撲殺し隊

 真っ暗なディスプレイに白い文字だけが浮かんでいる。まるで、舵を失って夜の海を漂う、白い舟のようだと俺は思った。


 Loading……。

 

 最初の画面で手間取ってしまった俺は、先にログインしたタクヤを追いかける形だ。

 

 作成した自キャラの職業を決めようとしたのに出来なかった。

 

 職業の一覧が表示され、百じゃ二百じゃない数の多さに圧倒されたのだが、どれもこれも選択済みのように灰色で表示されており、クリックしても何の反応もなかった。

 

 面白いのは、戦士や魔法使いだけでなく、会計士、消防隊員、プロレスラーといった、現代の職業があるところ。

 ゾンビーゾンビーは、中世ファンタジーな世界観なのに、それを丸潰しにするような職業が当たり前のように表示されていて、どんなゲームが始まるのか、まるで分からなくなってしまった。


 だが、前に進むには職業を決定する必要があるようだ。画面をスクロールさせていき、ようやく一ヶ所だけ、クリック出来そうな白い文字をみつける。


 【おまかせ】

 と書いてあった。


 くそ。

 職業選択の自由を奪われるとは。

 どこぞに訴えてやろうか。


 仕方がなく【おまかせ】をクリックすると、画面が真っ黒になり、Loading……。と表示が出た。

 今はここである。


《タクヤ。もう入ってんの?》


《もう入ってるよ~。早く~。待ってるよ~》


 中々切り替わらないディスプレイを見詰める。

 タクヤのパソコンのほうが遥かに性能がいいのだ。俺のだと、少々読み込みに時間がかかってしまう。

 パソコンって、あっという間に化石化していくよな。

 

 ようやく画面が切り替わり、ゾンビーゾンビーの世界に降り立つ。待ってましたと言わんばかりに、画面に食いつくと、まず最初に見えたのは、スリー・ディー描写の自分のキャラ、古ぼけた井戸。そしてまばらに建つ洋風の家。地面は舗装されておらず、焦げ茶色の土がむき出しで、雨の日などは、さぞ歩きにくいだろうという感じ。そんな上を、街の住人であろう人達が、ゆっくりと行っては戻り、行っては戻りしている。

 

 この人達はNPCと呼ばれる、ゲーム側が用意したキャラクターだ。

 プレイヤーが操作するキャラには、頭の上にレベルと名前が表示されているので、見分けるのは簡単である。

 ちなみに俺のキャラの名前は【素敵なコウタ】だ。

 決して、承認欲求を満たす為に、変な形容詞を付けている訳ではなくて、コウタにしようとしたら、すでに使用済みで選択不可だった。

 

 このゲーム、名前も職業も決めさせてもらえない。なんとも理不尽な世界である。


 少し離れた所で、挙動不審なキャラがいるが、それがタクヤなんだろう。頭に【タクヤ0721】と表示されている。

 彼がオナニー好きなのは知っているが、わざわざ数字で表現するか?

 四桁の数字なら、生年月日でいいだろうに。


《コウタ。まず、どうしたらいい?》


《さあ?》


《さあ? って、街の設備でも見に行く?》


《そうだな。あ、ちょっとまって》


 と言って周りを見渡してみる。

 俺達以外のプレイヤーは見当たらないようだ。

 はじめに、吸血鬼アストラが説明していた最大有効アカウントが六百六十六というのが本当なら、ゾンビーゾンビーには、六百六十六人しか接続出来ないはずだ。

 もともと数が少ない上に、ここはスタート地点の街だから、他のプレイヤーは、もっと先のMAPに進んでいるのかも知れない。


《どうかした?》


 俺のキャラが、固まって動かないので心配したのだろう、タクヤが声をかけてくる。


《いや、なんでもない。取り敢えずレベル上げしたいから、装備やアイテムをそろえようか》


 画面の上部に一万ゴールドという表示がある。これが初期に配られた、この世界の通貨なんだろう。この金で、どんな物が買えるのか見て回るつもりだ。


 適当に街を散策していると、武器屋の看板をみつける。迷わず入ると画面が切り替わり、店の中の様子のみが表示された。

 木目調の壁に数本の剣がぶら下がっており、部屋の隅には銀色の鎧が飾られている。あとは奥にカウンターがあるだけで、その向こうに、この世界の住人であるNPCが、ぶっきらぼうに突っ立っていた。

 

