第7話・千徳、呼び出しを受けるの巻

 争いというものは、おおよそ始まりやきっかけなんて皆些細なものなのだと――いつだったか、父上がそう僕に教えてくれたよ。

 人間は皆本質的に争いが好きだから、理由なんてわりとどうでもいいのだと言っていたっけ。 

 確かに僕らのいつもの喧嘩も始まりはひどくどうでもいいようなことだから、そういう父の言葉を思い出して、僕は一人で勝手に納得したりしていた。 


「お前らは毎度毎度こりもせずケンカばっかりしやがって……わかってんのか!」


 いつものようにまた朝っぱらから喧嘩していた僕ら――北の御殿・鶴寮の部屋に飛び込んで来たのは勝丸だった。

 勝丸は主務と呼ばれる僕ら生徒たちの護衛役だ。ちなみに僕がいる北の御殿、鶴の寮が勝丸の担当。

 主務は僕らのような若様達が危ない目に遭わないようにと始終見張っているらしい。

 けれど勝丸は見張りついでに僕らにしっかりお説教することも忘れない。勝丸は主務と寮監督官を兼ねているからね。

 ちなみに、寮監督というのは寮生たちを監督する、文字通りのお役目だ。

 寮生、生徒――つまりここ、江戸城西の丸で暮らす僕らのような学寮お預かりの大名家子息らがそう呼ばれていたりする。


「だいたい、てめえらの保護者どもがここへ呼ばれたのがつい二日ばかり前のことじゃねえか! よもやあの悪夢を忘れたとは言わさんぞ!!」


 いつものように勝丸のお説教が始まって、僕はため息をついた。朝餉も終えてすわこれから大好きな書画の授業だという矢先に起こる悲劇。


「いいか? お前ら三人はいずれも大した名家の息子なんだから、お前らのお父上やお母上さまのためにも、お家のご家来たちのためにも……ひいてはお前らの領国の民百姓たちのためにも、お前らの身には何かあっちゃあならねえんだよ。だのにコイツは一体どういうことだ! ええ!?」


 勝丸の目の前に鶴寮の三人、仲良く一列に並んで正座する。僕なんてつい先刻同寮に派手に顔をぶん殴られたばかりだから、水で冷した手ぬぐいで傷を冷しながらだ。

 そんな僕を指して勝丸が叫ぶ。


「やい、千徳喜平次! お前はなんでまたそんな目立つ場所をぶん殴られるんだ。ようやくこの間ぶん殴られた時の青タンが治ったのに、また顔をやられてどうすんだよおめーは!」

「なんでって……たぶん僕と総次郎とじゃ身長差があるから、それで顔ばっかり怪我しちゃうんだと思うんだよね。でも今回は全然大丈夫だよ。この間より痛くないもん」

「そういう問題じゃねえんだよ、ばかたれ。こちとら大事な若さま預かっとるんだ。今後お前さんに何かあったら、俺はあの直江山城守の面前で腹を切るくれえのことは覚悟しなきゃならねえんだぞ。もうしっかり念書まで書かされてんだ俺は!」


「ええ。そうなの!?」 


 勝丸はいつも腰に刀を下げている大男だ。若い頃は戦にも出て活躍したことがあるらしく、うんと頼りになると僕らは聞いている。だから僕らの護衛役を任されているらしい。

 ちなみに、他の御殿の主務達は徳川の家に仕える伊賀者ばかりだという話を聞いたことがある。

 身なりを見ると、勝丸はあんまり見た目にはこだわらない性格なんだろう。伸び放題の髪を適当に一つにまとめているところなんかかなりおおざっぱで適当だ。だから僕らに対する態度も大雑把で適当でぞんざいなのだと信じたい。「大事な若さま」なんじゃないのか、僕らは。


