いっぽでさんぽ

藤原(の)コウト

いっぽでさんぽ

【であい】


「わ、私の名前は……た、谷倉タニクラヤワラ、です……!」


かわいい声だなあ。あたしは思わず振り返って、そこでびっくりして固まった。


春。新中学生のあたしたちは始業式を終えて、新しいクラスで自己紹介をしていた。と言ってもクラスメイトのほとんどが小学校からの繰り上がりで、いまさら自己紹介することなんてなにもないんだけど。


だから春川ハルカワ佐傘サカサ、つまり元気が取り柄の13歳ことあたしは、春の陽気に当てられてうとうとしていた。みんな顔見知りなのもあるし、なにより西日がぽかぽかなのだ。眠くなっちゃったのもしょうがない。


「あの、私、昨日引っ越してきたばかりで……その、もしよければ、色々教えていただけると嬉しいです……」


銀紙ぎんがみ町は田舎なので他所から来た子は珍しく、あたし含めみんな視線に遠慮がない。クラスのみんなからじろじろ見られて、ヤワラは少し居心地が悪そうだった。


「えっと、えっと、そうだ、趣味……私の趣味は……」


ヤワラはなぜか長袖のセーラー服を着ていて、スカートもきっちり膝丈、膝から下もタイツでガード。まるで鎧でも着込んでいるような重装備だった。唯一袖から飛び出た小さな手のひらは、視線を浴びて恥ずかしそうに何度も組み直されている。その可愛らしい仕草に、うちのペリリ(ポメラニアン)を思い出す。


ちょっと不思議な服装だけど、あたしが目を覚ましたのはそのせいじゃない。早弁・つまみ食いの常習犯であるタツカすら、今は箸を止めてヤワラを見ていた。


「お、お裁縫が好きです……よろしくお願いします」


可愛い趣味を披露して、ぺこりとお辞儀で自己紹介を締めくくったヤワラの顔には。




でっっっっっっかいお面が………………………………してあった。




……うん、この子やべえ! 





Σ(゚Д゚)








【おさそい】


「ヤワラぁ! 一緒にかえろー!」


「きゃ!」


「だめだよーサカサちゃん。力強いんだからばしばし叩かないのー」


一人とぼとぼと帰るヤワラの背中を、あたしはばしんと叩く。3回見たら死にそうなほど禍々しいお面の中から、鈴のような可愛い悲鳴が聞こえてきた。


ヤワラのあまりに劇的な中学デビューに、クラスメイトはみんなヤワラと関わることを諦めてしまったらしい。担任もひきつった笑みを浮かべるだけだし、ヤワラの隣のササハラなんか原因不明の震えに保健室へと消えてったくらいだ。


そんなわけで、ヤワラは入学早々一人ぼっちだった。


「ねえねえ、趣味はお裁縫って言ってたけど、なんか作るの?」


「い、一応……」


「すごい! 今度見せてよっ!」


「そんなすごいものでも、ないですけど……」


お面のせいとは言え、一人ぼっちはかわいそうだ。それに今日は始業式とホームルームだけだったし、あたしも暇だ。だから思い切ってヤワラを誘ってみた。タツカは勝手についてきた。


「わたしも見たいなー、ヤワラちゃんの作品。今度持ってきてよー」


「は、はい……けど、あんまり期待しないでくださいね?」


「しちゃうかもー」


「するする!」


「あう……」


どっかの民族がつけてるみたいなお面を除けば、なんてことない普通の会話だ。あたしたちはこの和やかな雰囲気で、順調に仲良くなってると確信する。


……しかしこの会話はジャブだ。本命への布石でしかない。いや、もちろんヤワラの手作りぬいぐるみとか見てみたいけどね? でもやっぱお面の方が気になるじゃん?


幸い、ヤワラも戸惑ってはいるけど、概ね好意的な反応をしてくれている。これはチャンスなのでは? あたしはキラリと目を光らせ、タイミングを見計らって切り込んだ!


