第33話 崩れ出す砂の舟
警備員室の横にある非常階段は、頑丈な防火扉になっておりフロア側から鍵を閉めることができた。
そっと開いてみると上階から職員が駆け下りてくる。
慌てて鍵を閉めた。
階段は見つかりやすいし、挟み撃ちになる可能性がある。
西門は顎を触る。
「やはり、別の階に抜けるのは、エレベータしかないですね」
この施設のエレベータはベッドも入る大容量タイプが二機稼働している。
エレベータで移動出来たら良いのだが、中は狭い上に相手に移動を知らせることになる。危険度も高いし、勝率も薄い。
階数を示すランプは二機とも4階で止まっている。
二人は、扉を開け昇降路を伝って移動する事にした。
美鈴が扉を馬鹿力でこじ開けようとしたが、慌てて西門が止める。
西門はドアの隙間を確認し物差しの先端がかぎ型になった道具を取り出した。
部屋にあったエレベータ点検用の道具をちゃっかり拝借していたようだ。
上部の隙間から道具を差し込み、扉に力を入れると簡単に開いた。
ワイヤーが動いていないのを確認し昇降路の中に入る。
ライトを付け昇降路の中を確認すると意外に広い。コンクリートの壁には点検用の梯子が取り付けられている。
見上げるとエレベータの位置は最上階でまだ停止している。
二人は梯子に掴まり静かに上階へ登ぼり始めた。
田中真由美は、茫然としていた。
唸り声で気が付くと、自分はガウンを着てベッドの上に寝ていた。
ガバっと起き上がるとガウンがはだけ、白い胸が弾む。
え、裸?
周りを慌てて確認すると、何人もの男達が下着一枚でガムテープで縛られもがいている。
どうなっているの?
首の辺りに痛みを感じ、手で触りながら記憶を辿る。
――!
山本美鈴はどこだ?
田中はベッドから降り、男の口に巻かれたガムテープを外した。
「一体これは何、どうなっているの?」
隊員はやっと普通に呼吸が出来たようで、ハァハァ大きく深呼吸をする。
「我々は田中チーフから部屋に不審者がいると連絡を受けて、部屋に突入したんです。
ですが、部屋にはチーフがベッドで寝ていて、不審者も山本さんもいなかった」
「え? でも、山本さんはこの部屋に居ましたよ?」
「いえ、いませんでした。我々を部屋の外で待っていたのはチーフ。貴女です」
「でも、私はベッドに」
「ええ、そうです。あなたにそっくりな人間が、もう一人いたんです」
一体どういうことだ。まさか!
あのスーツの本来の性能は知っている。
内部設定で顔、身長も変化できるはずだ。
しかし山本美鈴が自分で変更したとは考えられない。
いや……AIが暴走したとしたらどうなる。
田中真由美は篠原重工の技師。30歳独身。
筑波大研究所を首席で卒業。恵まれた美貌、身体、知性。勿論、ミスコンでは常勝。
在学中は『人体工学』に関して学会に発表しいくつも受賞した。
卒論は有名な科学雑誌にも掲載された。
ここでは山本美鈴のリハビリ担当のチーフとなっているが、
データを常にモニターし、スーツとの融合性の実験データの収集と研究をしていた。
山本美鈴には悪いが、リハビリ後は解体。そして再構築繰り返す予定だ。
警視庁が絡んでるのは知っているが、失敗報告をすれば良いと考えていた。
篠原に入社後の彼女の夢は、篠原の中でも選りすぐりの研究者しか入れない、
最高のこのラボ『EMERALD』で、脳工学の研究と地位の確立だった。
しかし最初に回された仕事は肌の研究。
脳からの分泌物質とスキンの関係性。
要は若返りの薬を作れというオーダーだった。
二年我慢しようやく本社に配属されたが、希望の研究には回してもらえなかった。
真由美は限界だった。
そんな時、今の真由美の上長、渡辺の事を知る。
渡辺が開発したAIは画期的なものだった。
噂では研究結果のデータ丸ごと篠原に持ち込み、自分を売り込んだとも言われている。
真由美は喉から手が出る程、この仕事を手に入れたかった。
直ぐにその魅力的な身体を武器に、渡辺に近づき魅了した。
恋愛感情等、全く無い。
渡辺の望むまま、三年前から真由美の身体は幾度も侵され続けてきた。
田中真由美は、力ずくでこの仕事を手に入れたのだ。
◇
篠原重工は、創立以来類を見ないこの一大プロジェクト『Project OZ』を立ち上げる。
プロジェクトでは培養脳とスーツの融合を進め、有機物の『脳』を持つロボット化を開発し、三年後の商品化を目指す。
なぜAIでは無く『脳』なのか?
それはAIは簡単に『殺せない』からである。
三年前、中国で家庭用人型AIロボットが暴走し、殺人を犯した。
外部からのウイルス混入で、制御リミッターが切れた事が原因となっている。
油圧型が主流となっているロボットは、とてつもない攻撃力と防御力に優れている。
そう簡単に暴走は止められないのだ。
殺人を犯したAIはネットに逃げ出した。今も狂ったままどこかに潜んでいるとも言われている。
現在はAIはロボットとの接続を禁止されている。
その点、『脳』は有機物でそう簡単にネットに流出も出来ないし、ウイルスの混入で暴走しない。
そして寿命がきたら死ぬ。
勿論、感情部分の『脳』は切断してある。
いうなれば、ウォルター・フリーマンが過去進めた『ロボトミー技術』が本当の意味での『ロボトミー』に昇華させる。
製品としても優秀だ。国にも家庭にも売れる。
田中真由美は、この社を挙げてのプロジェクトに大抜擢され同時に昇格した。
このラボへの移動も決まり、真由美の夢はとうとう叶えられた。
今までの苦労が、無駄ではなかったと実感した。
莫大な予算を使い、最高のデータを取れる機材、海外の有名な研究者で構成した優秀なチーム。
そして数千億を投じ、あのスーツも開発した。
だがしかし、このプロジェクトの要になる、山本美鈴が逃亡した可能性がある。
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