コーヒーショップの誓い




 その後、伯父が「せっかくだから、二人でお茶でもしていけ」と、お小遣いをいくらか祈莉いのりにくれた。



 なぜ、お店で偶然居合わせただけの男子クラスメイトとお茶しなくてはいけないのか。

 と、思いつつも、そのお小遣いをわざわざ拒む気にはなれなかった。グループ内での話題のためにも、人気コーヒーチェーン店の初夏の新商品は抑えておきたい。



 しかしシュゼット――というか、プリ姫の基本セット一式が入った箱はかなり大きくて、肩に掛けてもかなり重たい。

 何度か箱が入った紙袋を右肩に掛けかえ、また左肩に掛けかえてとしていると、隣を歩く白都しらと君がわざわざ目線の高さを合わせてこう言った。

後桜川ごさくらかわ、良ければ俺が運ぼうか?」

 その言葉に、祈莉はちょっとだけ迷った。クラスメイトなんだし、別に持ち逃げの心配はないのだろう。が、ここで彼を頼ることには――なんとなくプライドのようなものがちくりと刺激されてしまった。これは、これだけは自分で運ばなければならない、と。

「ううん、いい。大丈夫」

「あ。そうだよな、自分の大事なお姫様が入ってるんだもんな、やっぱ自分で運ばないとだよな!!」

「ねぇちょっと、声が大きいってば……」


 ……なんでまた、この人はプリティドール・プリンセスに対して妙に熱いんだろう。

 確かに綺麗なお人形だが、高校生のお小遣いで買うには『清水の舞台から紐無しバンジージャンプ』ではおさまらないぐらいの度胸と覚悟が必要な品物だろう。


 誕生日二回分のプレゼントの分やお年玉を全部貯金に回すだなんて、少なくとも祈莉には持てない意志の強さだ。



 コーヒーショップで、祈莉は夏の新商品だという、クリームが山のようにのって上にチョコとストロベリーのソースらしきモノがかけられたアイスコーヒーを注文。白都君は「プリ姫王国の王様であらせられる後桜川社長のポケットマネーでごちそうして貰うのは、畏れ多い……」等とごちゃごちゃ言っていたが、どうにかこうにか、最終的にはシンプルなオリジナルブレンドコーヒーを注文してくれた。




 適当に空いているテーブルを見つけ、祈莉と白都君はお互いプリ姫の入っている箱を丁寧に椅子に置いてから、その隣に腰掛ける。


 そして、彼はコーヒーを一口飲んで呼吸を落ち着けてから――


後桜川ごさくらかわ、今日から俺たちは同志だな!!」

「はい?」

「あ、でも後桜川はプリ姫王国の社長……王様の身内だから、プリ姫王国のお姫様ってことになるのか……?」

「……私がお姫様とか、止めてよ」

 聞きたくもない言葉に思わず、学校では見せていないような嫌悪と侮蔑の表情を向けてしまった。


 が、そういうことは彼はさして気にした様子もない。


「それじゃあやっぱり同志だな。俺と後桜川は、同じ日にプリティドール・プリンセスを初お迎えした同志だ」

 無駄に爽やかな笑顔でそう宣言して、祈莉に握手を求めてくる。

 その差し出された手を、なぜか反射的に握り返してしまった。


 彼は嬉しそうに白い歯を見せて笑う。

「我ら生まれた場所は違えども、同じ日同じ時に同じ場所でドールを愛でような!」

「それ、なんだか、違う気がするんだけど……」


 祈莉でも知ってる中国古典の有名台詞をもじった言葉。

 確かあれは、漫画作品なんかでは花が満開の桃園でってことになっている。が、今は桃も桜もとっくに散ってGWも過ぎている。しかも場所は、植物なんて窓から見える街路樹ぐらいしかないコーヒーショップだ。


「そもそも、あれ元ネタは三人の義兄弟でしょう?」

「じゃあ、そのうちもう一人増やせばいいさ」

 本気でどうでもいいことなのに、彼が大真面目に応えてくれるのがなんだか面白くて、祈莉は声を出して笑った。

 こんなの、学校や家ではできないような笑いかただ。


 あぁ。友達と笑うってこういうことなんだ。ちょっとだけど、そう思えるような。


「それじゃ、この誓いの杯を以て、俺らはプリ姫によって結ばれた同志ってことで。よろしくな、祈莉いのり! 俺のことも巧海たくみって名前で呼んでくれ」

「はいはい。わかったよ、巧海君」


 コーヒーショップの片隅で、それぞれアイスコーヒーのグラスとコーヒーカップを掲げてはしゃぐハイテンションな学生達を、生暖かい目で見つめる人々もいないわけではなかったが、祈莉は気にしないことにした。高校生ならこのぐらいは普通だろう。うん、普通普通。当たり前。むしろ溶け込みすぎて目立たないはず、だ。



「それでだな、さっき後桜川社長にちょっと聞いたんだけど、祈莉は、その、プリ姫のこととかは詳しくないって――」

「詳しくないもなにも……今日、ついさっき存在を知ったんだけどね」


 商品モニターの事は外部には伏せて置いた方がいいのかどうなのかと考えたが、プリ姫をお迎えした同志――友人に教えるぐらいなら構わないだろうと判断し、伯父に頼まれたのだとかいつまんで話した。


「祈莉は、子供の頃にも着せ替え人形で遊んだこと、ないのか?」

「親は買ってくれてたかもしれないけど、遊んだ記憶は……ない……と思う」

 TVのコマーシャルや子供向け雑誌の宣伝ページで、着せ替え人形のおもちゃの写真が載っていたけど、そういうのは大抵、華やかなお姫様のドレスやアイドル衣装だったから、祈莉はじっくり眺める気にもなれなかったのだ。お姫様とかアイドルは、ママ――可愛すぎるお姫様アイドル・後桜川ごさくらかわ誓子ちかこを思い出してしまうから。



「そっか、それなら」

 うんうんと白都しらと巧海たくみが頷いて、それからビシッと人差し指をまっすぐに向けて、そして宣言する。





「俺が、お前のドール世界の水先案内人になるからな! 祈莉!!」




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