「ねーヤワラ、そのお面って……」


「なっ、なんのことですか! お、おおおおお面なんかしてません! わっ私は用事があるのでまた明日!」


「…………えー?」


全力で逃げられてしまった。


「あららー。サカサちゃんのお顔が怖かったのかなー」


「こ、こわくないよ!」


もしゃり。タツカはカバンからコロッケを取り出して、マイペースに頬張った。どこまでものんきなやつだ。あとカバンは食べ物入れる場所じゃない。


タツカのカバンの中はどうなってるんだろうか、とふと疑問に思う。始業式中に肉まん食べてて、ホームルーム中に焼きそば食べてて、それでまだカレーの匂いがする。注意しようとしてた先生も、カバンの底からラーメンの丼がでてきた時点で諦めてたし。


「教科書もおいしければ入れるんだけどねー」


タツカなら本気で言ってる。気がする。





ლ(´ڡ`ლ)








【じんせい】


「あっ、そうだヤワラ! 待ってよー逃げないでよー!」


「ひゃぁ!」


あたしはまだ全然進んでなかったヤワラに追いつくと、逃げられないように手を広げて正面に立ちふさがった。お面の虚ろな目があたしを見据えている。うう、夢に出てきそう。


「一緒に帰ろーよー、仲良くしたいんだよー!」


「な、仲良く……?」


できるだけお面からは目をそらしつつ、素直な気持ちを伝えてみる。ばーちゃんも「サッカーサーは素直でいいねえ」と言っていた。でもなんでばーちゃんはあたしをマッカーサーみたいに呼ぶんだろうか? GHQのファンなのかな。


「な、仲良くって、わ、私とですか……?」


「うん! 友達になろう!」


「ともだち……!」


そう言うと、ヤワラの目が輝いた気がする。お面だからわかんないけど。それでもなんだか嬉しそうな気配は伝わってきた。


「と、友達ってことは、一緒にお出かけしたり、勉強したり、恋バナしたりするんですか?」


「するする!」


「本の貸し借りとか……」


「するよー!」


「お金の貸し借りも?」


「それはあんまりしたくないかなー!」


思ったよりヤワラの反応はいい。友達という関係に飢えていたような食いつきだ。あんなお面をしてるくらいだから、なにか壮絶な過去があったのかもしれない。


「で、でも……私でいいんですか? こう見えても私、関わるとロクな事にならないと地元では有名で……」


「ど…………なんでもない、大丈夫だよ!」


どう見てもそんな感じだよ、と言いそうになったが、まさか1日目で友情を破壊するわけにもいかないので黙っておいた。


やがてヤワラはぽつりと語りだす。


「私……実は人の彼氏に手を出すのが趣味で……」


「それは本当にロクでもないね! ロクでもなさすぎてもはやナナだよ!」


びっくりしすぎてわけのわからないことを口走ってしまった。急に何のカミングアウトをしてるんだこの子は?


「ここに引っ越した理由っていうのも、実はそれ絡みなんです……私が先輩の彼氏に手を出したら取り巻きにいじめられちゃって……」


「なになになになになに!? 話についてけない、ついてけないよ!」


というかその当時のヤワラは最低でも小学生だよね!? 最近の小学生はマセてるなあ!


「ほら、私って同性に嫌われるタイプの美少女じゃないですか。それでハブられてたらいつの間にか承認欲求がねじくれちゃって……」 


「事の発端が悲しすぎる!」


「誰でも良かったんですよ……心のスキマが満たせるなら……」


ヤワラはJ-POPの歌詞みたいなことを呟くと、それきり俯いてしまった。ちなみに〝スキマ〟とカタカナで書くとそれっぽくなる。


うーん、もしかするとあたしは地雷原に片足を突っ込んでいるのでは? そんな気がしてならない。お面をしている人間にロクなのはいない、と心のメモ帳に記しておかなければ。


「実はこのお面も身バレ対策で……」


中学生が身バレとか言うな。


「Amazonで注文したら壊れ物で届いたんです……私みたいな友情ブレイカーに壊れ物で届くって、皮肉ですよね」


もはやどうツッコんでいいのかわからなかった。何この話???





((((;゚Д゚))))








【あんない】


「…………」


「…………」


あたしたちの間にしばしの静寂が訪れた。


めまいがしそうだ。カミングアウトの衝撃がまだ抜けきらない。世界って思ってたより広いんだね。この一瞬であたしはちょっぴりオトナになった気がする。


「すごいお話だねー」


あとからゆっくり追いついてきたタツカがのんきなことを言った。


「現代社会の闇を見たよー」


全面的に同意する。つつけばつつくほど粗が出てくる闇の深さだ。


「……そんなわけなので、お面についてはあまり触れないでいただけるとうれしいです……」


「うん! もう二度とお面については触れない! 変なトラブルには巻き込まれたくないからね!」


言われなくてもそうするつもりだった。お面の真相を知ると、禍々しさが5割くらい増して見える。


「あ、でも何も言ってこないのもそれはそれで寂しいというか……」


「その承認欲求が余計なトラブル招いたんじゃないかな!」


「ふええ……」


「ふええじゃない!」


「ぱふぁ……」


「寄生獣すな!」


うーん、この子ほっといたらまた同じことをやらかすような気がするなあ。承認欲求は人を狂わせるもんね。あたしの父さんは家庭や職場で承認を得られないからって、この前ついにVtuberデビューしたくらいだ。実父の萌え声ほどツラいものもないと思う。