 ここが現実なら、この店繁盛してねえなぁ~と辛口のコメントを呟くところだが、これはゲームである。それに一人だけ客がいた。

 ゾンビーゾンビー内で、初めて遭遇する他のプレイヤーである。


 レベル35 

 救世主

 【撲殺し隊】


《ええっと。レベルが三十五の、名前が救世主か》


 タクヤに説明するように、表示されているキャラの情報を声に出して読んでみる。


《三十五って、すごく強いんじゃない?》


《そうかもな~》


《あの、撲殺し隊って、一体なに?》


《チームの名前だと思うわ。そこに所属しているんだろ》


 こういうゲームではプレイヤーが作る集団のことを、ギルドとか、クランという呼び方をする。目の前のプレイヤーは【撲殺し隊】という、少し痛い名前の集団に所属しているようだ。


 向こうも気が付いたのか、俺達の周りをウロウロし始める。レベルが高いだけあって、身に付けている装備は高級品だろう。

 救世主は全身甲冑フルプレートに身を包んだ重装備で、その上から白い外套がいとうを羽織っている。歩く度に、その裾がヒラヒラと舞った。

 始めたばかりの、みすぼらしい格好をした俺達とは大違いである。 

 しばらくすると、チャットでコンタクトをとってくる。チャットウインドウに、システム告知以外で初めて文字が流れた。


《コウタ。こんにちは、だって、どうやって返事するの?》


《エンターキー押してみ。チャット欄が開くだろうから、そこに文字を打てばいいよ》


 タクヤ0721が返事をしている。

 救世主が属する【撲殺し隊】は痛いと思ったが、こちらも充分に痛かった。変な風に思われなければいいが……。

 けれども、そんな心配はせずとも、すぐに救世主からの返事があった。タクヤと救世主の会話でチャット欄が埋め尽くされていく。


【君達は、はじめたばっかりかな?】


【そうです。さっき始めたばっかりです】


【だよね。レベルが一だもん。僕は救世主だよ。ここに来る新規のプレイヤーにアドバイスをするのが、僕の日課だよ】


【へえ~そうなんですね。何も分からないので、是非教えてください】


 タクヤの良いところは、人見知りしないところだ。

誰とでもすぐに仲良くなれる。まあ、相手がタクヤの闇の部分、変な趣味にひかなければだが……。

 その辺、俺は正反対で、もう分かってると思うが、どんな事でも疑ってかかる。そして気に入らないと駄々をこねる。いい大人になって、もっと素直に生きたいと考える時もあるが、なかなか染み付いた性格というものは変えれない。なので、同僚であるタクヤとばっかりつるんでいる。地元に友達がいないのだ。


 しかしこいつら、キーボード入力が速いな。

 すごいスピードでチャットウインドウが埋まっていく。


【ここで棍棒を買って、酒場でクエストを受ければいいよ】


 先輩風を吹かして、救世主がゲーム内情報を伝授してくる。教え魔みたいな奴は嫌いだが、救世主は全然嫌な感じがしなかった。


【棍棒ですか? わかりました。あ、でも鉄の剣とかも買えそうなんですが、棍棒でいいんですね?】


 タクヤは武器屋のアイテム欄を見ながらチャットしているんだろう。俺も見てみる事にした。

 

《ふむ。一番高いので鋼の剣が三万ゴールドか、とても買えないな。次が銀の短剣で二万ゴールド。鉄の剣が一万で、棍棒は……。って、まあまあするな。八千か。その下は、シャベル? 木の棒? これは武器なのか? あとは防具だな。》


《救世主さんが、棍棒勧めてるけど、どうする?》


 タクヤの声が聞こえてくる。

 もちろん俺達の会話は、救世主には聞こえない。


《いいんじゃないの? 撲殺し隊って、鈍器推しなんだろ? だけど、なんか表示が赤いな。タクヤも赤くなってる?》


《赤い? 棍棒が赤く表示されてるの? こっちは普通だけど?》


 なぜ赤いのかよく分からず、カーソルを棍棒の上に重ねてみる。


 【装備できません】

 というウインドウが別枠で開いた。


 まただ。

 ここに来てから、名前も職業も装備すらも決めさせてもらえない。自由ってなんて素晴らしいんだろう。

 俺は小鳥さんになりたい。

 小鳥さんになって、次の街まで飛んでいきたい。


【敵がゾンビだから、鉄の剣で斬っても死なないよ。最初は使いにくいけど、序盤を生き抜くには絶対鈍器が必要だから、まず棍棒で慣れるといいんだよ】


【なるほど、分かりました! 棍棒を買いますね。あの、友達が棍棒を装備出来ないみたいなんですが、どうしたらいいですか?】


 ありがとうタクヤ、ついでに聞いてくれて。

 次の街を目指して移動中だったけど、急いで戻るね。


【え? 装備できないの? じゃあ、シャベルも無理かもね】


 救世主の言うとおり、俺の画面ではシャベルも赤く表示されている。というか、シャベルが無理なんだったら、他に何も装備できないんじゃないの? この装備制限は、一体何が引っ掛かってんの?