「お前らにはいずれいい藩主になってもらわんとならねえんだ。わかるな? ここはそのための場所なんだから!」

「わかってます! 大丈夫!」

 僕は手ぬぐいを水の入った桶に戻すと、高く手を上げてそう勝丸に返事をした。


 しかし残りの二人は思い切り不満げに顔を歪めただけ。


「どうでもいいけど、主務? この部屋、三人で寝起きをするには狭すぎるわ。息苦しくて時々目眩がするわよ」


 長い髪を揺らしてそう言ったのは、忠郷たださとだ。派手好きな北の御殿一のパープリン。

 忠郷は性格や頭の中身はとにかく、見た目だけはすごく美男子だと有名だよ。僕にはその良さがわからないけど、大奥で働く女たちも皆そう噂し合っているらしい。

 彼もそういう周囲の噂については知っているんだろう。部屋には立派な鏡台を持ち込んで長い髪を手入れしているし、今日着る着物一つ選ぶにもものすごく時間を掛けるのが彼の日常ルーティーンだもの。


「部屋が狭いのはお前の荷物が多いからじゃねえか、忠郷! ちったあ片付けるなり整理するなりしろ。なんだってこう散らかってんだ、うちの部屋は……信じられねえ! こっちが目眩がするぜ、まったく」

 勝丸が僕らの後ろを指して叫んだ。僕も忠郷も振り返る。


 僕らの部屋は……確かに、結構きたない。

 汚れているってわけじゃなくて、荷物が多くてごちゃごちゃしてるんだ。特に忠郷が実家から持ち込んだ着物の数が半端じゃない。

 それを忠郷は毎朝衣紋掛けの着物を眺めては袖を通して、それを脱いではまだ衣紋掛けに戻し、今度は別のそれを箪笥の中から引っ張り出して――なんてことを何十回も繰り返すもんだから、毎日彼のその日の装いが決まるまでの間に部屋がひどく散らかってしまう。


 それが今日のように喧嘩に発展することだって当然あるわけで――


「ああら、そんなこと言うなら千徳の荷物だってあんなじゃないの」

 忠郷が叫んで指したのは僕の文机だった。

 僕は毎日ちゃあんと掃除をしている。江戸屋敷で暮らしていたころだって、毎朝起きたら掃除をするってのが日課だったんだからね。今だって、毎朝起きたら部屋の外廊下を水拭きして、机の周りを整理している。


 だけど……


「ええ? だってさあ、あれは仕方ないじゃん。この部屋、本の置き場がないんだもん」

 僕は実家から持ってきた書物を石垣のように机の周りに高く積んでいるものだから、確かに傍目にはちょっとごちゃごちゃしているようにも見えるかもしれない。おまけに今日は朝方この部屋で喧嘩をしたせいでその石垣の一端が崩れているものだから余計に散らかっている。

「お前なあ……読みたい本だけ持ってこいよ。さすがに数が多すぎるぞ」

「はあい……でも、これでも数を減らしたよ。読みたくない本なんてないもん」

「そんならいっそ全部持ち帰れくそチビ」


 呆れたように僕に言ったのは、三人目の鶴寮の生徒だ。


 総次郎は僕らの寮の一番年長で、十四歳。僕より四つも歳が上だからか、彼から僕は何かとすぐ「ちび」とか「ガキ」なんて怒鳴られている。


「いいよ、もう。そんなこと言うならもう総次郎には見せてやんないからね! 授業で役に立ちそうな本があっても貸してあげないよ!」

 だけど、そんなことにビビる僕じゃあないのさ。

 これでも僕だって大名家の跡取りだし、将来は藩主にだってなろうと思っている。実家のみんなの期待を背負ってここにいるんだから、他の家の若様に臆するわけにはいかないもん。


「大体、おかしいわよ! 会津藩主であるあたしが、一体どうしてこんな奴らと一緒なの? 納得出来ないわ。そもそも、あたしは一人の寮にしてもらえるという話だったはずなのよ!」

 忠郷は勢い良く立ち上がると、僕と総次郎とを指した。

「一体いつまでこんな連中と顔つき合わせて暮らさなきゃならないわけ?」

「忠郷? もうその話は何十回、何百回したと思うけどな? 念のためもう一回だけしてやる……俺は心優しい人間だから」

 勝丸はため息を付いて腕組みをした。睨むように忠郷を見つめている。


「いいか? お前は、仙台と米沢の若さまと同じ寮だ。一人部屋にはならねえし、同じ寮の生徒ってのは同じ部屋で寝起きをするのが決まり。寮毎に生活するってのがここの規則だからな。寮の組分けが変えられることはない。なにせ将軍様が決めたことだと聞いてるぜ。お前のじいさまに文句言ってもムダだ。諦めろや」

