暁月

 月を、そっとでるようだった。

 夜空に手を広げた枝葉が風に吹かれ、その向こうに蒼白あおじろい月が見え隠れしているのである。大樹のゆったりと揺れ動くさまは、どことなく優雅でもあった。

 アダム・シデンスは、小さな集落の西で野営をしていた。

 北西へと向けた旅の途次である。宿を求めることもあるが、野営が好きだった。雨露をしのぐ寝床と、食うものさえあればいい。

 村で手に入れた川魚を短剣で切り開き、腹を除いて焚火たきびで焼いた。身はすでに食ってしまったが、まだ香ばしいにおいが漂っている。火のそばに置いた平らな石の上で、残った骨を焼いているのだ。かりかりに焼けばちょっとした酒肴しゅこうになる。酒の用意がないのが、わずかばかり悔やまれた。

 空腹が満たされると、ほどなくまぶたが重くなってきた。秋らしい涼風で、過ごしやすい夜だ。雨も降りそうにない。

「静かだな」

 ぽつりと呟いたアダムの声は、森に吸いこまれるように消えた。

 周囲は広葉樹を中心とした森林になっている。

 静けさを際立たせるように、蟋蟀こおろぎが二、三匹、りんりんと澄んだを響かせていた。不思議なもので、夏の終わりをしらせ、冬を連れてくるとそれで役目を終えた、とでもいうように姿を消す。あれほどやかましく鳴いていたせみの声も、すでに遠い。

 火床を棒で突いて掻くと、黒く焼けた薪が崩れ、ぱっと赤色が明るくなった。そこに集めておいたかしなどの枯木をいくつか足し、あとは放っておく。それほど大きくない焚火だが、硬木かたぎは火保ちがいい。このままの調子で薪が燃え尽きても、おきさえ残れば夜更けに凍えることもないだろう。火の調節に必要な薪の選び方、べる頃合いなどは、長い旅のさなかに自然と身についていた。

 あとは寝るだけだった。深樹しんじゅの森は月光に蒼く照らされ、ゆらゆらと動き続けている。

 アダムは套衣とういからだに巻きつけ、大樹の根もとに寄せ置いた荷袋に背を預けて横になった。躰を伸ばし、月に眼をやる。こうしていると、水底に横たわって光の射しこむ水面みなもを仰ぎ見ているような気分になってくる。

 どこまで歩くのか。答えのない問いを、虚空に投げてみる。仰ぐ水面に波紋が広がるはずもなかった。アダムはふっと息を吐き、眼を閉じた。

 貝殻を耳にあてるような気持ちで、木々のそよぎに海鳴りを聴く。耳を澄ませていると、さらさらと響く波音がやけに胸にみた。内陸の山間やまあいで、本当の潮騒が遠いせいだろう、とアダムは思った。

 そのまま月の海に抱かれていると、いくらも経たないうちにうとうととしはじめた。

 揺籠ゆりかごささやくかのような歌声が聞こえる。

 まぶしい、陽に透けた黄緑の若葉。あたりは穏やかな風に揺れる木漏れ日に包まれている。

 柔らかな土。赤や黄、紫の色鮮やかな花々。懐かしい景色に、小鳥のさえずりと、澄んだ歌声が心地いい。歌に導かれて歩く。ぼんやりと見えた白い背に向けて名を呼ぶが、声にならない。それならばと近づいて肩に手を置こうとしたが、そうする前に歌は途絶えた。伸ばしかけた手を引く。

 うつむく女の、どこかあやうさを漂わせる白い背。肩から胸のほうへ流れ落ちたつややかな髪が、女の顔を覆うように隠し、細い肩は小さく震えている。泣かないでくれ。声を、歌の続きを聴かせてくれ。懸命に呼びかけるが、応えはない。押し殺した嗚咽おえつ陽溜ひだまりのなかに、女の頬が輝いて見えた気がした。涙。触れれば壊れてしまいそうだ。そう感じながらも、思わず手を伸ばそうとする。しかしそれも触れることは叶わなかった。

