No.12 青い花、青い瞳 (暁バージョンはNo.17)

あるところに一人の少女がおりました。

森や野原を歩き、花を摘んで薬を作るのが仕事です。

心の声に耳を傾け、求める答えを手繰り寄せる薬。

きれいな泉の水に放たれたあまたの花びらは、

赤い花、白い花、黄色い花、オレンジ色の花。

そしていつもそばにあったのは、紫色の花でした。


ある日少女は午後の森で、

見たこともないような美しい花とであいます。

膝をついてそっと屈み、それを丁寧に手折りました。

空のように青い、夢のような花びらを持つ花。

手の中でその花びらが吐息のように震えたとき、

少女の心の奥に、輝く青が灯されました。


持ち帰った部屋で、愛おしそうに花を見たあと、

少女は細い指先でそっとそれを揉んで、水に浸します。

花はもう一度、ゆっくりと水の中で開き、

やがて淡く青い膜が、幾重にも揺らめきました。


その美しく儚げな青い溶液を見て、少女は思いました。

ああ、もっと、もっと、この青を。

ああ、もっと、もっと、近くに。


その日から少女は青い花を探して森を彷徨い、

いく瓶もいく瓶も、青い薬を作り続けます。

やがて、花びらと同じような輝く青が生まれた朝、

少女はようやく安堵の吐息を漏らし、

その溶液を2つの小さなグラスに注ぎ分けました。


少女がその揺れる水面を見つめていると

静かにドアが開いて少女の兄さまが入ってきました。

兄さまは辺りを見回してこう言いました。


おやおや、どこもかしこも青ばかりだね。


少女は黙って兄さまを見つめます。


どうしたのかな、青がこんなに好きだったとは知らなかったよ。


それでも少女は黙って兄さまを見つめたままです。


どうしたの? 青でなくてはいけないの?


兄さまはそう言うと、手を伸ばして側の籠の赤い花を手折りました。

長くて器用そうな指先で、赤い花をゆっくりと押しつぶした兄さまは

少女の目の前の小さなグラスの1つに、その花を落とし込みました。


あっと声をあげた少女が見つめる中、

赤い花はもう1度ゆっくりと開き、

揺らめく赤い波が青を緩やかに包みこんで、

やがてそれは少し怒ったような、

それでいてどこまでも静けさを保とうとする、

夜の帳が降りる1歩手前のような、深い紫色になりました。


ごらん、紫はきれいな色だよ。僕らの色だ。


兄さまがかすかに微笑んで少女に言いました。

困ったような顔して、少女はようやく口を開きます。


そうね、きれいな色、兄さまの瞳のような。


兄さまの瞳は、始まる夜を想わせる深い深い紫色で

少女の瞳は、淡く煙る暁の空のような紫色でした。


今度は私のために紫の薬を作ってくれないかい?


兄さまはそう言うと、微笑みを深くしました。


いいえ。


小さな声でしたが、でも毅然と少女は言いました。


いいえ、青を作らなくては。

青でなくてはいけないの。


じゃあ聞こう、その青は誰のものなんだい?


少女はその言葉に少し寂しそうな微笑みを見せて

引き寄せたもう1つのグラスに向かってつぶやきました。


わからないの。

わからないの、今は。

でも私は、それを探しに行かなければいけないの。

青い瞳を、見つけに行かなければいけないの。


私の大切で、大好きな大好きな兄さま。

兄さまはいつも私を守ってくれるけれど、

私も誰かを守ってあげたいの。

私は……この青い瞳を持つ人を、守ってあげたいの。


兄さまはうっすらと笑って言いました。


私には、その青い瞳がお前を守りたがっているように思えるんだが?


少女は首を振って答えます。


いいえ、私が守ってあげるの、私が。


そんな少女を見つめていた兄さまが、今日一番優しい声を響かせました。


そう思うならばそうすればいい。

それが、お前が生きていくということなのだから。


少女は、朝露を含んだ空のような瞳を揺らしながら

兄さまの言葉に頷きました。


でも約束しておくれ、おまえはいつまでも、私の紫なのだよ。


少女は深い紫色のグラスを引き寄せ、それを飲み干しました。


紫が紫であり続けるからこそ、青を求められるのだと少女は知りました。

青に捕われても青に染まらず、けれどどこまでも青を愛するのです。


輝く青を満たした小さなグラスは、ガラス戸棚にそっとしまわれました。

夜明けは必ず戻ってくるのだと、部屋を満たす無数の青がさざめきます。


紫に煙る東の空に、青い花がそのまなざしを向ければ、

はじらう紫を抱きしめて、やがて空は青く輝きはじめました。


森を発つ暁の瞳の中に、空色の夢がひろがっていく朝。

少女はまだ見ぬ世界に向けて、そっとその一歩を踏み出したのです。


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