第17話・彼女のために出来ること
「ねえ、火車? お前さあ、ちょっとひとっ走り江戸の屋敷へ頼まれてくれない?」
僕は寮の部屋へ戻る道すがら火車へ声を掛けた。
「お前の脚ならひとっ飛びでしょ? ここから文を出すよりぜんっぜん早いもん」
「へえ……そりゃまあね。おいらが天を駆ければ米沢にだってあーっという間だもん」
そう言って火車が僕の肩から飛び降りる。すると火車は僕の目の前の宙でぴたりと止まると、前脚を僕の方へ見せた。
刹那、火車の前脚が大きく炎に包まれて燃え上がる。
この脚で火車は落雷と共に現世に現れ、燃える車輪の付いた輿を引いて空を駆け回って罪人を地獄へ運ぶ仕事をしていたんだって。
「――そいで、一体おいらに何の用なんだい?」
「ほら、猫又の呪いだよ。お市殿や鍋島の家の人達はすごく苦しんでいるんだもの、呪いを解く方法も探してあげようよ。うちの名物のみんなは人の世に長く生きているから、誰か詳しく知ってる奴もいるんじゃないかと思ってさ」
火車が前脚をこすり合わせると炎は消えた。
火車は四本の脚の先だけが身体の毛とは違う色をしているよ。仕事をしていた時にずうっと炎を纏っていたせいでそうなってしまったらしい。とにかくうんと働いていたという証拠だ。
それが辰砂という鉱物の色に似ていることから、火車は《丹色の脚》という意味で「たんそく」なんていう名前で呼ばれていたらしい。
だけど、本人はこれが嫌いだって言うから僕も父上もこの名前では呼んでいない。
そりゃあそうだよね――なにせ「たんそく」なんて、音だけ聞けば絶対違う意味に捉えてしまうもん!
「猫又に取り憑かれた人間ねえ……そういう化け物憑きってのは大体坊さまの出番と相場が決まってる。化け物を使役している人間がいるなら話も早いのになあ。そいつを殺しゃあいいんだもの」
「それって式神とか使い魔みたく、猫又を操ってる人間がいるってこと?」
「そうそう。でもさ、獣の化け物ってのは所詮獣上がりなんだよ。大層な化け物になっても、もともとの獣の特性から離れるってのは中々難しいもんなのさ。猫なんてのはもともと主人もいないし群れたりもしない。自由気ままに生きているだろ? だから、猫又になったって誰かの言うことを聞いてどうのこうのってのは……あまりないだろうねえ」
そうなのか――僕はアテが外れてがっかりしていた。
誰かが猫又を操って市や鍋島の家に災いを成しているのだとすれば、それこそ鍋島の家を恨んでいる可能性が高い龍造寺の家の仕業ということも考えられる。
「だけど、確かに地獄育ちのおいらより人間たちの傍に長くいる連中の方が何か知っているかもしれないよな」
「よし!」と火車が気合を入れると、彼の脚は今度こそ四本まとめて大きく燃え上がった。
「今、ちょうど江戸に父上や兼続が来ているでしょ。だから招集も掛け易いと思うんだ」
「そうだな。じゃあちょいと行ってくるよ。晩のご飯はちゃあんと用意しておいてくれよな」
僕にそう念を押すと、火車は燃える脚でぴょいぴょいと宙を蹴って客間の方へ駆けて行った。
きっと客間を抜けて中庭から外へ出るんだろう。数人の客間係や小坊主とすれ違っだけれど、もちろん誰も火車を振り返らなかった。
これでよし――僕はまだ十年しか生きていないから、知らないこともわからないことも多い。
化け物なんて独りでどうにか出来るわけもなく。
だけど、そういう僕だからこそ出来ることもある。
知らないことやわからないことは、知っている人間やわかる人に聞けばいいのだ!
幸いなことに、うちの家は毘沙門天を信仰する軍神を崇め奉る家柄なので、家臣だけは屈強な面々が揃っている。
わけてもこういう――人でないモノについてのことは、そういう連中に聞くとしよう。
軍神愛用の名物のかれらーー名刀の付喪神たちに。
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