 故郷の空が見える。これは夢だ。アダムにはそれがはっきりとわかった。行き着く先も、わかっている。それでも、いますぐこの夢から覚めたい、とは思わなかった。

 鐘が、遠くで打ち鳴らされている。ただごとではない。記憶の情景が、夜にまれるように塗りつぶされていく。

 はっと眼を開いた。

 鐘の音は、夢から目覚めても鳴り続けていた。焚火はまだ火を残している。それほど長くは眠っていないということだ。にもかかわらず、闇は浅い。黎明れいめいを待たずに、東の空が赤く燃えているのだ。東。村の方角だ。

 アダムは跳ね起き、焚火に水をかけるとすぐに駆けだした。鳴り響く鐘の音が、次第に近づいてくる。

 村はずれのやぐらの上で、鐘が打たれている。村の空が明るい。乾いた木の焼けるにおいが漂い、煙の流れる夜闇は血がにじむように赤黒く、不気味に照らしだされていた。

 駆け寄る。人垣の向こうに、村のおさの屋敷から出ている火の手が見えた。

 横に三軒連ねたような屋敷で、左側の蔵から真中の建物の屋根に燃え移っているようだ。蔵のほうは、すでにほとんどが炎に包まれており、少々の水で消し止められる状態ではなかった。

 村は騒然としていた。方々で声が飛び交い、駆けまわる火消し衆と一緒になって、若い男たちがおけで次々に水をかけている。しかし、遠巻きに様子を見守る老人や女子供の背には、すでに諦めの色が滲んでいるようにも見えた。

 アダムは周囲に眼をやった。村長の姿は見あたらない。処理に追われ、駆けまわっているのだろうか。

 大きな音。地響きが足に伝わってくる。屋根の一部が崩れ落ちたのだ。火の粉が勢いよく舞いあがり、屋敷がめきめきと不快な音をたてて炎を吐く。

 人の輪からはずれた場所で膝を折り、呆然ぼうぜんと事態を眺める女がアダムの眼に入った。寄り添うような恰好かっこう幼子おさなごがそばに立っている。すぐに村長の娘と、その娘の息子だということがわかった。アダムは昼間、村のそばで野営することについて一応の断りを入れようと長を訪ね、屋敷のなかでひと言ふた言、言葉をかわしていたのだ。

「無事ですか。村長はどこに?」

 アダムが近づいて声をかけると、村長の娘は屋敷を見つめたまま、かすかに首を振った。いや、躰がふるえているだけなのか。炎を受けた赤い顔は揺れ動いて見えたが、表情は凍りついている。

 村長の娘といっても、長との血縁はないようだった。

 先代の村長は妻帯した翌年に夫人と娘を残して死んでおり、いまの長は、先代村長の夫人を助けるかたちで屋敷に入ったらしい。川魚をゆずってもらった村の老婆から聞いた話だった。それから何年も経たないうちに、夫人も病でこの世を去ったという。娘からすれば、いまの村長は育ての親ということになる。

 長とは少し話しただけだが、物腰が柔らかく、人のよさそうな初老の男だった。頼るものもなく、村の長を務める苦労は並大抵のことではないだろう。穏やかな応対の笑顔に隠された、諦めにも似た深い疲れの気配が印象に残っている。

 遠くからはわからなかったが、娘のすぐそばに若い男が一人横たわっていた。娘婿むすめむこのようだ。煙を吸ったのか、火傷やけどの手当てを受けた箇所を手で押さえて、ぐったりとしている。

 不安げな表情で娘のそばに立つ幼子は親指をくわえ、黙ったまま両親の様子を交互に見つめていた。

「村長と、赤子が屋敷のなかに残っている」

 娘の代わりに、近くで火消し衆に指示を出していた躰の大きな男が言う。

「長は、そこの子息を娘夫婦に任せ、寝かせていた孫娘を助け出すために、一人で居室へと向かったそうだ。先に出てきた三人はどうにか無事だが、長はまだ出てこない。さっきあそこの屋根が落ちたのが、どうも気がかりだ」

