痴漢はどう定義すべき
「違うよまんちゃん!あれは悪い人だよ!」
「なに?あの男の伸びた鼻の下、だらしない瞳、いやらしい手使い。これが恋人にする行為でなくてなんと言うのだ!」
「違う違う!女の人の方を見て!すごく嫌がってるでしょ!」
「む?確かに眉を潜め今にも吐きそうな顔をしているぞ?」
次第に男は調子付いてきたのか腰を電車の揺れに合わせて動かし股間を女性の太腿に押し付け始めた。
それを見て閃いたとでも言う様に万四郎はポンと手を打った。
「なるほど!あれが自然界で見られる関係の上下を明確にするマウンティングというやつだな!」
「違うよまんちゃん!あれは痴漢!痴漢だよ!」
舞ちゃんは小さめの声できつめに分からず屋の現時点では紙一重で馬鹿の万四郎に言い聞かせた。
「な……なんだと!あれが痴漢だと!公共の場で本人の了解を得ず変態的行為に及ぼうとするあの痴漢だと?大体の場合は女性が被害者、男性が加害者になるあの痴漢だと?場合によっては男性が男性から被害を受けたり女性から被害を受けたりする可能性もあるあの痴漢だと!」
万四郎は目を見開きはぁはぁと荒く息をする。
「死際の老人がもう死ぬんだからいいだろうと言って老人ホームで職員のお尻を触ることに関しては痴漢と呼ばれるのかどうか最近疑問に思っていた痴漢だと?」
「もういいから!あの人を助ける方法を考えようよ!」
万四郎の目は血走り歯軋りの音が聞こえる。
「いいか舞ちゃん!痴漢というのは被害者の心に大きな傷を残すものなのだ!だからこういう時は被害者が恥を描かない様に助けることが重要なのだ!あの男見た目は四十代から五十代、そして薬指から結婚していることがわかる!今回この様な変態的凌辱行為に及んだのは家庭内での孤立、不和が原因だと推測される。よって原因は子供が生まれたことにより奥さんに構ってもらえなくなったことだと断定する!」
「まんちゃん決めつけすぎだよ」
万四郎は手に下げていたバックの中から黄色い帽子を取り出して頭に乗せる。
「どうだ舞ちゃん!この身長なら上から見れば顔は隠れるはずだ!」
「本当だ、まんちゃん幼稚園児みたいで可愛いね」
「まあ顔が見えたら大人の色気が隠せないのでな!では行ってくる!」
万四郎は小柄な身体を使いするりするりと痴漢に気付かない愚集の間を駆け抜けていく。
そして現場付近にたどり着き、容疑者のスーツの裾を握り、少し高めの声を作って痴漢にだけ聞こえる程度の声量で話しかけた。
「おとーさん、何やってるの?」
痴漢の手がピクッと震えて止まる。
首が古びたブリキのおもちゃの様にギリギリと周り万四郎を見下ろす。
「あれ?おとーさんとちがった……ごめんなさい」
万四郎は帽子を取るとおっさんの顔を睨みつけた。そして小さな声で囁く様に言った。
「恥ずかしいことはしないほうがいいのだ。家族が泣くぞ」
男は回れ右をして愚集の中に消えて行った。
その瞬間電車が停車して扉が開く。
『◯◯大学前〜◯◯大学前〜』
「まんちゃんここだよ!」
「わかった!行くぞ舞ちゃん!」
万四郎は舞ちゃんの元まで再びするすると戻ると手を引っ張り駅のホームに消えて行った。
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