「とりあえずー、ずっと立ち話も疲れるし、早く商店街行こー? もうコロッケのストックがなくなって、さっきから震えが止まらないんだよー」


そう提案するタツカのまぶたが痙攣している。コロッケの禁断症状だ。


「そうだね! ヤワラも商店街ははじめてだろうし、案内するよ!」


あたしも下校の時には商店街を通るのがルーチンだ。あの商店街はあたしが銀紙町で一番大好きな場所だ。さっきまでの雰囲気をリセットするという意味も込めて、ヤワラをぜひとも案内したい。


「それじゃ案内するね! こっちだよ!」


「あ」


あたしはヤワラの手を引いて、商店街の方へ向かって歩き出す。タツカは全身の震えが最高潮に達し、その振動によりスライド移動をしていた。


「ちょっ、ちょっと待ってください、あの……!」


「どしたの?」


突然歩みを止めたヤワラ。タツカが「早く行きたいんだが?」という目でヤワラの後頭部を睨みつけている。


「忘れ物かなにか? それなら急いで取ってくればまだ間に合……」


「ち、ちがうんです、その、言いにくいんですけど……」


なんだろう。おトイレかな? タツカが「知るか漏らせ」みたいな凶悪な目つきをしている。


「えっと、私の家、逆方向なんです……」


「あ゛?」


「ぴゃあ!!」


タツカの喉からおよそ女子中学生とは思えないほどドスの効いた声がした。飛んでるカラスが落ちてきたくらいなので、実際に覇気みたいなのが出てたんだと思う。タツカは食べ物のことになると時々こうなる。いつもはおとなしいんだけど、人には二面性があるってことだね。


「……聞き間違いだと思うけど……」


「ひゃいっ!」


「『行かない』って、言った?」


タツカがゆっくりヤワラに詰め寄る。見てるだけのあたしもなんだか冷や汗が止まらなくなってきた。殺気、ってこういうのを言うのかなあ。


「い、行きます……」


「…………」


とうとう折れたヤワラが絞り出すように返答すると、タツカは無言でにっこり微笑んだ。





(∩∩)








【しょうてんがい】


この商店街は町の名前を取って、「ギンガミ商店街」と呼ばれている。


ギンガミ商店街は中学校のすぐそばにあって、そのせいで始業式中にコロッケの匂いがしてちょっとつらかった。タツカがつまみ食いしてたのも無理はないかもしれない。


「ようこそギンガミ商店街へ! まずはどこに行こっか!」


あたしは手を大きく広げて、自慢の商店街をヤワラに見せつける。漂う油のいい匂いに、あたしの胸は踊るようだ!


「えっと……」


だと言うのに、ヤワラはなんだかノリが悪い。なにか言いたげにもじもじしている。タツカは残像を7つ残しつつ高速でコロッケを購入していた。


「どうしたのヤワラ? あっ、お金なら心配いらないよ! フカヤマコロッケは一個20円でお財布にも優しいんだ!」


「いえ、そうじゃなくて……」


ヤワラが心配しているのはお金ではないらしい。じゃあ帰りが遅くなることかなあ? だけど家が逆方向とは言え、聞いたところそんなに離れてないらしい。本気のタツカなら5秒で着く程度の距離だ。


「あ、もしかしてタツカみたいにハマりすぎるのを怖がってる? 大丈夫大丈夫、切れたらまた買えばいいだけだから!」


「それってなんかヤバい成分入ってませんか……? じゃなくて、えっと、この商店街ってコロッケのお店しかないんですか!?」


きょとん。はて、この子はなにを言ってるんだろうか。


「そうだけど?」


「やっぱりそうなんですか!?」


たしかにギンガミ商店街はちょっと、いや気のせいと言ってもいいくらいほんの少しだけ、寂れている。シャッターを開けているのは今ではもうフカヤマコロッケだけだし、かつて商店街を彩っていた花屋さんの花壇は枯れ果て、のぼりは倒れ、カラフルな垂れ幕は地面に落ち、日当たりも悪く路地裏みたいな薄暗さだけど……ほぼ誤差レベルの寂れ具合だから問題ないね! ねずみの量がやたら多いのもミッキーマウスと思えばファンシーファンシー!


