第49話 巨大魚の村

 仕事で色んな国に行ったが、そうだね……●●って国に行ったときの話だ。


 そこは年中蒸し暑くて、水辺にゃ虫がウヨウヨ飛んでる。そんで、でっかい湖がたくさんあってね。


 その湖のひとつに、これまたでっかい魚がウジャウジャ泳いでるとこがあった。日本で暮らしてりゃ、学者でもなきゃ名前も知らんようなやつだが、とにかくでかくて、長いんだ。


 もちろん淡水魚なんだが、リボンウオみたいな、深海魚を思い出させるような見た目でね。気味の悪い灰色でテラテラしてて、目がギョロッとしてる。近くの村じゃこいつを捕って、捌いて干物にして市場で売るんだ。いや、食えたもんじゃない。臭くてさ。そんでもなにせ、貧しい地域のことだから。


 この魚がまた食い意地の汚い奴で、とにかく何でも食べちまうんだ。


 干物にする際に、胃袋にものが入ってると邪魔だっていうんで、捕ったやつを逆さにして、ぶら下げておく。湖の上にそういう、専用の足場みたいな場所があってな。


 しばらくそうしておくと、ぶら下げた魚の口から、胃の中に入ってたもんが出てきて、湖にボチャボチャッと落ちるんだ。まったく、よく入ってたもんだと感心するほど出てくるよ。丸飲みにされた、一回り小さい、同じ仲間の魚が口からベロンと出てきたりな。そいつが何とも言えない、不愉快でグロテスクな光景なんだ。


 同行してたカメラマンがファインダーを覗いた途端に吐いたよ。ズームで見ちゃったんだな。


 俺も正直、足から力が抜けたよ。元々生きてる魚ってのは、どこか気味が悪いと思ってたんだが、あれからほんとに生の魚が苦手になっちゃった。もう寿司屋にゃ行けないね。水族館なんてもってのほかだ。


 晴れた日にゃ、遠くからでもわかるんだ。足場から長い布みたいなものが、何本も湖の上にベロンと垂れ下がってるのが……。


 いやもう、あんな不愉快な見世物は滅多にないね。




 その魚が捕れる湖の周りの村ってのが、不思議に美人が多かった。


 もっとも、きれいに生まれたからといって、必ず幸せになれるわけじゃない。言った通り貧しい地域だからね、娘を売るなんて普通のことなんだ。女も特におかしいと思わず売られていくのが多い。


 さて、ここからは地元の人間に聞いた話で、俺が実際体験したのとは違う……それでいいかい。いいって?


 じゃあ続きだ。それでもたまには、売られたくないってんで逃げ出すのがいる。好きな男と逃げるのもいるし、約束はできちまってるけどやっぱり売りたくないってんで、家族で逃げるとこもある。そうなると逃げた奴の村総出で山狩りをして、まぁ大抵は見つかっちまうんだそうだ。


 捕まると、例の魚を吊るす足場のところへ連れて行かれる。好いた同士で逃げ出した場合は、まず女を縄でくくっておいて、男に縄の端を持たせる。そうしておいて、女を足場から突き落とすんだ。


 下には例のでっかい魚がウヨウヨしてる。すぐ隣にぶら下がってる奴とおんなじ奴だ。落とされる前は、恐怖で真青になって口も効けなくなっちまった女でも、横にぶら下がってる魚を見た瞬間、どういう心理なのかね、急に狂ったようにギャアギャア騒ぎ始めるんだと。


 男は縄を離さないように必死で掴む。引っ張り上げようとすると殴られるから、とにかく掴んでいるより他にない。でも、いつまでもそうしていられるもんじゃない。そのうち力尽きて、女を湖に落としちまう。


 そこに腹を空かせた魚がウヨウヨ寄ってくる。人間の大人よりでかいやつが平気でいるし、連中糸ノコみたいな歯が生えてるんだ。


 どうなるかわかるだろう? いくら泳げたって、とても助かるもんじゃない……。


 女が完全に水の中へ消えると、今度は男の方を蹴り落とす。


 恋人同士じゃなく、家族で逃げたら、父親に嫁さんと娘をくくった縄を持たせて、あとは同じことになる。


 そうやって人肉を食った魚を捌いて、売っちまうっていうんだから凄い話だよな。でも俺がほんとに気が滅入っちゃったのは、そのことだけじゃなくってね。


 逃げた奴が捕まった、足場から落とすぞっていうとね、村中の人間が集まるのさ……それこそお祭り騒ぎになるんだ。


 そこいらじゃ他に娯楽がない。そう、娯楽なんだ。


 実は俺がその地域を発つ日、足場の周りに人だかりができていた。ガイドが「近くの村からも人が来る」と言っていたよ。


 それでそちらを見ないようにして、ジープで湖の横を走り抜けた。それでも大勢が騒ぐ声と、一際大きく女の叫び声が聞こえて……。


 その国を出ても、日本に帰って来てからも、しばらく魚とその声が夢に出てきたよ。もうでかい魚も、でかい湖も見たかないね。

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