「そうだそうだ。将軍様が決めたんだから、俺だって仕方なくここにいるんじゃねえか。でなけりゃとっとと江戸の屋敷に帰ってる」

 総次郎が持っていた扇子で仰ぎながら言った。

「俺だって上杉や蒲生の家の人間と枕ならべて一緒に寝てるなんて、未だに考えただけでゾッとするぜ。好き好んでこんなところにいるわけじゃねえんだからな!」

「ああら、あたしだってそうよ。誰が伊達や上杉みたいな田舎大名と仲良くなんて出来るもんですか。あたしはねえ、駿府のおじいさまの血を引く徳川の人間なの。家康さまの孫なのよ? 会津藩主なの!」

 忠郷は総次郎の顔を指して言った。


「……あたしは今でも蒲生のおじいさまはあんたの父親に殺されたんだって信じてるわ」


「またその話かてめえは!」

 勢い良く総次郎が立ち上がり、僕を挟んで忠郷と再び睨み合う。

 この光景、僕はほんのつい半刻程前にも見覚えがあるんだけど……。


「氏郷おじいさまは伊達政宗に毒を盛られたのよ。それで命を落とされたの。蒲生の家の者なら誰でも知っているわ。会津をおじいさまに取られた腹いせでしょ?」

 総次郎は閉じた扇子を勢いよく忠郷へ投げつけた。しかし忠郷もその程度のことで黙るようなタマじゃあない。


「おじいさまはね、会津なんてど田舎に追いやられなければ天下さえ取れていただろうっていうお人だったのよ。だから太閤殿下にも危険視されていたし、あんたの父親も会津へやって来たおじいさまに怯えてそんなことをしたんでしょ。結局天下を取ったのは徳川のおじいさまだったけれど……つまり、あたしの祖父はあんたたちの父親なんかとは格がちがうわけ。わかる?」


「言ってろ、バカ殿! うちの親父が毒を盛ったなんて……そんな出どころもわからねえデマみてえな情報を未だに信じているようじゃ、大御所さまの孫もてんで大したことねえってもんだ」


「ど田舎ど田舎って言うけどさあ……今は忠郷がそのど田舎の会津の藩主でしょ?」


 僕が忠郷を見上げると、

「おだまり、千徳!」

 ぴしゃりと一言言葉が返ってきた。


 忠郷は江戸に幕府を開いた天下人——徳川家康の孫だ。母上が家康公の娘だって僕や総次郎は聞いている。

 蒲生がもうという大名家に産まれた忠郷は僕とも二歳しか歳が違わないけど、もう会津の藩主をやっている。藩主だった父親が若くして死んでしまってその後を継いだらしい。


 蒲生家は六十万石という大藩・会津を任される太守。

 ド派手な着物をいつも自慢げにひけらかす金満ぶりが見ていてまったく羨ましい。うちは筆頭家老だって羽織の裏から布を継ぎ当てして着ているってのにさ。


「とにかく! あたしは家康おじいさまの血を引いているし、蒲生のおじいさまだってうんと優秀な方だったわ。おまけにあたしは信長様の血だって引いているんだから、あんたたちみたいなダサい田舎大名の跡取りなんかとはわけが違うのよ」


「信長って……あの、織田信長!?」


 僕も立ち上がって総次郎を見る。忠郷は得意げに

「そうよ。蒲生のおじいさまはそりゃあ出来たお人だったの。その将来を見込まれて、信長さまの娘を嫁に貰えたのよ。それがあたしの父方のおばあさま!」

 ――と、自慢したが僕らからの反応はさっぱりだった。


「あーあ……名前くらいは知ってるぜ。家臣の明智日向守に裏切られて死んだ、馬鹿なやつだ。家臣に謀反起こされまくってたんだろ?」

「僕も話には聞くけど……あの人は全然大したことはないし案外弱いって、謙信公が父上たちに言ってたらしいよ。とにかく自分より強い人にはおべっかばっかり使うから見苦しいって」

