ゲームスタート
狭い階段の上にあるタクヤの部屋までパソコンを慎重に運び込み、調整やら更新やらをまとめてやって一時間。やっと作業も終わりに差し掛かってきた。
今日は汗をかいてばっかり。
そろそろ落ち着かないと、ぶっ倒れてしまうぞ。
やがて一段落すると思い出したように腹が空いてくる。そのタイミングで階下からタクヤを呼ぶ声がした。
「タクヤ~。ご飯出来たよ~」
「はーい!」
部屋を出ていったタクヤが、お盆に鳥の唐揚げと白米を載せて帰ってくる。ユラユラと湯気が立ち上っていて、見るからに揚げたてだ。これは絶対うまい。
「あ、お箸忘れた!」
「え?」
タクヤが階段を降りていく……。
おーい、頼むよタクヤ! お預けは酷いぞ! ついでにお茶もだ!
暫くして、ようやくご馳走にありつけた。
お茶碗を置くジャストなテーブルがないので、白米を左手にセットしたまま、鳥を食っては米を掻き込む。
うん。とっても幸せだ。
パソコンは問題なく動いているし、タクヤが欲しかったゾンビーゾンビーというゲームも手に入った。
ただ、何故かゲームは二本ある。
要するに俺も一緒にプレイしろということらしい。
もちろん、金は出していない。
タクヤのおごりだ。
給料日まで五千円しかないからな。
買ってしまうと、どこかへ飛んでしまう。
少なくなってきた唐揚げを箸で摘まむ。添えてあるマヨネーズを付けて、一口で頬張った。
う~ん、この唐揚げ。
腹が空いていたせいもあるが、マジで旨いな。タクヤママは、料理研究家か何かに違いない。
「ヘッドフォンに……くちゃくちゃ……。マイクがついてるやつ持ってる? あれあると、ゲームしながら会話出来るから……くちゃくちゃ……すごく便利だぞ」
「コウタ! 食べながら話すのやめて!」
「あ……。ごめん」
唐揚げを食べ終わると、タクヤがヘッドフォンの捜索を開始する。サイドデスクをごそごそしていると、黒光りする物体が出てきた。
それも二つ。
その内の一つは、フルフェイス型になっていて、眼前にスクリーンを降ろせば、リアルなVR映像が楽しめるやつに違いない。
こんな高級音響装備を、普段一体何に使用しているのか。
聞かなくてもわかる。
あれだ……。
「よしよし。あとは俺が使ってるフリーのソフトをダウンロードしといたから、ゲーム始める前に立ち上げといてね。それで会話できる」
「ゲームするの明日の昼ぐらいにしようか? さすがに今日は疲れてない?」
タクヤも、流石に今日は疲れたようだ。そりゃそうだよな。ずっと身体を張ってた訳だし。
「そうしよう。俺も何だか眠いわ。明日インストール終わったら連絡するから、待っててくれ」
昨日は、やはり疲れていたのだろう。
起きたら十一時を回っていた。
朝飯兼、昼飯を適当に済ますと、さっそくゾンビーゾンビーをインストールする。
パッケージの中にはディスク以外の付属品はなく、とっても寂しい感じだ。もうちょい飾り気があってもいい気がする。
砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲み、パソコンを見詰める。ディスクドライブが機械的な音を出しながら、頻繁に動いていた。
八十パーセント…… 八十五パーセント…… 九十五パーセント……。
インストールがもうすぐ終わる。
百パーセントの表示と共に、ゾンビーゾンビーのオープニング画面が、目の前で流れだした。
古城を背景にゾンビ達が迫ってくる映像だ。特に今のところは、なんの変哲もない普通のゲームのようである。
先ほどタクヤとは、ネット経由での会話を確認出来ているので、あとはスタートするだけだった。
《よし、スタートするぞ。そっちも頼む》
タクヤはきっと、フルフェイスを被ったまま待機していたのだろう。俺の要請に対して、すぐに《了解》と返事があった。
スタートボタンを押すと、画面いっぱいにナース服を着た女の子が現れる。タクヤが会いたいと言っていた、パッケージの裏にいた銀髪の子だ。
《おいおい! タクヤ、よかったな。もう会えたじゃないか》
《本当だ。めちゃうれしいよ》
《どうなの? ピンと来てるの?》
《大丈夫。大丈夫。ちょっと今、感動してた》
良かった。タクヤのアソコは元気に復活したようだ。だけども、この状態で始めるのは我慢してくれよ。ヘッドフォンを付けたまま、お前の喘ぎ声は聞きたくない。