 男が太い指で差した屋根は、アダムも崩れるところを見た左奥のあたりだった。正面の戸口から真直ぐ進んだ突きあたりが執務室で、その左隣が居室になっていたはずだ。一度立ち入っただけだが、広さに迷うような造りではなかった。

 建物の裏手にも人はまわしてあるようだが、落ちた屋根からも炎があがり、どうにもならないようだ。

「どうしよう。あたし、義父ちちにずっとひどいことを」

 突然、村長の娘が口を開いた。アダムが片膝をついて娘と眼の高さを合わせると、娘はそばに立つ息子を抱き寄せて、せきを切ったように声をあげて泣きはじめた。

 育ての親である村長と、娘の間にはずっと確執があったという。娘は、母が義父に助けられたことを知りながらも、はじめから立場を乗っ取るつもりで来ただとか、血が繋がっていない他人なのだから、孫になれなれしく接するなだとか、村長につらくあたっていたようだ。村長は、いつも黙ってそれを聞いていたという。

 孤独だっただろう。それでも、娘夫婦とその嫡男ちゃくなんを先に行かせ、村長は血の繋がらない孫を助けに向かったのだ。それが娘に対する村長の気持ちのすべてだ、とアダムは思った。実の娘だと思っている。娘や、周囲の者がどう思っていようと、自分の娘なのだと。

 義父に謝りたい。娘は泣きじゃくりながら、嗚咽と一緒に何度もそう口にした。

 遅いのだ。どうして人は、いつも失ってからでなければ気づけないのか。闇が赤く揺らめき、屋敷は容赦なく燃えていく。気がふさぐのを感じ、アダムは頭を振った。屋敷からは火消しの妨げにならない程度に離れた場所だが、それでも時折、熱風が肌を撫でた。

 木組みの屋敷である。風のあおりを受けて火の手は速く、真中の建物に残る屋根も、舐めるように広がる炎に包まれはじめている。

 空っぽになった桶を放り、顔を見合わせては力なく首を振る男の姿が見えた。諦めの色は、火消しに奔走ほんそうしていた男たちにもおよびはじめている。

 村の誰もが、黙したまま立ち尽くしていた。最後まで駆けまわっていた火消しの男も、ついに空桶をぶらさげて立ち止まる。

 すすが、黒い雪のように降り続け、音もなく積もっていく。

 泣き叫びそうになる声を抑えるように口もとに手をやり、低い嗚咽を漏らす村長の娘。アダムは、その姿を苦い思いで見つめた。

 息が詰まる光景だった。村全体を、張り詰めた死の気配が包みこんでいる。

 踏み出していた。アダムは地に並ぶ桶を掴み、まれていた水を続けざまに頭から浴びた。首に巻いていた布なども桶に突っこんで濡らし、水を滴らせながら頭に被る。

「おい、あんた。なにしようってんだっ」

 アダムの動きに気づき、声をあげて制止する火消しの腕をすり抜け、地を蹴った。開け放たれ、煙を吐く戸口に飛びこむ。

 すぐに熱が躰を包んだ。姿勢を低くし、煙でやられないように濡れた布で口もとを押さえる。

 外で見たかぎり、火の手は左の蔵からこちらの屋根へと広がっていた。真中の通路は、やはりまだ完全に炎に巻かれているわけではない。煙も白かった。このあたりは燃えはじめてそれほど経っていないということだ。時が経てば煙は次第に黒く、重くなる。煙の持つ毒が濃くなり、重くのしかかってくるのだ。

 無謀むぼうなことをしている。それは理解していた。恰好をつけるつもりで、こんなことはできない。するべきでもない。なぜなのか、アダム自身にもはっきりとはわからなかった。もう二度と、怯懦きょうだで動けないような男にはなりたくない。そんな思いがずっと胸の底にあったことは確かだ。だが、それを考えるよりも先に躰が動いていた。

 左側の部屋にはすでに火が入り、壁際に積まれた書物などが燃えはじめている。皮肉にもそれがあかりとなることで、足もとはどうにか見てとれた。執務室への通路は煙が充満しているが、両側の土壁はまだ触れることができる。アダムは壁伝いに、ほとんどうような姿勢で奥へと進んだ。

