「楽しそう」






 次の日曜日、祈莉いのりは早速伯父との待ち合わせのために出かけた。


 学生の身で商品モニターのアルバイトなんて大丈夫なのかと思っていたら、伯父が「親戚の仕事を手伝ってちょっとお小遣い貰うだけなんだから、平気だろう」とのこと。

 校則を調べて担任教師にも尋ねてみたが、親戚の手伝いということならわざわざ許可をとる必要はないらしい。


 父母の許可、説得などもほとんど必要なかった。母・誓子などは反対するかと思っていたが、意外とすんなりと許してくれた。

 普通にアルバイトを申し出ていたなら無理だったかも知れないが、今回は母の兄である願生からの依頼ということもある。そして、母は『願生お兄さま』に大きな信頼を置いている。


 パパはママの言うことなら大体は聞いちゃうし……。



 祈莉はお手伝いさんの運転する車から降りて、駅前の賑わいを見回す。

 ママは「必要なものだから」ということで、伯父の会社まで車で送ると言っていたが、車内で祈莉がお手伝いさんに頼んで駅前に降ろして貰った。せっかくなら街を歩くぐらいはしたいのだ。

 帰宅するときは家に連絡を入れれば迎えが来るので、遅くなっても大丈夫。


 初めての街だが、怖くはなかった。

 たとえ迷子になってもスマホで家にでも伯父にでも連絡すればいいのだし、伯父が待ち合わせ場所に指定するところがそんなに治安が悪い場所でもないだろう、という信頼もある。

 なにより――この街ですれ違う人たちは祈莉が、あの後桜川誓子の娘だと言うことを知らない。

 ただの女子高生が歩いているだけに過ぎない。

 それがなんとも気楽で、嬉しい。


 大きなショーウィンドーの前でちょっと足を止めて、自分の姿を見る。


 うん、どこからどうみても、ごくごく普通の女の子。


 長過ぎもせず短すぎもしない肩ぐらいまでの髪は、変に前髪が重いと言うこともなく、ちゃんと毛先を梳いて軽くしてある。

 服装も、ちゃんと可愛くて――でも目立たない無難な服装。スカートが極端に長いとか短いとか、フリルとレースが過剰に盛り付けられてるとか、派手なピンクだったりウサギのワッペンが付いていたりだとか、そういうこともない。どこにでもいるだろう、ごく普通の女子高生らしい服装。


 うん。ちゃんと溶け込めてるね。普通の女の子。

 ショーウィンドーの中に映る『普通の女の子』は嬉しそうに微笑み、こくんと頷いた。



 伯父が待ち合わせ場所に指定したのは店舗兼会社になっているというビル。

 駅から徒歩五分ぐらいの大きな通りにあるらしい。


 願生ねがい伯父が営んでいるのは、ホビー会社。

 人気アニメやゲーム等のフィギュアやミニチュアやらぬいぐるみを出していて、経営状況はかなり良好。


 ……というのも、ママが会社のイメージキャラクターをしてるからなんだろうけど。


 店舗の窓に貼られている『アイドル時代の自分の母親』の大きなポスターを見上げてから、祈莉は少しだけうつむいて頬を掻いた。



 足が止まってしまったが、いつまでも店の前で突っ立っていても目立つだろうと、祈莉はちょっと帰りたくなる気持ちを抑えて中に入る。


 エアコンが効いているようで、少し涼しく感じられる店内は、休日ということもあり人が結構多い。



 男の人、女の人、小学生、学生、社会人、中年ぐらいまでは予想していたのだが、いかにも公園でゲートボールしていそうなおじいさんが、飛行機プラモデルの置かれたジオラマを熱心に眺めていたのは少しだけ驚いた。

 ――ああいうおじいさんでも、プラモデルとか組み立てるのかな。


 そんなことを思いながら店内のお客たちを見ていると、なんだか。

「楽しそう」


 そんな言葉をついつぶやいてしまう。


 山のように積まれた何かの箱、ケースの中にいる可愛いキャラクターのフィギュア、塗料の瓶がたくさん並んだ棚。

 その前にいるお客たちに共通しているのは、みんな楽しそうな目だということ。



 ……なんだ。伯父さん、ちゃんとしたお仕事してるじゃない。

 親戚の集まりでは、いつもいい加減な態度でちゃらちゃらしてて、仕事も道楽商売呼ばわりされている願生ねがい伯父。


「でも、楽しそう」


 祈莉はもう一度つぶやいて、店舗スペースの奥にあるレジを目指す。

 たしか……従業員さんに名乗って、お客さん用じゃないエレベーターに乗せてもらえばいいと伯父は言っていた。お客用のエレベーターでは店舗がある三階までで止まるが、会社オフィスはその上の四階五階なのだ。


「あの、すみません。伯父である後桜川ごさくらかわ願生ねがいに呼ばれて来たのですが……」

「あぁ。例の、社長の親戚さんですね。ちょっと待っててくれる?」


 他の店員さんよりも、エプロンに付いている名前のプレートが大きめの店長さんらしき女の人に話しかけると、にっこり人当たりのいい笑顔で答えてくれる。


「このあと十四時からプリ姫のお迎え予約入ってるから、お願いできるかな」

「あぁ、了解っす。かしこまりましたー」


 仕事の話らしき短い会話を他の店員さんとして、推定・店長さんは祈莉に向き直った。

「それじゃあ、社長室にご案内いたします」

「はい。よろしくおねがいします」


 ややかしこまった雰囲気で大人の人にそう言われて、ちょっとだけ緊張しながらお辞儀をした。


「……なんていうか、さすが社長のご親戚だね」

「え」

「お辞儀がね、綺麗だった」


 さすが、育ちが良いお嬢さんだね。……ということらしい。

 ただお辞儀をしただけなのに……こういうときは、普通の女の子はどういう風にするものなんだろう。わからない。



 そんなことを考えながら、祈莉は店長さんの後にぱたぱたとついて歩いた。



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