微笑と死

久徒をん

その朝

 その朝、高木真也はいつものように校舎の前を歩いていた。

 制服を着た高校生達に埋もれて気だるく猫背気味に歩いていた真也は突然背後から聞こえた「危ない!」の声で背筋を伸ばした。

「えっ?」

 よくわからないまま見上げると屋上から金網のフェンスが落ちてきた。

 真也は頭を手で覆い走った。

 ガシャンと鈍い音と共にフェンスは真也のすぐ横に落ちた。

 辺りに悲鳴が響き緊張した空気が流れた。

「何だよ。やばかったな……」

 真也は驚きながら曲がったフェンスを見た。

 教室に入り軽く挨拶して真也は席についた。

 数人の生徒が窓からさっきの事故の様子を見ながら話をしていた。

「怖いな」「まともに当たったら死ぬだろうな」

 その声を聞いて真也は教科書を机に入れる手を止めた。

(あれに当たっていたら死んでいたのか?)

 まだ寝ぼけた頭で思うと背筋に寒気が走った。

「よお真也。大丈夫か」

 友人の前橋が話しかけてきた。

「ああ、ちょっとびびったけど」

 前橋に軽く笑顔で答えた真也は教科書を机に入れて鞄を横に置いた。

 まだホームルームが始まる前なのに担任の吉岡が入って来た。

 屋上のフェンスの修理をするので終日屋上へ出る事は禁止になった。

 そしていつもの通り授業が始まった。

 国語の担当の桐谷が出席を取ると淡々と教科書を読み始めた。

 教科書を開いていた真也に眠気が襲った。

(夕べは普通に寝たのに何でだろう。眠い……眠い……)

 最初は眠気と戦ったが、次第に意識が薄らいできた。

 緩やかに意識が落ちていく途中で頭を何かで強打された。

「痛っ!」

 真也は思わず声を上げて目覚めた。

 顔を上げると目の前に桐谷が立っていた。

「痛いじゃないだろ。まだ一時限だぞ」

 桐谷は呆れながら教科書でまた真也の頭を叩いた

「すみません」

 真也は小声で謝った。桐谷は教科書を読みながら教壇に戻っていった。

(なんか朝から最悪だな……)

 真也は憂鬱になりながら教科書を見た時、何か首に絡みつく感覚をおぼえた。

「えっ……」

 声を上げようとした時、真也の首を何かが絞めつけた。

 『何か』をほどこうと触れた時、それが手の甲だとわかった。

 柔らかく冷たい両手が真也の首を絞めているのが自覚できた。

 真也は何者かの手首を掴み、その手が天井から伸びているのを感じると何気に見上げた。

 見上げたすぐそばに顔があった。ショートカットの髪がだらんと垂れて隠れた顔がそこにあった。

「あああっ……」

 声にならない悲鳴を上げながら真也は見えない顔を見た。真也の顔にバサバサと髪の毛が落ちてきた。

 沈んでいく意識の中で枯れ木の広がる風景が見た。

(なんだ、何が起きているんだ。俺は死ぬのか……)

 脈絡のない心の言葉を呟きながら真也は意識を失った

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