夢ドラマ

リーマン一号

ユメドラマ

人の眠りには二種類があるそうです。

浅い眠りのレム睡眠と深い眠りのノンレム睡眠。

大脳の活動と二つの睡眠には大きな関わりがあるそうですが、基本的に人はレム睡眠のうちに夢を見るそうです。

二つの睡眠の周期はおよそ90分。

とすれば、6時間も睡眠をとれば日に4回も夢を見ていることになります。


それはまるで・・・連続ドラマのようではないでしょうか・・・?



『ユメドラマ』



今はだめでも・・いつかはきっと・・・

そう思ってすでに10年が経っていた。


私は、ぼんやりと宙をさまよっていた視線をステージに戻し、今もなおスポットライトの中で一つのドラマに焦点を合わせた。


そこでは、この舞台のひいてはこの世界の主役を中心に今を時めく役者集団が額に汗をにじませながら演技をしていた。

彼らの顔には明日への希望に満ち溢れ、今を生きるのに精一杯というのがよく分かる。


以前、といっても10年も前になるが、私もかつてはあそこにいた。

物語を左右するような大きな役ではないが、それでもチョイ役として日に数度は顔を出していたと思う。


それが、高校卒業とともに週に一度、月に一度と回数を減らし、今では1年に一度舞台に上がることができれば御の字だった。


夢の世界は非常に厳しい。

役を与えられるのはその日のうちにどれだけ主役に印象づけることができたかにより、たいていは家族や友人、恋人など、近しい人間から選出され、そこから徐々に今日会った赤の他人や過去の印象深い人(初恋の相手)へと広がっていく。


だから、私が選ばれるのはずっとずっと後。

いや、10年前の高校の同級生という肩書では、もう次はないのかもしれない。


私はいつしか舞台袖で出番を待つこともやめ、観客席でぼーっとステージを眺めるだけになった。


「おい!!これ一体どういうことだ!!」


舞台から上がった一際大きな声に私はうんざりした。

このフレーズは覚えている。

何十何百と上映された、主役が初めて上司から怒鳴られるトラウマシーンだ。

この出来事がきっかけで主役は前の会社を辞めることになったが、今でもそのトラウマはちょくちょくフラッシュバックするらしい。

ことあるごとにこのドラマは上映され、今ではこのシーン一本でしか舞台に立つことがなくなった上司役の男だが、年間最多出演数の記録もあり、トラウマの大山(上司の名前)と称えられるようになった。


そう。別に舞台に立つには主役にいい印象を与えるだけが唯一の道ということもない。逆に恐怖の象徴となることで、配役を保つこともできるということだ。

まぁ、こればっかりは現実の自分に期待するしかないのだが・・・


さて、そろそろドラマも終幕らしい。


まばゆいばかりの日の光が雲の切れ目から顔を出し、現実世界で寝ている主役のほほなでると、この世界にも崩壊が訪れる。


地盤にはヒビが入り、舞台上のセットは音を立てて崩れていく。

私のいる観客席も端のほうから光に包まれ、すぐに私のすぐそばまで。


恐れることはない。今度はいつものように私たちが眠るだけ。

私の意識は少しずつ遠のき、虚空の中へと消え去っていった・・・。


・・・


・・



吉報が入った。

今宵、私がメインの舞台が放映されることになる。

嬉しくないといえばうそになるが、悲しいと言えば悲しい。

なぜならこれは最初にして最後の大舞台。

現実世界の私が死んだことで与えられた、終幕劇。

死因は心臓麻痺。

特別親しいわけでもなかったが、元クラスメイトの突然の不幸は主役の耳にも届いたらしく、通夜こそでることはなかったが、それなりに印象を与えたようで、一夜の舞台を賜ることになった。

私は厳密には彼女本人ではないし、彼女が私なわけでもないのだが、私は頭を下げねばならないだろう。死んでくれてありがとう。と、

とはいえ、これは文字通りラストチャンス。

現実世界の私は、長い人生の中で主役と交差することは一切なくなった。

だが、いい。

一度だけ。

たった一度だけチャンスがあればいい。

この10年間、考えに考え抜いた最高の劇。

それをを披露するだけで私は報われる。

私は意を決してブザーを鳴らした。

幕が上がると、そこには主役がたった一人、ぽつんと校庭のベンチに腰かけていた。

私は小道具のジュースの缶を二つ手に取り、彼の背後から声をかけた。


「はい。おまたせ」

「ああ。ありがと・・・」


主役はジュースの缶を受け取ると、後ろを振り返りすぐに顔を青くした。


「お、おまえ・・死んだはずじゃ・・・」


主役の反応に呼応するようにさっきまで昼下がりの校庭だったはずの舞台は、薄暗い夜の公園へ姿を変えた。


「なんのこと?私死んでなんかいないけど?」


主役の反応は予想していた通りだったが、三流ホラーなど今更やっても何の印象も与えられないことを私は知っている。

あっけらかんと返してやると、主役は「あれ?そうだっけ?」といつもの調子に戻り、再び舞台には光があふれた。


夢の中の人間は基本的に御しやすい。

どんなにあべこべな出来事が起こっても夢が夢であると気づくことがないように、彼らの感覚は鈍感になっている。


「そんなことより、はやくジュース飲みなよ。好きでしょ?オレンジジュース」


私が手に持ってきたのは500mlの大きなサイズの缶ジュース。

これは高校時代の主役が大好きだったものだ。


「ああ。そうだな」


プシュッっとプルタブを倒しのどを鳴らしながら一気飲みをする主役を私は作られた笑顔でイッキイッキとはやし立てる。


「ぷはぁー。やっぱうまいなぁー」


味など感じるわけもないのだが、鈍感になった味覚には甘味料が感じられるらしい。

私はほくそ笑んだ。

悪いとは思っている。

でも、どうしても私はこの舞台に立ち続ける権利が欲しいんだ。

私は舞台袖にいるスタッフに目で合図した。

すると、舞台上には小さな雨粒がしとしと流れ、空気が湿る。


「うわ!雨だ!」


鞄を小脇に抱えて、木立の下に逃げようとする主役の裾を私はそっとつまんだ。


「いいじゃん。雨くらい。シャワーみたいで気持ちいよ」

「え?ああ。まぁ確かにたまにはいいか!」


やはり夢の世界は御しやすい。

私は再び舞台袖に指示を出すと、今度は寒い冷気が舞台に届けられた。


「うわっ!さむっ!」

「そりゃそうでしょ。冬なんだし!」


実際には7月初頭だが、これも適当を言っておけば問題ない。


「そうだっけな。こんな格好じゃ、当然寒いよな」


私も主役も服は夏用の学生服で寒くないわけがない。

主役は身震いし、手をこすり合わせた。状況は整った。

後は一言。たった一言、主役から出れば私の舞台は完成する。

そう。夢の世界でどんなに面白い劇を悲しい劇を怖い劇をやろうとも絶対になしえない最高の舞台があと一言で文字通り現実のものとなる。


私ができるのはここまで。

あとは神に祈るだけだ。

役者はすべてそろった。

雨に濡れた体。

身震いを起こすほどに寒い外気。

そして、さっき飲んだオレンジジュース。


お願いだから言って!!


・・・


・・




「ああー。トイレ行きたい」


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