【私は、吸血鬼アストラ。この世界を統べる常闇の王だ】
画面に映る銀髪の女性が語り出した。
凛とした透き通る声、声優さんは分からない。
映像はリアルなスリー・ディー描写で、とても美しい。
やはり、高スペックのパソコンを用意して正解だったのだ。タクヤが使っていた普通のノートじゃ、いきなり処理が追い付かず、固まっていたかも知れない。
【性懲りもなくログインしてくる貴様らウジ虫どもに、非常に面倒臭いが、ゲームの説明をしてやろう。ちなみに、早く終わって欲しいので、感情は一切消してお話しするが、悪く思うなよ】
《なんだかイメージと違うなぁ……》
タクヤのぼやく声が聞こえる。俺は吹き出しそうになった。
確かに、第一印象は良かった。そこは認める。
画面の中の銀髪の女性は、ポケットからメモを取り出して読み始めた。
【ゾンビーゾンビーへようこそ。この世界は現在、吸血鬼アストラによって支配されております。あなたは、この地に降り立った一人の冒険者として、吸血鬼アストラを倒すことを目指します】
急に無表情になった銀髪の女性アストラが、これまた表情同様に抑揚の無い調子でメモを読み上げる。
このアストラって娘。どっかで見た気がするんだよなぁ。
【① 吸血鬼アストラが討伐された時点でゲームクリアとなり、六百六拾六の最大有効アカウントは無効となります。再度、常闇の王が顕現するまで新規にログインすることは出来ませんのでご注意下さい】
んん……?
最大有効アカウントが六百六十六って……。
同時に六百六十六人までしかプレイ出来ないって事か? 普通MMOって何万人とかでプレイするはずなんだが……。
それに、明確にゲームクリア条件を設定しているMMOも珍しい。普通はクリア条件などなく、思う存分遊んで飽きたら終わり、そういう世界なのだ。
ゲーム自体は、プレイする人がいる限り、延々と続いていく。
【② ゾンビーゾンビー内で入手した装備やアイテムは、現実世界でも使用可能です。但し、現実世界からゾンビーゾンビー内には、アイテム等の持ち込みは一切出来ません。】
あれ? またおかしい。
現実世界ってどういう事だろう?
二つの場所を行ったり来たりしながら、プレイするのか?
【③ ゾンビーゾンビー内で死亡した場合、何度でも復活が可能です。但し、現実世界で死亡すると復活は出来ません。また、同時にゲームアカウントは強制削除されます。】
マリアさんの言葉が、急に頭の中に甦った。
――そのゲームを買っていった奴が、二度と店に来ない。
【④ 課金方法は、クレジットカード番号及び携帯番号の登録のみとなっております。コンビニ等での振り込みや、電子マネーはご利用頂けません。】
さっきから、カチカチ五月蝿いと思っていたが、タクヤがマウスをクリックしている音なのだ。
少しは落ち着けっての。
【以上で説明は終わりとなります。注意事項等、ご理解頂けた場合は、同意するを選択してください。】
ちゃっかり、課金方法の説明が入って、同意ボタンが赤く点滅する。
ん――――。
結局どういう事なんだ?
《ちょっとまってくれよ。なんか怪しいわ》
《何が怪しいの? 職業何にしようかな~》
《え? もう進んでんのか?》
馬鹿タクヤめ。
同意しちまいやがった。
《大丈夫か? パソコンとか、おかしな所はない?》
《別に普通だと思うけどなぁ。なんかあった?》
《いや、ちょっとゲームの説明が分かりにくくてな》
【私を倒そうなど百万年早いわ。死ぬほど後悔……。違うな、これじゃ生ぬるい。し、死んだら後悔させてくれるわ!】
元気になったアストラさんが、捨て台詞を吐いていらっしゃる。
死んだら後悔出来ないじゃないか。
このゲームは、洋ゲーにありがちな【凝った】ゲームなんだろう。
制作者が、自分のワガママをたっぷりと詰め込んだ作品だとしたら、全てが演出の一部分なんだと思えてくる。
それに、ただのゲームだ。
死亡がどうの言っていたが、少しビビり過ぎた。
あの爆乳マリア姉さんが、余計な事を言ったせいで、俺まで、背筋が寒い思いをしたではないか。
ポチッと俺も同意を押す。
このゲーム。
めちゃくちゃ面白いと確信した。
さて、どうやって遊ぶかな。
久々にゲーマーの血が騒ぐのを、俺は感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます