その涙さえ命の色……色がほしい

大月クマ

第1話 命の色

 自分が何をすべきか悩んでいた。

 大学に入ったのはいいが、入学して半年以上過ぎても自分の未来が何も決められないでいた。

 友達付き合いも少なく、ただ時間が過ぎるのを任せるのみだった。

 その時までは……。


「どうですか? 面白い絵でしょ?」


 その言葉に笑って応えるぐらいしか出来なかった。

 僕の目の前には奇妙な絵、というしかない。理解できなかった。

 声をかけてきた女性をよく知らないが、察するところこの絵の制作者のようだ。

 大学の学園祭で当てもなくフラついて、ふと美術サークルのブースに足を踏み込んだ。

 入ってすぐにありふれた風景画や人物画、スケッチなどが何点か飾られているが、興味を引くようなことはなかった。


(しかし、この絵は一体何なんだろうか?)


 たった一点だけ、奇妙な絵が飾られている。

 油絵……だろうか。正面を向いた人の絵だろう絵の具の分厚く乱暴に描かれているように思える。しかも子供の絵のような太い線で表現されていた。奇妙な表現はほかにも……絵のど真ん中には黒い太線が一本、体を真っ二つに貫いて左右の人の表情が違うのだ。

 そして、右側は花を持って涙を流し、左側はナイフを持って笑っている。


『命の色』


 絵のタイトルだろうか。額縁の下にそのように書かれていた。


(命の色とはどういうことだろうか?)


 僕には理解……いや、感じられなかった。

 色が区別できない。いわゆる色覚特性……色盲というモノだ。かなり重度であるらしい。

 今はほとんどの色盲は眼鏡レンズで補正できるが、僕は上手くいかなかった。

 僕の感じる世界はずっと白黒だった。

 だから、入り口に飾られていた風景画や人物画に興味を示さなかった。僕には他人達が共感する色を認識できないでいる。

 恐らくその絵達は、他人が言うなのであろう。

 そんな僕だから、この奇妙な絵に興味を示したのかもしれない。

 気が付けはこの絵の前に立ち止まっている人は僕だけだ。他の人は……チラリと見るが、素通りしてしまう。

 ふと見ると、相変わらずあの女性が笑みを浮かべて僕を見つめていていた。

 明らかに感想を求めているように思える。だが、僕にはこの絵も結局は、白黒であり、油絵の凹凸程度しか分からない。


「もっ、申し訳ない!」


 絞り出した僕の応えはそれしかなかった。

 逃げるようにブースを去ってしまった。

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