受け入れているということです。この作品はほのぼのいちゃらぶを目指しています。
『
・綾の恋人その1(登場順)なさ【自主規制】。綾の恋人の中では最高齢だけれど、無垢さで争えば2番目とかだと思います。普段はもっとこう、大人びておっとりしてるんですけど、特にいざという段階に至るとなんかいろいろ初々しい感じになっていいようにやられっぱなし。ゲームをやらない人なので必然的に出番は少ないんですけれど、その分番外編とかで触れられるといいなあ。……番外編と言えば、この人だけ短編があったりします。出会いの話なんですけど、まあ、はい。
『│
・綾の恋人その2(登場順)な25歳。綾と同棲している幼馴染。その立ち位置は恋人連中の中でも独特で、特別がいるのなら間違いなくこの鈴のこと。なのになんかこう、本妻的な存在感を発揮できない。一番気安い感じっていうか、うん、なんか、まあ、そういうやつです。
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