お父さんのフシギダネ

権俵権助(ごんだわら ごんすけ)

第1話 どっち買うのん? の巻

「で、ヒロキは『X』と『Y』どっち買うのん?」


 友人の健太にそう問われた中村ヒロキは、返答に窮した。


 2013年10月7日(月)。


 今、日本全国の小学生たちの話題の中心となっていたのは、いよいよ今週の土曜日に発売の迫ったニンテンドー3DS用RPG『ポケットモンスターX・Y』であり、それはヒロキたちの通う、ここ6年2組においても例外ではなかった。


「うーん……」


「オレは『X』で、拓海は『Y』やで」


「うん、せやからヒロキくんはどっち買うてもええで」


 ヒロキの答えを待たず、健太と、もう一人の友人であるメガネ男子の拓海は勝手に話を進めていく。彼らはヒロキの誕生日が『ポケモンX・Y』の発売日と同じ10月12日であることを知っており、それならば誕生日プレゼントは当然ポケモン以外にはありえないだろうという前提で、既に『X』と『Y』どちらを選ぶかという段階まで話がすっ飛んでいたのである。


「ポケモンかぁ。ポケモンはちょっとなぁ……」


「なんや? ヒロキあんだけゲーム好きやのにポケモンやらへんのか?」


「興味はあるけど……だって、あれムズいやろ?」


 ヒロキの返答に、健太は怪訝な顔をした。


「どこがや?」


「え? どこがって……いや、なんとなく。昔ちょっと触って、なんかムズいなって思って、それっきり……」


 その答えに、今度は拓海が眼鏡の奥の瞳を光らせた。


「ほんなら、ボクらが一からポケモンのこと教えましょか。なぁ、健太くん」


「せやな」


 勝手に話が進んでいく。


「いやいや、ちょっと待って。うーん……分かった。今日帰ってから、いっぺん考えてみるわ」


※ ※ ※


 学校から十分ほど歩いたところにある、築二十年の賃貸マンション。ヒロキの自宅はその三階だ。ランドセルの奥底から茶色い革のキーケースを引っ張り出すと、慣れた手つきで玄関扉を解錠した。


「ただいま」


 必要以上に重く分厚い扉を両腕で開きながら呟いた。母はまだ仕事から帰ってきていない時間なので、当然返事は無い。かかとを踏みつつ乱雑に靴を脱ぎ捨て、そそくさと自室へ向かう。2LDKの自宅は、母と二人で暮らす今、少し広すぎる気がしていた。


「ポケモン、なぁ……」


 ランドセルを木製の勉強机に置いて椅子に座ると、ヒロキは脇の三段カラーボックス……その最上段に目をやった。手に取りやすいよう、手前にはニンテンドー3DSと充電用のACアダプターが、奥には十数本のゲームソフトのケースが陳列されていた。その3DSの表面は窓からの日光に照らされて小さな擦り傷を無数に浮かび上がらせている。並べられたゲームソフトの半分以上が反射神経と指先のテクニックを要求するアクションゲームで、残りは主にコロコロコミックや週刊少年ジャンプで連載されている漫画を原作としたゲームである。ヒロキはそれらを一瞥すると、今度はカラーボックスの最下段に視線を移した。


 そこに収納してあるのは、ゲームボーイアドバンスと数本のゲームソフト。ヒロキと同じ年に生まれた、3DSのご先祖様である。手に取り辛い最下段に押し込まれていることからも分かる通り、ヒロキにとっては古臭く、とうに引退したゲームたちであった。屈みこんで、それらを久しぶりに引っ張り出す。


「うえっ。……フウッ」


 本体に被った埃を息で吹き飛ばし、続いてボックスの奥からオレンジ色をした長方形の紙パッケージを取り出した。


「ポケモン、なぁ……」


 ヒロキは繰り返した。


 彼の「ポケモン苦手意識」は、三年前に離婚した父が残していった、このオレンジ色のケースに入ったゲームソフト『ポケットモンスター ファイアレッド』に原因があった。


 無類のゲーム好きであった父は、ヒロキに物心つく前から様々なゲームを遊ばせており、今のヒロキのゲーム好きもその影響によるところが大きかった。しかし、三歳の時にプレイした、この『ファイアレッド』で彼は初めての大きな挫折を味わうことになった。要するに、まだ文字も読めない三歳児にRPGというジャンルは早すぎたのだ。結果、何をするゲームなのか理解できないまま「よく分からない」「おもしろくない」という印象だけが強く残ることになった。


「とりあえず、もっかいやってみよかな」


 小学生にとって誕生日プレゼントは一大イベントである。絶対に商品選びに失敗することはできない。『ポケモンX・Y』をその選択肢の一つとして考えるのであれば、苦手意識が今も続いているのかどうか事前調査をしておく必要がある。


「しかし、精密機械を入れるのに紙の箱て。プラモとちゃうねんで」


 ぶつくさ言いながらパッケージを開き、透明のプラスチックケースからビニール袋に包まれた小さな赤色のゲームカセットを取り出し、ゲームボーイアドバンスにセットした。


「えーっと、電源は……ここか。……あっ、電池入ってへんわ。もう~」


 よく一人で留守番をするせいか、独り言が多い。ヒロキは台所の冷蔵庫から単三電池を二本取り出してきて、改めてゲームボーイアドバンスを起動した。暗めの液晶画面に、約十年ぶりに虹色のロゴが舞い踊った。


「あっ、セーブデータ残ってるやん」


 紙の箱に入っていても、そこはさすがに丈夫さがウリの任天堂製品である。


「プレイタイム、一時間半。全然やってへんやん」


 ゲームを始めると、主人公のポケモントレーナー「ヒロキ」が序盤の街・トキワシティでぼんやりと佇んでいた。手持ちは、ねずみポケモンの「コラッタ」と、ことりポケモンの「ポッポ」、そして「ダイスケ」と名付けられた「フシギダネ」の三匹。


「あー……なんか思い出してきた」


 ダイスケ、それはヒロキの父の名前である。2004年に初代ポケモンのリメイクである「ファイアレッド」「リーフグリーン」の2バージョンが発売された際に、父・山本大輔はリーフグリーンを選び、息子にはファイアレッドを与えた。その時にお互いの名前を付けたヒトカゲとフシギダネとを交換したのであった。


「んー」


 ヒロキは先ほどまでセーブデータを削除して一からやり直そうと考えていたが、この父からもらったフシギダネの存在によって、どうにも削除し辛くなってしまった。


「……まぁ、途中からでもええか。まだ最初の方みたいやし」


 が、しかし。小一時間プレイしたところでヒロキは早くもめげそうになっていた。


「なんや、やっぱりよう分からへんな……。一体なんや? 『こうかはばつぐん』とか『いまひとつ』とか……」


 いくら序盤とはいえ、既にゲーム中で基本的な説明がすべて終わった後からの再開である。もっとも、こういう時は説明書を読めば大抵は解決するものだが、これまで直感的に遊べるゲームばかりを選んできたヒロキには、残念ながらその行為は習慣づけられてはいなかった。


「はあ……。明日、健太たちに教えてもらうかぁ」


 プツリとゲームボーイアドバンスの電源を落とすと、カーペットに寝そべり、床に転がしっぱなしのコロコロコミックを手に取った。


-つづく-

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