人類百合化計画

阿賀沢 隼尾

人類百合化計画始動

 ついに。

 ついに完成した。

 男性を女性化させるウイルスの開発に。

 これまで大学生活、大学院生活とこの五年間をこの研究全てに費やしてきた。

 百合を愛するものとして、この研究の成果は渇望するものだろう。念願の研究だ。

 

「ついに完成したぞ。『百合ウイルス』。男性を女体化させるウイルス。それだけじゃない。精神的にも器質的にも女性化させることのできるウイルスだ。感染力も早い。これで世界中の男を女にすることが出来るぞ。ふははは」

 

 それに、女性だけで子供を産む方法。男性だけで子供を産む方法は既に開発されている。それを使えば女性だけで子孫を残すことが可能だ。


 そうだ。

 男なんてこの世にはいらない。

 それは自分も例外ではない。


 男がいるから争いが起きるのだ。

 戦争が起きるのだ。

 格差が生まれるのだ。


 全員女性になれば決してそんな世界にはならないはずだ。

 全て平等で平和な世界になるはずだ。


「さあ、それでは始めようか。『人類百合化計画』を」


 もちろん、脅迫文なんて書かない。

 パンデミックというものは相応にしてそのように起こるものだ。

 これで世界は百合に包まれる。

 

――――三日後。

 SNSを見ていると、「ちょっと。ちょっと。私、元男なんだけど、気が付いたら女の子の体になっちゃったみたい。お医者さんも『今まで見たことのない症状だ』って言うし。どうなってるの?」

 という投稿を写真付きで見つけた。


「ああ、いいですね。エッチィです」

「本当は女の子なんじゃないんですかww」

「性転換をしたんですか?」

 など返信を見てもまともに相手にしている人間は誰もいない。

 そりゃそうだ。

 町中を歩いているだけで女体化するなんて普通は考えられないのだから。

 お前らも数週間後には女体化する。

 百合になるのだ。


 服を着ているから分かり難いが、確かに胸のふくらみや腰の細さなど、女性らしいふくらみを帯びているのを写真から確認できる。

 その投稿があってから数時間後、続々と『女性化』を匂わす投稿がされている。

 現在進行形で。


「よし。この調子だ」

 自分も女性化するのは時間の問題だ。

 それは考慮済み。

 本当は、俺にとって百合は眺めているだけで尊いものだ。

 でも、この世界を平和にするために。最も尊き世界にする為にはこの道しかないのだ。


 ――――その日の夕方。

 ニュースで『女体化』の話が話題になっていた。

 そりゃそうだろう。

 その体に触れただけで女体化しれしまうのだから。

 それに、空気感染もする。


 その比はインフルエンザウイルスやコロナウイルスの非じゃない。

 その対策も分からないのだから。

 人工的に創った人工ウイルス。

 予め人人感染しかしないようにも予め調整してある。

 それに、空気中をタンポポの綿のように浮遊し、海を越え、大陸全土にウイルスが蔓延する。


 恐らく、タイムリミットは三か月後。

 その頃にはワクチンが開発されてしまうであろう。

 だがしかし、その頃には既に『百合ウイルス』は地球全土を覆い、人類は全員女体化している。

 これは最早誰にも止められないのだ。

 

 そう。

 既にこの地球は女体化した。

 夢の百合世界の幕開けなのだ。

 ようこそ新世界。

 ようこそ百合世界。


 ――――あれから数ヶ月が経った。

 人類は『百合ウイルス』の前では為す術も無かった。

 国民を隔離をするという話もあったが、そんなものを国民が許すはずもなく、女体化していった。


「意外にあっけなかったわね」

 女体化した体で呟く。

 危うく、感染経路から場所を特定されると思ったが、そうでも無かった。

 しかし、『百合ウイルス』の怖いところはここからだ。


「真理ちゃん」

「あ、優江ちゃん」

 待ち合わせをしている噴水の所で彼女の優江ちゃんが待っていた。

 水色のワンピースに身を包み、陶器のような透明の白い肌が斜陽の性で更に透明感が増している。


 一週間前から付き合い始めた恋人の優江ちゃん。

 今日も可愛い。

「行こうか」

「うん」

 

 同じ研究室にいた女の子。

 女体化をした彼氏を見て分かれた。

 そこを私が奪った。

 心も体も。

 私がいないと駄目な人間にしてあげたのだ。

「もう、本当にびっくりよね。つい数週間ほど前まで『男性』がいたのに。もう、誰一人としていない。みんな順応してる。女の子のカップルしかいないわ」

「そうね。『女体化パンデミック』が起こってから世界は大きく変わってしまったわね」

「ええ。私、男の人しか好きにならないって思ってた。でも、いつも間にか女の子のことを好きになってしまってた」

 優江ちゃんは少し寂し気な表情を浮かべる。

「私のことを好きになってしまったこと後悔してる?」

「ううん。全然してない。そんなことない」

 首を横に振る。

 その度に揺れる墨色の滑らかな髪に目を奪われてしまう。


「真理ちゃんのこと好きになって良かった。だって、今こんなに幸せなんだもの。パワハラもないし、セクハラもない。もちろん、元カレも好きだったのよ。彼、物凄く優しくって儚げで、直ぐに枯れてしまう花のように美しい人だった。あの時は私が悪かったの。こんな自分になるなんて思わなかったんだもの」

「こんなのって、女の子を好きになったこと?」

「うん。恋に男も女も違いはないんだなったって思ったわ。確かに、LGBTの人たちを差別しているつもりは無かったんだけれど、無意識のうちに拒否していたのね。私ってなんていやらしい女なんだろう」

「そんなこと、言っちゃダメ」


 俯いた彼女の顔を両手で無理矢理目を合わせ、唇を重ねる。

 強く、情熱的で恋情的な口付け。

 優江ちゃんは私の背中に両手を回して強く抱きしめてきた。

 女の子独特な柔和な手の平の感触と生暖かい体温が背中に伝わってくる。

 男の子では決して味わえない柔らかい肌の温もり。


 いつでもどこでも百合を見ることが出来る。

 それがこの社会。

 普通の人はこれは異常だというのかもしれない。

 だが、百合をこよなく愛する私に言わせてみれば、この世界は天国だ。

 少なくとも、戦争やセクハラ、パワハラ、凶悪犯罪、強姦事件は激減した。

 百合世界はこの世界に必要なものだったんだ。


 だから、私はこの世界を、百合世界を愛してる。

 やっと、愛せる世界になったんだ。

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