記憶の階段

「ちょっと来なさい」

 吉岡に抱えられて真也は立ち上がって教室を出た。

 生徒達のざわざわした声が聞こえた。

「自殺か?」「危ない奴だな」

(何で俺が自殺しないといけないんだ)

 生徒達の侮蔑の声を心で言い返しながら真也は吉岡と一緒に教室を出て、階段を下りて面談室に入った。

「どうしたんだ。今朝も自分で首を絞めて倒れるし」

「えっ? そうだったんですか」

「覚えてないのか?」

 吉岡のまるで病人を見る目に真也は不快に思った。

「すみません。何も……」

「何か悩み事があるのか?」

「いいえ」

(これじゃ俺は勝手に病人にされてしまう)

 真也は焦った。しかし何を言えばいいのかわからなかった。

(あいつは……幽霊か?)

 そう思ったのと同時に真也は吉岡に訊いた。

「あの……先生」

「ん? 何だ」

「この学校で女子が死んだとか……聞いた事ありますか?」

「おい何を言い出すんだ。お前、大丈夫か」

 ますます吉岡の真也を見る目が険しくなった。

「いえ、あの……すみません」

 真也は背中を丸くして小声で答えた。

「昔、公園で自殺した子がいたのは聞いた事はあるが……。そんな事よりお前、本当に大丈夫か? 今日は帰るか?」

 吉岡が心配な表情で訊いた。

「すみません、早退させて下さい」

 真也は小声で答えた後、しばらく吉岡と話して面談室を出た。

 午後の授業が始まり廊下に生徒達の姿はなかった。

 階段を上ろうとした時、背後から気配を感じて振り向くと廊下の突き当りで制服姿のショートカットの少女が後ろを向いて立っていた。

(さっきのあいつだ。どうしてだろう。知っている……)

 微動しない後ろ姿を見ていると少女は横を向いてゆっくり歩きだした。

「おい、待てよ!」

 真也は少女の後を追いかけた。

 少女はゆっくり歩いていたが、真也との間隔は縮まらなかった。

 学校を出て十五分程歩道を走って公園に入った。

 紅葉が僅かに残った枯れ木の合間を抜けて真也は少女の後ろ姿を追いかけた。

 茂みの奥の行き止まりに真也が着いた。誰もいなかった。

 目の前に大きな枯れ木が一本立っていた。

 ハアハア……。

 息を切らしながら真也は辺りを見回した。

「どこに行ったんだ。うっ!」

 真也はまた首を掴まれる感覚に襲われた。

「何だよ!」

 首を絞める細い制服の手が次第に現れた。体がゆっくり宙に浮き上がった。

「く、苦しい。誰か!」

 首に食い込む手を掴みながら助けを求めようとしたが、声にならなかった。

(死ぬのか、このまま死ぬのか)

 必至にもがきながら無意識に目に入る景色を見回した。

(ここ……知っている。なぜだ)

 遠のく意識の中でまるで階段を下りていくように一段ずつ記憶の底へ体が沈んでいく感覚がした。

 記憶を深く辿っていく内に子供の頃を思い出した。

(ここで遊んでいた。三人で遊んでいた。サッカーをやっていた。ボールを追いかけていたら、ここに来て……あっ!)

「あっ!」

 真也は思い出して声を上げた。

 目の前の枯れ木に首を吊った制服姿の少女がぶら下がっていた。

(三人で見ていた。俺は見ていたんだ。忘れていた……全部忘れていた)

 あの時の感覚が体に表れてきた。

(あの時、俺は……笑ったんだ。なぜだろう。笑ったんだ)

 少女の首吊り死体を見た真也はなぜか笑みを浮かべた。

 そしてその時を思い出す真也も苦しみながら微かに微笑んだ。

 首を絞める手の力が強くなった。

「う、うわああああああああ!」

 声にならないガラガラの悲鳴を上げながら真也の意識が途切れた。

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