 だせえ、と呟いた総次郎に光の速さで忠郷がキレた。

「うるさいわねええ! おだまり、ばかども!」

 すると、忠郷の掌が突然飛んできて、僕は慌ててそれを避けた。おかげで総次郎にぶつかってしまったけど。

「信長さまはすごい人だったの! 最高にクールでイケてた人だったわ! 本能寺の件も他の謀反も起こした奴が悪いし、上杉との戦にしくじったのは信長さまじゃなくて柴田勝家じゃない! それをあんたごときが何を偉そうに……」

「じいさまだかばあさまだか知らねえが、自分に何も自慢するものがねえからって、身内ばっかり自慢するなんて惨めなことこの上ないな」


 総次郎の実家は伊達という名の国持ち大名だ。

 仙台を治める伊達家の領国は六十万の石高だというから、僕の実家が治める米沢の倍はある。

 まあ……うちだって昔は百二十万や百万と言われた大きな領国の主で、関東管領職を任されるような名家だったわけだけれども。


「やっかみはおよしなさいよ、総次郎。自慢するような身内がいないだけじゃないの。あんたのお父上なんて所詮大したことないものね」

 そうだろうか――僕は首を捻る。

 

 総次郎のお父上・伊達政宗殿。 

 仙台に六十万の領国を貰うくらいの人なんだから僕は充分大した人なんだろうと思う。幕府が開かれるより以前は戦で領国を拡張し、負ければお家の滅亡さえ有り得る乱世であったのだから、今現在にまで家を残しているというだけでもおよそ大したことに違いないのだ。

 少なくとも、僕やこの眼の前の二人は戦なんてものは経験したことがないのだし。

「あんたも同じよ、千徳」

「はえ? うち?」 

「そうよ。謙信なんて別に天下とったわけでもないんだから、たかだかちょっと戦が強かったくらいで偉そうにしてんのはおかしいわよ。軍神だかなんだか知らないけど」


 彼が言っているのは僕の大叔父さんのことだろう。

 僕の父方の大叔父さん――上杉謙信。


「偉そうにしてるってのはどういう意味? 謙信公は関東管領の職に就いていたんだから、本当にそれなりに偉い人だったんですけど」

「そ、そうかもしれないけど……でも偉いなんて言って、そんなのもう大昔の話じゃないの! 関東管領なんて要職は足利の時代の話じゃない」

「そりゃあそうでしょ。だって謙信公は足利の将軍さまがまだ生きていた頃の人だもん。そっちが謙信公の話をしてきたくせに大昔の話なんて言われてもなあ。忠郷って時々わけわかんないこと言うよね。もしかしてばかなの?」

 僕の言葉に総次郎も「違いねえ」と続いたもんだから、忠郷が悲鳴を上げて落ちていた総次郎の扇子を今度は僕に投げつけてきた。


「だまれだまれだまれ! やかましいんだよ、お前らは!」


 勝丸が手を叩きながら叫んだ。この調子ではきっと声は外の廊下まで響いているに違いない。鶴の寮はいつもこんな調子だから、北の御殿で一番騒々しいと有名だ。


 僕らはいつものように渋々正座に戻る。


「まったく……言った途端にすぐこれだ。いいか? 今度またケンカしてケガでもしてみろ。その時はタダじゃおかねえ」

 勝丸は拳を強く握りしめて突き上げて言った。

「……ようく覚えておけよ、このくそがきども! お前らに何かあったらなあ……俺がお・こ・ら・れ・るんだ!」

 今日一番の声を張り上げて勝丸は叫んだ。

「知らないわよ、そんなこと!」

「いいか、くそがきども! これ以上この部屋で喧嘩なんかしてみやがれ。その時は俺が喧嘩両成敗で問答無用に全員ぶんなぐるからなああ! 覚悟しておけよ!」


 僕ら三人は各々がため息を付いたと思う。

 こんなこといちいち宣言しているけれど、勝丸ってば割と平気で生徒の頭を小突いたりぶん殴ったりするということを僕らちゃあんと知っている。いちいち宣言してから殴る方が珍しい。