「不景気の波ってのはこんな田舎にもやってきてね、三年前まではここも賑わってたんだけど、フカヤマさん家がコロッケ屋さんはじめたあたりから他の店が次々とシャッターを閉じはじめて…………」


「よくわかりませんけど、不景気の原因はフカヤマさんでは?」


「えー違うよー! フカヤマさんは商店街の救世主だよ! 安いコロッケを提供して、お客さんを常に満足させてるんだもん!」


「じゃ、じゃああれは……? おじさんがすごく群がってますけど……」


ヤワラがおそるおそると言った調子で、商店街の一角にたむろするおじさんたちを指差す。お酒も入ってすごく盛り上がっているみたいだから、たぶんあれだ。


「闘犬だね」


「ととと闘犬!?」


商店街名物の闘犬トーナメントだ。フカヤマさん家の土佐犬が色んな家の犬と交尾しまくったせいで、凶暴で手を付けられない子犬が急増。しかしフカヤマさんはその子犬たちをまとめ上げて、闘犬という新たな名物を作り上げたのだ! さすがだぞ! リカバリーの仕方をばっちり理解してるんだね!


「え、ええ…………? あ、じゃああれはなんですか? あそこにもおじさんたちが…………」


「闘犬だね」


「また!?」


「今は闘犬強化週間だからね」


「この町は一体なにを目指してるんですか!?」


「優勝した闘犬が次の土地神さまになれるんだよ! すごいでしょ!」


「あとから来た文化が大事な信仰を奪ってません!?」


「神様の世界も弱肉強食だからね。弱い神さまから食べられてコロッケの具になるんだよ」


「待ってくださいあのコロッケそんな血みどろな素材でできてるんですか!?」


「野性味溢れる味だよねー」


「力強い命の脈動を感じるよ!」


いつの間にかコロッケを両手に抱えて戻ってきたタツカと一緒に、フカヤマコロッケの魅力を並べてみる。ヤワラも感動してくれたようで、元々白い手のひらから血の気が引いて、さらに白くなっていた。きっとおいしそうな話を聞いて、血が胃に集まったんだね! 


「もうやだこの町怖い……」


そのヤワラの囁きは、あまりに小さかったからあたしには聞こえなかった。





(´;ω;`)








【ばいばい】


あっという間に夕焼けだった。


「楽しかったね!」


「し、死ぬかと思いました……」


「おいしかったー」


三者三様の感想を述べ、ギンガミ商店街の出口、夕焼けに燃える心臓破りの坂の頂上にあたしたちは立っていた。


三人とも無事にギンガミ商店街を脱出することができた。途中でタツカが闘犬トーナメントに乱入したり、逆にトーナメントから逃げ出した犬にヤワラが追いかけられたり、盛り上がりが最高潮に達したおじさんたちが裸踊りをはじめたり、フカヤマさんが騒音にブチ切れて商店街が血に染まったり、おっさんがコロッケになったりならなかったりと、まあ色々あった。色々あったけどみんなこうして生きてるから大丈夫!


え? 死ぬこともあるのかって? 場合によるね! 


「ヤワラは本当にコロッケ買わなくてよかったの? いくつかあげるよ?」


「いらないですやめてくださいお願いしますごめんなさいゆるしてください!!」


「そう?」


今日一日でヤワラとも仲良くなれたし、やっぱり第一印象で人を決めつけちゃいけないね! ちょっとお面が怖いからって、悪い子とは限らない!