 煙の壁と押し合っているようだった。煙が眼にしみ、短いはずの距離がやけに長く感じられる。それに、ひどく息苦しかった。

 執務室。煙の向こうにかろうじて戸が見えた。逃げ遅れているとすれば、そこを左に折れたところだ。

 頭上で、ばちばちとぜる音が聞こえる。それから少し遅れて、揺れと一緒に大木が倒れるような音が聞こえた。またどこかが崩れたのか。急がなければならない。急いでいるが、充分ではない。焼け落ちる前に、外に戻らなければならないのだ。

 あせりはあるが、アダムは我を失ってはいなかった。取り乱せば冷静な判断ができなくなる。熱さや息苦しさは、もう考えないようにした。やるべきことだけに集中する。

 執務室の左隣、居室だ。煙の向こうの戸は開いているが、崩れ落ちて組み重なる木片が燃え、おりの格子のように進路を塞いでいる。この向こうに、二人はいるのか。

 ばりばりと柱が縦に裂ける、悲鳴のような音が聞こえた。居室の奥が、赤く揺れているのが見える。泣き声。かすかだが、確かに聞こえた。アダムも声をあげる。何度か繰り返すと、今度は男の声が返ってきた。うめき。力なく吠えるような声だ。

 周囲の柱はまだしっかりしている。それを確かめてから、アダムは行く手を阻む檻を蹴破った。木片が飛び散り、火の粉が舞う。落ちて斜めに突き立った大きな柱をくぐり、居室へ飛びこんだ。

 床や壁だけでなく、四方のいたるところが燃えている。床に、布に包まれた赤子の姿があった。手足が動いている。力強い泣き声が、今度ははっきりと耳に届いた。その向こうには、村長が頭をこちらに向け、うつ伏せで倒れている。

 まだ、完全に煙に包まれてはいなかった。屋根が崩れ落ちたために、そこから抜けたのかもしれない。部屋の奥半分は焼け落ちて、瓦礫がれきが燃えているようなひどい状態だった。もう一度屋根が崩れれば、アダムの立っているあたりも火をまとった瓦礫に呑まれるだろう。

 誰も死なせない。アダムは瞬きも忘れたように、無心に赤子を懐へ抱きこみ、首にかけていた布で覆った。布はもうあまり冷たくはないが、まだ充分に水を含んでいる。衣服を緩め、腹のあたりに仕舞うように赤子を抱き入れた。これで両手が使える。

 村長。右脚の膝下が挟まれている。落ちた屋根の下敷きになったのか。火の手は迫っている。大きな焚火に、脚を突っこんでいるようなものだ。腕を掴むと、村長は首を激しく振った。

 アダムは声をあげた。諦めるな。絶対に、諦めるな。それは、自分に言っているのかもしれなかった。

 木片を拾いあげ、村長の脚が挟まれている隙間に挿しこむ。力の加わる箇所を確かめ、木片の端に体重を乗せる。瓦礫が、わずかだが持ちあがった。

 煙。舞いあがった火の粉がちらつく。獲物を狙う蛇の舌のように、闇のなかにあやしく揺曳ようえいする赤。死の色があるとすればこんな色なのではないか。そこを超える。一歩、踏みこむ。歯の根が合わないような奥歯を無理矢理に噛みこみ、村長の両脇に手を入れ、思い切り引いた。

 叫びとも、呻きともとれない声があがる。

 力を緩める。脚は完全に抜けていない。もう一度だ。脇に手を入れる。もういい、行け。頼む。その子を頼む。村長の声が痛切な響きを強める。

 黙れ。絶対に諦めない。諦めるのは、死ぬことと同じだ。命を捨てるな。なぜか目頭が熱くなるのを感じ、アダムはぐっとこらえた。

 轟々ごうごうと燃え盛る炎の音だけが聞こえ続けている。しばしば、それすらも聞こえなくなった。

 腰を入れ、もう一度引く。腕の力ではない。肩と背を使って、村長を後ろに放り投げるような気持ちで、引く。村長が叫ぶ。構わなかった。このまま躰を焼かれるよりはましだ。これで駄目なら、膝から下を切り落とすしかない。うねるように視界がゆがむ。熱気が揺らめいているだけだ、とアダムは思い定めた。

