ファイル2 さるかに合戦
『氏名、OBA。年齢、53歳。性別、女性。職業、農業』
受付兼助手の高木加奈子から受け取った相談票の一行目を見て、おれは深く考え込んだ。この一行に、重大な事柄が隠されている事もあるので気が抜けないのだ。
問題は氏名だ。相談者氏名の『OBA』が問題なんだ。日本人のイニシャルならば普通は二文字だろう。だが三文字イニシャルだから、もしかするとクリスチャンネームというんだっけ? ミドルネームが入った名前。太田バビロニア亜矢子みたいな名前かもな。
それとも普通に大場さんかもしれないぞ。あるいは、ひねってローマ字読みで『おばさん』。全くもって
いや、待て待て。これは受付兼助手の
まずいな。
『なんでもお悩み相談室』はかなり繁盛していて、相談者も多いんだよ。なんでも無料で相談できるという触れ込みだから、連日相談者で賑わっている。
まあとりあえず、相談者と話してみようか。
「ええ。すごいんです」
何も聞いてないんだけどな。ここで、迂闊に何か言うと面倒なことが起きるんだよ。だから、肯定で話を進めていくんだ。相談員としては基本中の基本の姿勢だな。
「はい」
「まったく、すごいんです」
「ええ、そうですな」
「ホント、すごいんです」
「
「すごい大きなカニが」
「大きいカニですかい?」
「ええ。すごいんです」
「
「ホント、すごいんです」
もう我慢できない。
「大きいカニというとズワイガニぐらいですかい?」
「ズワイちゃんより小さいです」
「ケガニぐらいですかい?」
「ケガニちゃんより小さいです」
「
「でも、すごいんですよ?」
「どうすごいんだい? カニの話だよな?」
「祈っているというか。激励しているというか」
「カニ
「ええ。一心不乱に。叱ってもいるようです」
「カニがおめえさんのことを叱るのかい?」
「いえ。柿の若木を叱っているのです」
新たなキャラクターが出てきたぞ。おい、待てよ。カニと柿の木だと? そうだ。十三代前の相談員の申し送り状にあったような気がする。
確か――柿の木を育てた母カニが、猿に柿の実をぶつけられて死んでしまう。子ガニが母カニの仇討ちをするために、カニ、栗、蜂、牛糞、臼の連合軍と猿の合戦になるといった結末で
「なるほど。
「ええっ!? どうすればよいのでしょう」
だが、落ち着け。カニをチャーハンにしたら、子ガニ、栗、蜂、牛糞、臼の連合軍とOBAさんとの合戦になるのかもしれないな。
ボリューミーなお腹で、難敵の臼を圧倒できそうだし、OBAさんが勝利を掴む気もするが、
「猿は近くで見かけねえかい?」
「はい。お猿さんは見かけませんよ」
あ、いけない。忘れるところだったぞ。相談票の相談内容欄に『大きなカニへの対応方法』と記述した。
待てよ。よく考えれば、子ガニが生まれなければ、仇討ちもなにもないんだよな。
「大きなカニの近くに、子ガニはいやせんかい?」
「子ガニちゃんはいませんねえ」
よし。子ガニを生む前なら問題ないだろう。
「おめえさん。大きなカニをカニチャーハンにしちまいな」
「カニちゃんが祈っていても、激励していても、カニチャーハンにしてよいのでしょうか」
「カニが祈ってても、激励してても
「ええ。やってみます」
OBAさんはほっとした表情で、相談室から出て行った。これで、きっと
おれは、相談票の対応内容欄に『大きなカニをチャーハンにすることを推奨』と記述した。
「高木さん、次の方お願い」
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