琵琶少女の除霊術

第1話 咲

 白い装束に身を包み、琵琶を背負った少女が蝉の鳴く道を歩く。

 青々と穂を伸ばす早田と、蝉の止まる木々が点在する道はここ数日続く夕立のためか土埃が舞うこともない。

 少女は京女のようにおしろいも顔に塗らず、眉も手入れしておらず、唇に朱を差してもいない。

 だがほど良く白い健康的な肌はシミ一つなく、肩までで切りそろえられた髪は枝毛一本なく、初夏の柔らかな日差しを凪いだ海の如く反射していた。

 細い顎、彫りの深い顔立ち、長い鼻稜と光を映さない透き通り過ぎた瞳は美少女といって差し支えない。

 その目が光を映したならばどこぞのやんごとなき御方の愛妾として生きることもできたであろうが、目の見えぬ女は和歌を詠めず、和歌を詠めぬ女は貴族の側に侍ることはできない。

 盲目の琵琶法師、咲は門の前にたどりつく。

体に降り注ぐ陽の温もりが消えたことを感じた咲は、歩を止めて空を見上げた。

 目が見えずとも体の感触で自分が陰に入ったことはわかる。そして影の形や風の向き、なによりもこの日いずる国の屋敷の木の香りが、自分が人家の前に立っているのだと教えてくれる。

 盲人は目以外の感覚を使って生きている存在であった。

「何者か」

 近くで自分を誰何する声がした。地面をこする草履の音、腰の高さから聞こえた布が擦れる音からすると侍だろう。身分と名を名乗ると、すでに咲が来ることを聞いていたのか八郎兵衛と名乗った門番が木戸を開けるのに続いて咲は屋敷の中へ入る。

 屋敷に来るまでに咲はこの領地を盲いた目で見てきた。田の草取りをする農民、荷運びをする馬借など。

 あまり民は幸福ではないようだが、咲の預かり知るところではない。

 咲は諸国を練り歩く渡り巫女の一人にすぎない。渡り巫女には忍びや遊女、祓い師など様々な役目があるが咲は琵琶法師として琵琶を掻きならし諸国に物語を伝えていた。巫女なのに琵琶法師と名乗るのはその方が通りが良いからだった。

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