回顧録5

「日記はここで終わっている……、的な」


 曇り空の下の、岩山の隅。岩陰に隠してあったメモ帳の記述をしゃがんで読み終えて、コートと帽子を脱ぎ捨てたおれは呟いた。記述者は、死体すら見当たらない。

 地球は自らの肉体の一部であったためその情報を把握している、というテルスが、手記の在り処を感知してここに降りたのだ。なにかの参考になるのではないかと。


 もうギリシャには到着していた。ここがパルナッソス山だった。そして、おれは空にいたときより幾分落ち着いていた。

 テルスが希望になると気付いたからだ。訊けば、彼女はやはりガイアと同じ性質を持つ地球精神体で、人に例えれば別人格のようなものという。


「セオドアは霊媒として優秀だったけど」すぐ後ろで、一緒にメモを黙読したテルスが口を開いた。「ガイアの肉体になるほどじゃなかったんだね。完璧な霊媒とはここで出会ったから、用済みになったみたい。それほどの人材はめったにいないから」


 おれは少女を振り返りつつ、あれからこれまで耳にしたことを脳裏でまとめた。


 テルスの述べる〝特別な霊媒〟を手にしたガイアは、どういうわけかおれを殺せないと察知したらしい。それに驚いて、〝特別な場所〟――この近くの〝大地の裂け目〟というところの力を活かして、あの路地裏まで直接殺しにワープしてきたそうだ。もっともテルスの出現などで失敗して、とりあえず〝特別な場所〟に戻って対策を練るつもりだという。


「とにかく、急がないとな。君がやられたり味方でなくなったりすることはないんだよな?」

 立ち上がりながら尋ねると、小さな希望は答えた。

「それは平気だよ、精神体同士の偶然操作はできない。あたち自身の考えも変えるつもりはないよ。あたちたちは、君たち人類と共存できるって夢見てるんだ。ウイルス共生進化みたいにね。あたちたちのような存在は、主にあなたたちの生を賛美する神々として聖典の中に記されてきたんだよ」


「なるほど。……けど、実体のない精神体が肉体を得るには特別な霊媒に憑依する必要があるんだろ。どうして君はそうなれたんだ。あんな薄汚い路地裏が特別な場所か?」

「うん、汚かったね! 幸運としか表現できないよ、詳しい要因はわからない」

「……ま、まあ。どっちにしろ目的は一つだな」


 なんだか全人類とまとめてコケにされたように感じつつも、おれは歩きだした。

 曇り空の下で、足場が悪かろうとも迷うことさえなく。事前に聞いた特別な場所、大地の裂け目という穴がある地点を目指して。岩肌の並ぶ山腹の上へと進んだのだ。

 あまりに信じがたいことだったが、誰かのためにはそうしなきゃならない状況に追い詰められた。しかもそれは酷くしんどそうだった。

 そんなときどうするかといえば、おれはやろうとすればできる男だったらしい。

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