 その時、「失礼します」という声と共に部屋へ鈴彦が入ってきた。鈴彦は無言で持っていた文の束を勝丸に渡したよ。

「ほうら、今日もどっさり届きやがったぞ。一体誰宛かねえ……」

 忠郷が大げさに肩を落として俯く。勝丸はどっさり届けられた文の束を一通り見終えてから、

「はい! これとこれ以外は全部お前だな。しっかり読めよ!」

 と言って忠郷の目の前にそれを置いた。


「……ああ、またこんなに? もういや……」


「忠郷って文が山ほどくるねえ。すごい量」

「まあ……あれでも会津の藩主だからな。仕事の進み具合の報告とかそんなんだろ。国許の家臣たちから送られてくるんだ」

 山のような文を前に、顔を掌で覆って落胆している忠郷の姿はわりとよく見る光景だ。忠郷ってばほんと、毎日のように文が来るんだからさ。 

「お前さんにも来てるぞ」

 そう言って勝丸は総次郎にも文を手渡した。文の表紙を見た総次郎も落胆している。

「誰から誰から?」

「ご実家の父上からだとさ。それより千徳? おめえはこないだ届いた文に返事をしたのかよ?」

 僕は嫌なことを思い出して視線を泳がせた。

「あー……あれはあ~……今内容を推敲中です」

 すると忠郷と総次郎が声を上げて笑った。

「ほーんとすごいわよねえ、直江状!」

「もうそろそろ読み終えたかよ?」

 勝丸も一緒になってゲラゲラ笑うもんだから、僕も声を張り上げて

「笑い事じゃあないんだよ! 読むだけでもんのすごく大変なんだから!!」

 と説明してやった。

 僕の養育を任されている父の家臣――直江山城守はとにかく超が付く程に真面目でいちいち細かい。僕が父上の一人息子だからということもあると思うけど、とにかく心配性で学寮にも頻繁に文を寄越すんだ。もんのすごい内容の充実した、長い長ーい文を!!

 僕は自分の文机の上に積み上げられた山城守からの文の束をちらりと見てため息を付いた。僕はまだここへ来て二月だというのに、教典のように長い長い文が既に二つも届いている。ようやく返事を出した傍から2通目が来て思い切り凹んだ。

「ああ、そうだった。お前さんを呼んでこいと言われたんだ」

「へ? 呼ぶって?」

「この後面会だとよ。客間に来いとさ」

 勝丸は千徳を見つめたまま部屋の戸を指して言った。

「面会? 今日? そんなの予定にあった?」

「俺も急に決まったと聞いてる。お目付役とかいう……要するにめんどくせえ御方だな」

「お目付け役……」

「ま、お前さん達は喧嘩の常習だからな。誰に呼び出されたところで文句は言えやしねえよ。お目付け役殿に順繰りに怒られるのかもしんねえから覚悟を決めとくんだな」

 勝丸が忠郷と総次郎の顔も見つつそんなことを言うので、二人も表情を変えた。

「冗談じゃないわよ! 一体誰があたしに何をするというわけ? うちの母が知ればそんなことタダじゃ済まないわよ!?」

「知るもんか。俺だってついさっき聞いたんだっての。今日は例の行事もあって忙しいんだから手を煩わせねえでくんな」

 ――とにかく来い、と勝丸が言うので僕は彼に続いて部屋を出た。総次郎も忠郷もわけがわからないと言わんばかりの顔で自分を見送る。そんな顔をされたって自分だってお目付役なんて人のことはさっぱりわからない。

「……なるほどね。次はあたしかあんたってこと?こうして一人ずつそいつに呼び出されてお説教でもされるのかしら」

「はああ!? 俺が一体何をしたってんだ!」

「あんたはあれこれ色々してんじゃないの! 大体、前の寮監督の顔をぶん殴ったのはどこの誰だと思ってんの!?」

 二人の怒りを乗せた声は廊下にまで響いていたよ。僕は隣を歩く勝丸を見上げた。  

「ねえ、僕が客間へ呼び出される理由は一体なに? 思い当たる節がないんだけどなー……そりゃあまあ、喧嘩はしたりするけどさ」

「さあな。さっきも言ったが俺にもさっぱりわかんねえんだよ。お前さんを連れてこい、理由は言えねえとその一点張り。しかも急にだ。そういうわけだから俺も面会に付いていくぜ。俺はお前さんの護衛役なんだから怪しい人間からは守らにゃ」

 さっきは僕らを脅すようなことを言っていた勝丸だけれども、仕事に対しては真面目なのだと思う。

 僕らは連れ立って一路客間を目指し長い廊下を歩いていた。

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