「私も第一印象で住む町を決めちゃいけないなって思いました……平たく言うともう引っ越ししたいです……」


ヤワラがなにか言っていたが、息切れしてて聞こえなかった。商店街巡りで疲れちゃったのかな? その姿に、舌をぺろっと出して荒く息をするペリリを連想する。


あんなにちっこくてかわいいのに当代の土地神だもんなあ。自慢のペットだよ。


「楽しかったね、ヤワラ!」


「は、はい……」


ヤワラの声は体力とは別に精神も削られたようにへろへろだった。むしろ精神は回復してないとおかしくない? とあたしは不思議に思う。コロッケをぱくり。


「おおうこれこれ……キくぅ〜〜」


「……やっぱり違法薬物的ナニカなのでは……???」


「取り締まられてないから合法だよー」


「それは脱法と言うのでは……いえなんでもないですごめんなさい」


なにかむずかしい話をしているみたいだけどよくわからない! 夕焼けが水色に濁って雲が曼荼羅で世界は今日も美しく空中の二匹の猿へ運転ならではの藻屑を嗚咽、ぅうううう。あは。


「そ、それじゃあ帰ります……今日はありがとうございました……」


「ぽわぽわ〜〜」


「サカサさんが終わっちゃった……」


「ばいばーい。また明日ねー」


「あ……はい、また明日……」





 ● ● ● 





遠慮がちに私(ヤワラ)は二人に向かって手を振った。今日だけで何度も死ぬような思いをしたけど、代わりに友達ができた。死線を何度も共にした戦友とも言える。そう思えば、普通の友達よりもなんだか親密な関係な気がする。


よし、と私は心を決めた。どの道私の後ろ暗い過去は変えられない。ちょっぴり(できる限りのオブラートに包んだ表現)変な友人だけど、私の過去を知って、それでもなお受け入れてくれたんだもん。ある意味で命よりも貴重な存在だと思えば、さっきまでの命がけの脱出劇もなんてことない……。


(……わけない! やっぱり無理だよ怖いよう! なんなのこの町狂ってるよう!!)


ギンガミ商店街を抜けてなんか大団円みたいな雰囲気になっているが、帰り道が逆方向の私からするともう一度あそこを通り抜けなければならないのだ。しかも今度は一人で。


本日の私の行く末は野宿かコロッケの材料。どっちも嫌だ! すごく嫌だ!


だから勇気を振り絞って、思い切って尋ねてみた。


「あ、あの……私の帰り道こっちなんですけど……」


「大丈夫だよー、息を潜めていれば気づかれることはないからー」


「そうじゃなくて、えっと、ついてきてほしいというか……」


「ごめんねー、わたしもうすぐ夜ご飯だからー」


「あれだけ食べてまだ食べるんですか……?」


「えへへ」


「褒めてないです……じゃなくて! その、コロッケおごりますから、一緒に来てください! どうしても一人じゃ無理なんです!」


「しょうがないなあ」


タツカさんは渋々と言った様子だけど、請け負ってくれた。やっぱりあの不思議(精一杯のオブラートに包んだ表現)なコロッケには、さすがのタツカさんも弱いのだろうか?


「ありがとうございます……! じゃあさっそく」


「はいどーん」


「もが!?」


ギンガミ商店街に戻ろうとした私の口に、なにかサクサクなものがねじ込まれた。それと共に強烈な油の匂いが肺を通って全身を満たす。たぶん、例のコロッケだ。


「もがもごもごご!?」


「大丈夫だよ。ヤワラちゃんがちゃんとしてれば、すぐお家に帰れるから」


「もごごごご!?」


タツカさんがなにを言っているかわからない。だけどなんだかすごく不穏な空気を感じる。とりあえずねじ込まれたコロッケを懸命に吐き出そうとするが、ものすごい力で抑え込まれて叶わない。


次いで、とてつもない眠気が私を襲う。西日の直射日光が頭をよぎる。抗えない眠気のイメージ。瞼がひたすらに重い。


「う……」


「それじゃまたね。ばいばい」


タツカさんがのんびりとした調子で別れを告げる。ついに声を出すこともできないまま、私は意識を手放した。





( ˘ω˘)スヤァ








【じこしょうかい】


「そいじゃ次、谷倉ぁ」


「……え?」


目を覚ますと教室だった。えっと、私なにしてたんだっけ?


「いや『え?』じゃなくて、自己紹介だよ自己紹介。入学早々寝ぼけてるのか?」


先生がそう言って、教室のみんなが笑った。私はわけもわからないまま恥ずかしくなって、つい俯いてしまう。


「ほら、自己紹介」


「あっ、わ、私は谷倉柔です! よろしくお願いします!」


ぺこりと頭を下げると、ぱちぱちと拍手が聞こえた。そこで私は違和感に気づく。


お面がない。


「え、あれ?」


「どうかしたか? 谷倉」


顔バレしたくないからお面をちゃんとつけたはずだ。今朝鏡の前で何度も確認した。登校中もスマホの画面で身だしなみチェックしてたはずなのに。


(私のお面……あれ?)