 体勢を崩しながらも、瓦礫から村長の躰をどうにか引き抜いていた。乱れた息を整える間もない。熱と痛みに喘いでいる村長に、アダムは自分の濡れた套衣を脱いで被せ、荷物のように肩に担ぎあげた。

 居室を出て、再び大きな柱を潜ったとき、背後で大きな音がした。追い風のように熱風が吹き抜ける。居室の屋根がすべて落ちたのかもしれない。それがどういうことか、立ち止まって考えている暇はない。アダムには、自分の激しい息遣いだけが、やけにはっきりと聞こえていた。

 執務室の前を右手に。そこからは真直ぐ行けばいい。行く手が、白く、黒く明滅めいめつして見えた。通路両側の部屋が、赤黒い炎を吐き出している。煙も、覆い被さってくるように感じられた。

 荒い息遣いが聞こえる。自分のものではなく、喉の奥で、牙をいた獣があえぎ、低くうなっているかのようだ。それ以外は、取り囲む炎の音も、痛みも苦しみもどこか遠かった。ただ、思うように足が動かない。一歩一歩が、重くなっていく。それがもどかしかった。アダムは自分を叱咤しったし続けた。決して倒れるな。どうせ命まで焼かれるなら、立ったまま焼かれろ。

 炉のようになった部屋を横切る。窯でいぶされ、眼や耳までもが燃えている。そんな気がした。

 降りかかる火の粉の気配を感じ、頭上に眼をやる。そこには異様な光景が広がっていた。火の粉ではない。火の粒。いや、それも違う。おびただしい数の、かえって間もないような蟷螂かまきりの子がうごめき、わらわらと燃えながら降りてくるのだ。一匹、一匹の小さな鎌や脚、火のともった薄翅うすはねまで、やけにはっきりと見てとれる。焼けただれた薄い膜が覆い被さってくるようだった。肌があわ立ち、叫び声をあげたくなる。いるはずもないものが見えている。アダムは自分にそう言い聞かせ、行く手に視線を戻して懸命に先へと足を動かした。

 歩け。一歩でも、先の地を踏め。

 ときどき、なにをしているのかわからなくなった。肩が重い。なぜだと思い、村長を担いでいることを思い出す。

 視界が白く、色を失っていく。煙の向こうに、出口が見えたような気がした。

 木漏れ日。懐かしい歌が聞こえ、うつむく女の涙が見える。また、いつもの夢だ。それでも、アダムは歩みを止めなかった。まだ、歩ける。立っている。歩いているはずだ。

 夢のなかで、記憶の森がざわざわと不吉な音をたてる。木漏れ日は吹き払ったように消え失せ、別の光景が広がる。言いようのない恐怖。胸が締めつけられる感覚が蘇る。

 故郷の空が燃えている。闇に浮かびあがる、赤い丘。山の端が紅蓮ぐれんほむらで連なり、それは大きな蛇が横たわっているようにも見えた。

 もうもうと立ち昇る煙。火の粉と黒い煤が風に舞う。夢現ゆめうつつの淵を渡っている。いま見えているのは、どちらの炎なのか。

 強い風。輝く白い肌。誰だ。ぼやけて口もとしか見えない。その腕に抱かれて宙に揺られながら、燃える故郷を眼下に見ている。取り囲む炎のなかから、命を拾われた。自分だけが、なぜ。

 何度も見た光景だった。断片的に繰り返し、幾度も見る故郷の夢。どれだけもがいても変わることのない結末は、アダムが抱えた過去をなぞるものでしかなかった。

 夢。これは夢の続きだ。それを感じながらも、アダムの意識はそのなかに溶けていくようだった。

 全身が濡れている。呼び交わす声。水を浴びたのだ、ということだけがなんとなくわかった。

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