【素敵なコウタさんは、取り敢えず木の棒を買って、十万ゴールドを貯めるんだよ。魔法の武器が買えるから……。それまでは、絶対一人でゾンビと戦っては駄目だよ。すぐに死亡するよ】


《コウタ、チャット見てる? 木の棒だって》


《木の棒か……。すげえ弱そうだな》


 取り敢えず、的確なアドバイスをくれた救世主に、俺もチャットでありがとうを伝える。

 救世主は気を良くしたようだ。お辞儀モーションを何度も繰り返している。


【何が装備できるとか、どこ見たらわかるの?】


 救世主にも慣れてきたので、ようやく俺もチャットに参加する。このプレイヤーがいなければ、鉄の剣を買っていたところだ。なぜか、それだけは装備できるようになっている。初期配布の一万ゴールドをつかって、ゾンビに効果がない武器を買ってしまうとこだった。物凄く罠くさい。危うく詰むところだ。


【メニュー→ステータスでキャラの詳細が見れるから、そこで確認できるよ。職業によって、装備できる武器が変わるんだよ】


【へぇ~そうなんだ】


【他のプレイヤーのステータスや職業も確認できるよ。カーソルをキャラに合わせて、右クリックしたらいいんだよ】


【なるほど。救世主さんの見てもいい?】


【どうぞどうぞ、見られても分からないから、好きにすると良いんだよ】


 この救世主の【だよ】っていう語尾が、ちょっと鼻についてきたが、せっかく親切にしてくれているんだ。ここは精一杯我慢しよう。

 

 救世主を右クリックして、ステータスを確認する。

レベルをはじめとし、腕力だったり、素早さだったりが閲覧できるが、その数値が凄いかどうかまでは分からない。

 で、肝心の職業なんだが……。

【救世主】と書いてあるな。


 うん。救世主さんの職業は救世主か。

 なんだろうな。突っ込まないといけないのかな?


《次はタクヤだ。動くなよ》


《僕も自分で見てみるよ》


 タクヤ0721を右クリックする。

 なんか知らんが、生命力が異常に高いな。

 さっき見た救世主に迫る勢いだ。

 職業を見てみると【オナニスト】と書いてあった。


《だから、ゲームではやめいと言っている!》


《あはははは。これ、面白いね。コウタも見せてよ》


 気になって俺も、自分のキャラのステータスを確認してみる。生命力も腕力も非常に低い。戦う前から負けた気がしたが、運の値だけは高かった。

 なるほどな、俺はラッキーボーイなんだな。

 よく分からんが……。

 さて、気になる職業だが……。


【課金中毒者】となっていた。


 なめてんのか。おまかせを選択したら、【課金中毒者】って……。ほっといて欲しいわ!


 ……あれ?

 なんかおかしい。

 いや、おかしいおかしい。

 めちゃくちゃおかしい。


《タクヤ。ちょっと聞くけど、職業選択ってできた?》


《出来なかったよ。おまかせを選んだ》


《タクヤ。今すぐログアウトして、警察に行こう》


《え? なんで?》


《盗聴されてるわ。俺らの部屋の中、もしかしたら、盗撮もされているかも知れん》


《盗撮? ちょっとよく分からないんだけど?》


《ハッキングかも知れない。個人情報、駄々漏れとかじゃなくて、めちゃくちゃプライベートなとこまで漏れてるわ。いいから、今すぐログアウトしろ。すぐ電話する》


《わかったよ。救世主さんに、挨拶だけしとく》


【救世主さん。色々教えてくれてありがとう。僕達用事ができたので、ログアウトしますね】


【うん。わかったよ。また会おうね。最後の忠告だけど、次の金曜日までに、必ずレベルを五まで上げとくんだよ】


《タクヤ。パソコンの電源を切れ!》


 いいようのない不安に襲われていた。

 スマホでタクヤの名前を探しながら、盗聴されているかも知れない部屋をでる。

 

 誰の仕業だろう。なんの目的で俺達を……。

 タクヤの連絡先がなかなか出てこない。

 変な汗が、身体中に滲むのを感じていた。

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