私は混乱してしまう。お面がないと人前にいられない。ふわふわした感覚が足元から生じ、自分がちゃんと立ててるのかわからなくなる。


「谷倉」


先生が一歩、私の席に近づく。冷や汗が止まらない。視界がどんどん暗くなる。先生は目の前で止まった。私は顔を上げて先生を見る。


「そのお面ってのは」


ざあっ。と、背筋が凍った。こちらをまっすぐ見つめる先生の顔には、


「これのことか?」


でっっっっっっかいお面が………………………………してあった。





( ゚д゚ )








【もんだい】


気がつくと家のベッドだった。


「…………」


慎重に、ゆっくり周りを見渡して、ここが自分の部屋だということを確認する。入学祝いで買ってもらったスマホ、読書感想文で貰った賞、小学生の頃から使ってる筆箱、買ったはいいけど一度も使ってないメモ帳。うん、間違いなく私の部屋だ。


「やーちゃん、早くしないと学校遅れるわよー」


一階からお母さんの声が聞こえる。私はすでに制服に着替えていて、お面もばっちりつけていた。そうだ、今日は始業式だ。中学校生活の1日目だから、気合いを入れないと。


「あれ、始業式……? え、だって始業式は昨日……」


「なにを言ってるんだ」


私の呟きに反応するように、お父さんが目の前に現れた。部屋の扉を開ける音も聞こえなかった。気がついたらそこにいた。私をじっと眺めていた。


「今日は大事な大事な始業式だよ。お前が新しい人生を始めるために」


お父さんの顔にはお面があった。





(   )








【ごめんなさい】


気がつくと教室で、お面をつけた私はしどろもどろになりつつも自己紹介を済ませて、下校しようとしたらサカサさんに誘われた。タツカさんも一緒に3人でギンガミ商店街を散策した。


ギンガミ商店街にはシャッターを降ろしてる店もあったけど、基本的には人で賑わっていた。花屋さんの店頭にはキレイなチューリップが花壇にたくさん咲いていて、のぼりがあちこちに立っていて、カラフルな垂れ幕が商店街の天井でゆらゆら揺れてて、猫がねずみを追いかけていた。私たちは一つ80円のコロッケをそれぞれ買って食べ歩きをした。私の帰り道とは反対だったけど、楽しかったから全然問題なかった。


あっという間に夕焼けで、私たちは商店街の出口で「また明日」と別れを告げた。


帰ろうと再びギンガミ商店街に足を踏み入れると、商店街の雰囲気が一変していた。薄暗い道の中心でポメラニアンがへっへっと舌を出していた。


タツカさんはそこで私を待っていた。


「言いたいこと、わかるねー?」


私は頷く。


「じゃー、はい」


タツカさんが促す。返答は決まっている。


……あまりに緊張してて、自己紹介を聞き逃していた。何度も何度も自己紹介をループして、ようやく私は思い出したのだ。一度思い出せばあとは簡単なことだった。


「ごめんなさい」


「ゆるしてあげるー」


私はふらりとその場に倒れ――





( ´ ▽ ` )ノ








【おてつだい】


気がつくと家の扉の前だった。引っ越してきたばかりの家を夕焼けがオレンジに照らしている。さっき食べたコロッケの後味がまだ残ってる。


「……ただいまー」


私はちょっと躊躇ってから、扉を開けた。


「おかえりやーちゃん、遅かったね」


と出迎えてくれたのは、お母さんだった。お母さんは洗濯物を畳んでいて、台所からは味噌汁の匂いがした。ぴー、と、乾燥機が仕事を終えた合図を鳴らす。


「あ、取ってきてくれる?」


「はーい」


私は乾燥機から洗濯物を取り出している最中、さっきまでの〝夢〟のことを思い出していた。


私が前の学校で調子に乗っていた時、ある先輩から彼氏さんを奪ったことがある。その先輩というのが、篠原シノハラ辰奈タツナさん。


そして今日の自己紹介、右から二列目。ササハラさんの次に席を立ったあの人。





「篠原辰香タツカです。趣味はいっぱい食べること。よろしくねー」





そりゃ、怒って当然だよね。





(-_-;)








【おしまい】

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いっぽでさんぽ 藤原(の)コウト @hujiwaranokouto

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