vsフルフュール(後)
当然ながら、この世界にも住んでいる人間がいる。
避難区域で人は少ないはずだったが、ネガ・ボアの結界にはギリギリ居住区も巻き込まれていた。戦士と住民。彼らは等しく無力を痛感し、真顔のまま空を見上げる。
自分たちは果たしてどうなってしまうのだろうか。虚にそんなことを考えていると答えが返ってきた。
黒い泥が、足元から這い出す。
♪
「GIgggggggiiiiiiiiiiii――――!!!!」
巨人が吠えた。群がる黒獣が無数の腕に引き剥がされる。だが、明らかに二回りも大きい獣が鋭い嘴で腕を毟り取る。さらに三体。巨大な獣がボアを取り囲んだ。黒い少女たちが玩具のように蹴散らされる。
「およ? ボスっぽいのが出てきた?」
「じしんさく」
大黒獣の突進をボアの拳が迎撃する。派手に飛ばされた身体が倒壊直前のビルにめりこんだ。そして倒壊。
「⋯⋯痛、てぇ」
「はり。はり。あそぼ?」
ここは世界から隔絶されたボアの異界。天候操作は意味を為さない。それでも、魔神の脅威は未だ衰えず。
「リロード!!」
自分の肉が焼かれる臭いを感じながらボアがラッシュをかける。尽く弾かれるが、さっきみたいな片手間ではなかった。勝負が成立している。
「はっはっは! かつての強敵たちよ一緒にバトろうぜ!!」
ゴミのように蹴散らされていた終わりのあやかどもがむくりと立ち上がった。モノクロに色が灯る。輪廻の皮を被さったその身は。
「あり?」
横合いからすっ飛んできた大黒獣が主人を巻き込んで転がる。愛らしくラッピングされたリボン。無数の鎖がフルフュールの四肢を封じた。心臓に突き立てられる大槍。火炎と獄炎が鎬を削った。
「いーーーすごい!」
焼き爛れた槍と腕を捨てて、終わりのあやかが下がる。邪魔な手下を蹴り飛ばして追撃する魔神。その足をシャボンと蟲が阻む。
「やっちゃえ」
大黒獣三体が動き出す。倒れた一体はその全身が捻り切られていた。まるで、空間でも捻じ曲げられたかのように。
槍と鎖の波状攻撃が魔神を縫い止める。焼き爛れたはずの両腕は青い光が治癒させていた。魔神が翼を広げた。衝撃波が陣形を崩し、次の瞬間には終わりのあやか二人が寸断されていた。
「やるぅ!」
ボアが口笛で称賛する。獣の顎に喰い砕かれた終わりのあやかが二体。石化した大黒獣が棍棒の一撃で砕ける。呼び戻した一体がまとめて切り裂く。
「どこ?」
声だけで姿が見えない。泥と腕に紛れてボアの姿が見つからない。上空に浮かぶ六つの眼球。そこから止めなく溢れる泥が気配を乱す。左右を見渡す魔神が、次の瞬間派手に吹き飛んだ。
「いたい」
ヘッドショット。魔神に一撃入れた終わりのあやかの姿が歪む。歪曲する時空。時間停止の魔法だった。
ボアとフルフュール。互いに配下は一つずつ。次いで止まる時間に、魔神は力技で動かした。魔法を破られたスナイパーが無防備になる。
「音速、弾丸」
だが――――時間は稼げた。
「マ ッ ハ キャ ノ ン ―――― ッ ッ !!!!」
魔神が両手を伸ばした。纏った魔力が拳圧に散らされる。拳が到達する前に、魔神の防御が崩される。余波で互いの配下が消しとんだ。
そして、激突。
「あぁ――――ぃぃぃいいい!!?」
翼と蛇の尾が拳に抗った。防御が崩された魔神は、代わりに攻撃を叩き込んだ。最上威力、全身全霊の一撃が交錯する。モノクロ世界そのものがヒビ割れて瓦解していく。
魔神フルフュールがついに膝を折った。だが、対面するボアはもっとひどい。肉体が崩壊し始めて、人の形すら危うい。しかし。
「リペア」
ボアには、増幅の魔法がある。
「リロードリロードリロードリペア」
肉体が再生していく。一度崩れ落ちたフルフュールが立ち上がるよりも早く。
「リロードリロードリロードリロード」
拳を握って、前に踏み出す。
「
「ふぃぃいい!!!!」
両腕を前に。魔神の防御と異形の攻撃が拮抗した。未だ拳の間合い。それは魔の神格の影響を強く受けるということ。つまり。
「リロード、インパクト!!」
攻撃に精彩が欠いていく。心が曇り、力が抜けていく。直情が鈍重に。フルフュールの表情に笑みを浮かんだ。
「GiiiiiiGGGGGGGGG」
泥から、漆黒の腕が咲いた。異形のボアの攻撃が泥沼に魔神を絡めとる。重苦しく、呪い深く。却炎が呪詛を焼く。魔の神格が鈍重を貶める。
ひっくり返った。
「
却炎が爆ぜた。その拳がようやく魔神に届く。
(こいつ、とまらない。こんな、こんなのが、いたの)
「リロード!」
拳が翼をへし折った。
「リロード!」
蛇の尾を粉砕する。
「リロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロードリロード――――――ッッ!!!!」
拳の連打。天候操作も魔の神格も、その全てを塗り潰す暴力の嵐。異形のボアは霧散した。とっくに避難したαはモニターを向けた。自らの両目で、ボアは好敵手のトドメを注視する。
「――――魔壊」
打ち止めの拳が魔神の顔面を撃ち抜いた。ついにフルフュールが倒れる。勝った。その充実感がボアの胸中に満ちていた。
「はは、あはは――」
笑う。心底愉快そうに笑い出す。
哄笑にも、嘲笑にも、狂笑にも。ロクでもない捉えられ方をしそうな大爆笑は、魔神を討ち倒した勝利のファンファーレだった。これでこの世界も救われただろう。晴々した表情でボアは跳ねた。その姿がこの世界から消える。
残されたのは。
暴虐に破壊し尽くされた街並みと、数え切れない負傷者たちだけだ。
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