vsロウエース

(なぁ――にが起きたッ!?)


 全面スモークの見るからにヤバい車に無理やり押し込められる。だが、車の中は死体まみれで乗車率10000000000000%超(ボア感覚)である。

 要するに、超大変なことになっていた。


「ぎにゃああああ痛い痛い痛い痛い無理無理折れる折れる折れてる裂けるぅぅぅうう!!!!」


 全身の筋力を総動員させ、辛うじて生存が確保出来るスペースをこじ開ける。骨と肉が軋んで弾ける音を聞きながら、涙目のボアは周囲を見渡す。否、首が動かせなかった。


「え、なに、俺様どうなったの!?」


 死体ぎっちりで薄暗い。外から僅かに差している緑色の光で、すし詰め死体が不気味に輝く。潰されないように、全身に気を張った。肉体の硬度が増していく。

 ピンチだ。ボアの本能が警鐘を鳴らしている。100億年ぶりの身の危険に肉体がようやく反応する。


(ぶち破って! 脱出!)


 拳を固く握り、力を込め、強烈なGにぐらりと揺らぐ。最高速でカーブに突っ込んだ遠心力が、少女の肉体を圧し潰す。甲高い悲鳴が、凄惨な事故現場を予感させた。


(べ、別世界やべえ⋯⋯! なんとかしねえと本当に死んじまうぜッ!?)


 口から噴き出す鮮血をぺろりと舐めて、気功で固めた肉体をもぞもぞ動かす。狭い鉄箱の反対側で、なにかが潰れた音がした。死体が潰れた分だけ、ボアの活動範囲が広がっていく。


『あやか』


 と、車内に響く電子音。ボアは無理矢理視界を上げた。


『電子戦は僕が制した。その車両の制御権も直に掌握される』

「車両⋯⋯車!? なんだ、俺様ハァイエースされたのか!?」

『100億年前に流行った組織犯罪か、懐かしいね。君がまだ活動していた時期か』

「むしろ俺様が潰した! なに、これ、報復のつもりか!?」

『世界も時代も違うし、ただの偶然じゃないかな』


 そんな偶然あってたまるか。

 そんな文句を絞り出そうとするが、無機質な電子音が先を制する。


『車両は静止させた。自力で脱出出来そうかい?』


 耳を疑う。細かな振動がボアを揺らし、再び遠心力が肉を揺らしている。


『君の位置情報がすごい勢いで移動しているよ。僕との合流経路をナビゲートするから、ここか「止まってない! 止まってない! まだ止まってないって!!」――え?』


 屍肉と生肉がシェイクされる。じんわりと痛覚が麻痺していく。


『エンジンは停止させた。プログラムも空転させている。その機械が動ける道理は無いはずだよ』

「動いてる!」

『じゃあ、呪いか魔法の類だろうね』

「ごぶぁ!!」


 投げやりなαの音声。ボアは再び潰され、黒ずんだ血を吐く。肉体を強がらせるにも限度があった。


『なにをしているんだい? 君も魔法を使えばいいじゃないか』

(魔法――――そうか!)


 そうだ。何故、忘れていたのだろうか。かつて、魔法少女として正義を奮っていたあの時代。少女を特別にしていたあの魔法の力を。


『君のことだ。封印されている間も、魔法の鍛錬を怠らなかったに違いない。ただでさえ封印空間は何も無いからね。時間だけは無尽蔵だっただろう』


 電子音に、少女からの返事は無い。全身から血と汗がダラダラ垂らす少女は、吐血する口を真一文字に引き締めた。


(やべえ⋯⋯最後の30億年くらい『右手左手大戦争』で遊んでただけから、魔法の使い方なんて忘れちまった⋯⋯⋯⋯どうすっかなあー)


 αは、少女の身を少しも案じていなかった。それどころか、お預けをくらった飼い犬のように、ド派手なヒーローショーを心待ちにしている有様だった。電波の周波数がそんな感じだ。


「いくぜ――――俺様拳ッ!!」


 思いっ切り力んでみる。ブフゥ、と放屁の音が響いた。両耳から鮮血が噴き出す。鼻血がたらり。


『⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ひょっとして、魔法使えない?』

「はい死んだー! 俺様死んだー! ガメオベラー!」


 醜態に羞恥を彩り、投げやりにボアは拳を振るった。死体がひとまとめに潰れてコンパクトになる。


『ほら、あやか! 諦めちゃダメだ! ほら、あの言葉を、魔法のトリガーを言うんだ!』

「リコール!」

『辞めないよ! 惜しいけど違う!』

「リキュール!」

『飲んでる場合か! ちょっと遠のいたよ!』

「リロアンドス『それ以上はいけない。というか、80億年前に流行ったアニメ映画を、君はどうして知っているんだい?』

「リロード!」

『再装填なんて――あ、いや、それだよ! 合ってるよ!』


 無限に増幅する物理エネルギーが、暴走車両の横っ腹をぶち抜いた。







「リロード、リペア」


 魔法の力で肉体を再生させ、全身をバキバキ鳴らす。そんな怪物少女は、6つのモニターと合流を果たしていた。


「死ぬかと思った⋯⋯」

『ひどい状況だね』


 自分の能力を忘れて死にかける。なかなかレアな状況だった。そして、辺り一面にぶち撒けられた死体のパーツが、凄惨な事情を物語っている。


『目的も無く、人を攫うだけの機械の亡霊⋯⋯こんな風にはなりたくないや』


 バラバラに散らばった死体は、小柄なものが多かった。散った骨盤の形状から、若い女のものが多いようだ。ボアの両目の、六芒星の光が瞬いた。


「そうだな。終わらせる」


 視線を移した先。

 運転席以外をぶち抜かれ、風通しが良過ぎるロウエースが土煙を上げる。旋回し、こちらに向かってくる。ボアは腰を落とし、拳を構えた。


「リロード」


 そして、衝突。


「インパクトショット――――ッ!!」


 車体が、ぶち撒けられた死体以上に凄惨に飛び散った。拳を振り抜いたボアが、短く呼気を吐き出した。全力で突っ込んできたワンボックスカーを問答無用に沈めた拳を、軽く振る。


『お見事』

「⋯⋯なまってんなあ」


 呟く言葉。100億年のブランクは大きい。


「よし。取り敢えず、この世界の悪を皆殺して主人公に返り咲くか!」


 軽く言ってのけるボアが、緑色に照り返す太陽を指差した。


「さあ! あの朝陽に向かって一直線だ!」

『今は夕方だよ』

「さあ! あの夕陽に向かって一直線だ!」


 勢いを重視する少女が、悪を滅せんと走り出す。

 そして、大きく跳ねた矢先――――少女とその従者の姿は、この次元から掻き消された。

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