米田万四郎はかく語りき

ムッシュルムッシュル

導入

 小説とは奇異なるもので、紙の上に筆を滑らせるだけなのに情景が浮かびだす。


 紙にペンを突き立て世界を作る。その世界の中を覗きちょっと特別なやつを探し出して主人公にする。そんなことができる奴のことを小説家と言うのだろう。


 米田万四郎はこの世界を作るという点に置いて天才的であったが、主人公を探すという点に置いて凡人、いや凡人を超えて愚人くらいのレベルであった。


「米田さん!米田さん!新しい小説は書けましたか?」


「うーむ、設定だけなら思いつくのだが……主人公が見つからんのだ」


 こんな会話が敏腕編集者を自称するK西谷(おそらく偽名)と毎週繰り広げられるのだった。


 ある日米田万四郎は思い立った。


「そうだ!次は恋愛小説を描こうではないか!」


 そうと決まれば取材だ。彼は久方ぶりに大学に行ってみることにした。


 ボロボロのスウェットを脱ぎ、シャツをベランダから放り投げ、何日前から溜まっていたのかわからない浴室にダイブして三十秒数える。


 お風呂から上がると脇にかけてあるパンツを継ぎ接ぎ作ったお手製タオルで身体を拭いた。


「むっ?風呂に入ったのに体が臭いぞ?何故だ?」


 万四郎はパンツタオルを洗濯機の中に放り込むと急いで電話をかける。


『はい、此方K西谷ですが?』


「ふ、風呂に入ったのに身体が臭いのだ!どうすればいいのだ?」


 因みに誤解なきよう願いたい。万四郎さんは女性である。とても生活力のない女性である。


『なんと!なんと!米田さん!それはきっと香水をつけてないからですよ!』


「香水?」


『そうです!そうです!世の中、人と言うものは皆馬糞のような臭いがしておりましてその臭いを隠すために香水で身体を洗っているのですよ!口の中から鼻の奥まで隅々と香水を満たさねば!人間などと言う頑固汚れの塊の様なものはいい匂いにはならんのです!』


「む!そうなのか!」


 因みにこのK西谷という男、とんでもない嘘つきで、世界嘘つき選手権第三位に入ったと嘯くほどの嘘つきであった。


 万四郎は電話を切りそのままネット通販を開く。


 そして香水を100個まとめ買いした。


「む!香水が届くのは明日ではないか!仕方があるまい!今日は寝よう!」


 これはそんな小説家の話し。

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