第22話 美鈴パニック

あの声は、リハビリルームで会った技師だ。ドアの向こうで声がする。

「どうしました、何か不具合でも」

「ちょ、ちょっと、今、裸なので少し待って下さい」

「では、軽く何か羽織って頂けますか。我々は医者でもありますから、大丈夫ですよ」

「じゃあ、入りますねー」

ドアが開いて二人が入ってきた。


美鈴はベットで布団にくるまっている。

頭の中で血管もないのにドクドク音がする。

「山本さん、どうしました?」


布団の中で美鈴が答える。

「い、いえ、何でもないです。大丈夫です。ちょっと待ってもらえますか?」


技師は顔を見合わせ、布団を見ている。

「そろそろいかがです?」

>モーフィング完了マデ30秒

も、もう、早く。はやく!

床の方で『ガタ!』っと音がした。技師が何か落としたようだ。


「山本さん! この脚、どうしました!?」

どうやら足の一部が、布団からはみ出ていたらしい。

あの毛だらけで、カッサカサで汚い脚だ。

美鈴は慌てて脚を隠した。

「こ、これは」

「山本さん、ちょっと布団取りますね」


こ、こうなったら逃げるしか!

美鈴は、自分から布団を技師達の方に、はね除けて飛び起きた。


>アト5秒デ完了デス

スローモーションのように、技師の驚く顔、布団が舞い、落下する。

美鈴は目を瞑る! 終わった!

反応は意外だった。

「山本さん、丸裸ですよ」


え?

自分の身体を確認する。

え、下を向くと、白い肌が見える。

元に戻ってる! 良かった! って裸ーーーーー!

「きゃあ!」

慌ててガウンを被った。

ガウンの下で入れ墨のテクスチャがすっと最後に消えた。

>モーフィング完了シマシタ


技師はニヤニヤしながら、落としたタブレットを拾い壊れていないか確認している。

「ちょっと脚みせてくださいね」

美鈴をベッドに座らせ、念入りに触って調べている。

汚らしい男の脚が見えたんだから、しょうが無い。


探りを入れるため、美鈴は話しかける。

「なんか変ですか?」

男は首を傾げている。

「うーん、なんでしょうか。

 さっき、一瞬、何か毛ガニのような物が見えた気がしたんで、驚いたんですが」

「毛ガニって、そんなの居る訳ないですかー」

「ですよね。あはは」


壁を向き、背中に職員がプラグを差して調べている。

技師達がいつもより念入りデータを調べているようだ。長い。


小一時間後、プラグを外したのを美鈴は確認する。


[エル]ダミーデータ大丈夫なんだろうな。

>ハイ。正常ナ範囲内デ、ランダム数値を送ッテイマス


美鈴は笑顔を作り、聞いてみた。

「どうかされました?」

「ちょっとバッテリーの減りが早いですね。何かしました?」

「リハビリを頑張っていたんで、それかな」

「そうでしたね。頑張ってください。いつも応援してますよ」

じっくりタブレットを見ている。

「いつもより念入りなんですね」

「時間を取らせてすみません。今日は月一回のベースシステムの総チェック日なんですよ。もう終わりますから」

「そうですか。毎月?」

「はい、安全点検だと思ってお付き合いください」

美鈴はベットに座りながらニコリと笑い。

「はーい」と技師に向かって返事をした。


医者の視線が美鈴の胸に動いた。

あ、チラ見?

そう思って視線を下に落とすと、ガウンがはだけ少しみえている。

「――!」

「あ、すみません! もう終わりますので!」

男の習性ってヤツだな。チラ見は、まぁ許してやろう。

この身体は生身にしか見えないからな、確かに。


もう一人が、男に何かを伝えて呆れていた。

きっと『お前なにやってんのー』的な事だろう。

「はい、では終わりです。お疲れさまでしたー」

「はーい」

技師達がいそいそ出て行った。


美鈴はドアが閉まるのを確認すると、ベッドの枕を抱きしめた。

検査の間、ずっと本気で危険を肌で感じていたのだ。

顔が強張り、手が震えている。落ち着くまで、暫くじっとしていた。


今回は、本当に危なかった。

月一回とか聞いてないし。

職員のスケジュールを出来れば一度確認した方がいいな。

いや、まずは人数か。


美鈴が危険を感じていた背景には、既に一ヶ月、全く施設を出られる気配がない状況があるからだ。

美鈴にはいくつか不安要素があった。


[エル]ちょっと気になってるんだけど、聞いてくれる?

>ミスズ、ドウゾ


じゃ、一つ目

もしかしたら、このままこの施設を出られない?

だって、篠原は警視監に適当な事を理由にして、私をどうにでも出来るカードを持っている状態だと思うんだ。


二つ目

私が大人しくリハビリを頑張って終われば、開放してくれると思う?

どう考えても、返してくれない気がするんだよ。


>ミスズノ想定ハドチラモ90%以上ノ確率デス

>特ニ、リハビリ終了後、ミスズモ私モ解体モシクハ、記憶データヲリセットサレ、一カラ実験ヲ繰リ返スト予想出来マス


だよね。想像するだけで怖い。

だとしたら、この身を譲るには脱走しかないと思うんだ。

>ミスズ、私モ賛成デス


美鈴は確信した。

このままじゃ私は終わる。始まりと終わりを繰り返すのは嫌だ。

事情を言えば桜庭さんも納得してくれる筈。怒られるかもしれないが。

ありがと、じゃ早速取り掛かろう。

まずは、この施設の設計図データが欲しい。あと出来れば、職員の人数の把握がしたい。

>ハイ。デハ、篠原ノサーバーデータヲ収集シマス


うん、今日は色々疲れたよ。寝る。

美鈴はよっぽど疲れたのだろう、あっという間に寝てしまった。


>スリープモード開始

>オヤスミナサイ、ミスズ

>サーバーアクセスヲ開始


[エル]はデータ検索を進める

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