第3話 見事
まつりごとのうち、「政」は侍や公家の役目だ。
だが「祭」、神霊への対処は神仏に仕える者の役目。
「祭」は春に収穫を願い、夏に灯籠を流し、秋に安寧を感謝するだけではない。
異業の者が現世に仇なすならば、討ち果たすが務め。
それこそが、渡り巫女のもう一つの顔。朝廷を守護する陰陽師の手が届かぬ地方にも魑魅脳梁や悪鬼の類は存在する。それと戦うのが彼女たちの務めと誇り。
曲が止まる。
主人や他の人間はそれも曲の一環と考えた。次の演題へ進むための、間にすぎぬと。
場が静謐に満ちたならばすぐに次の曲が始まると。だが長すぎる静謐は間延びした沈黙へと変わる。
琵琶法師の空気が変わったことを感じた聴衆からざわめきが漏れ始めた。
だがざわめきがどよめきへと変わる前に、咲の白魚のような指によって操られる撥が再び弦を鳴らした。
一度だけ。長く。
ざわめきが静まっていく。
だが主人だけは呻き始めた。
こめかみを押さえ、小さく喘ぐような声を漏らす。
だが曲の再開に気を取られる者たちはそれに気がつかない。気がついたとしても曲に感じいっているだけと思われたであろう。実際、護衛と思しき侍でさえ主人の元に寄ろうとはしていない。
静寂を弦の音が再び破る。今度は先ほどよりもさらに大きく、長い音。
鳴弦である。
神代より、澄んだ音は魔除けに使われる。神楽で鈴を鳴らすように場を神聖なものとし邪を祓う力がある。
本来は弓の弦を使うものだが、咲は琵琶の弦でそれを成していた。
物語りをしながら、弦をかき鳴らす。
その度に主人が呻き、頭を押さえる。
護衛が何事かと主人の肩をさすったり、脈を取るが首をかしげるばかりだった。
背後の影から伸びた手や頭がさらに動きを激しくする。
咲は撥を持つ手を引いてためを作り、これまでで一番大きくかき鳴らした。
主人の口から食物がのどに詰まったような、咳が喉から出かかったような音がする。
やがて前のめりに倒れ、元の形に戻った影とともに動かなくなった。
同時に咲の演奏も終わる。
急に倒れた主人に場の者たちは腰を浮かせるが、主人はすぐに起き上がり何事もなかったかのように手を打った。
「見事であったぞ、咲とやら」
曲が始まる前にあった目元の険は、すでになくなっていた。
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