第2話
僕がこのレストランで働こうと思ったのは先輩の存在が大きい。
半年前の高3の冬、受験も終わって一段楽したとき友人と数人でこのレストランに足を運んだ。
ただのチェーン店だし、家から近いし、美味しいし、なによりお腹いっぱいになる。来店動機はそんなもん。
友人たちは食べるものが既に決まっていて俺だけ取り残されていた。だって久しぶりに行ったらメニューがめちゃくちゃ変わってるんだもん。
ピンポーン。学校のチャイムのような呼び鈴が店内に響く。おいおい俺まだ決まってないっつーの。
「は〜い、お伺いしま〜す。」
注文を聞きに来たのは俺たちと同い年くらいの女の人だった。
慣れているような素早い手つきでメモを取る姿と抑揚のないゆったりとした声が矛盾している。
「お前なににしたんだよ。」
友人に肘で小突かれてハッと我に帰る。
ぼーっと彼女を見ていたら俺の番がきた。
なんとまだ決まっていない…
「えーっと、どーしよっかなー。
おすすめとかってありますか?」
このとき初めて彼女と目があった。
奥二重とはっきりした二重の左右非対称な目だけどとても綺麗だったのを覚えている。
「そうですね〜、わたしはオムライスが好きかな〜ってこれおすすめじゃないですね!」
柔らかそうな頬が上がり、半孤を描くように目が細くなる彼女はまるで絵に描いたような笑顔だった。
「あ、じゃあ僕もオムライスで!」
「え〜、いいの〜?」
「はい!!お願いします!」
なんだか彼女におすすめされたらオムライス以外目に入らなくて受け付けなかった。
周りが茶化すのなんて聞こえないくらい彼女との会話に夢中になっていた。
口角の左側だけを上げて悪戯っぽく笑う彼女は先程とはまた違った表情で新鮮だった。
ただの店員と客の関係なのにこんなにたくさん表情を変えてくる人が居るんだと。
もう少し見ていたかった、もっと色んな表情を見ていたかった。でもそれきり彼女を見ることはなかった。
彼女のおすすめしてくれたオムライスはとても美味しかった。ただのチェーン店なはずなのに何故だろう。魔法かよ。
また来たら会えるかな。もっと話せるかな。
覚えてもらえるかな。もっと仲良くなれるかな。
いつのまにか友人たちとの会話より彼女のことで頭はいっぱいで彼らの話など入る余地はなかった。
「タチバナ」
彼女のエプロンについている名札にカタカナで記してあった。
タチバナ、下の名前はなんて言うんだろう。
次までのお楽しみってことにしておこう。
献身的な彼女と奔放的な僕 白石梓 @q_b24mo
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