第11話 モーション

時を見計らって、美鈴は田中から少し離れたところに移動し、視線から外れるようにした。

ちょっと、コッチでやってみよう。

美鈴はもう一度、さっきのモーションで普通に歩く。

断然こっちのほうが歩きやすいわ。


ちょっと、さっきのリスト出してくれる?

美鈴は、また目を閉じリストの世界に入る。


どうしようかな、歩きは出来たしちょっと軽く走ってみたい。

>スポーツ系モーションヲ検索シマシタ


リストが素早く切り替わる。

美鈴は一つ一つ確認する。

おお、ポルト走り。世界新だよ。凄い、面白い!

変わったのも見つける。

お色気ムチムチ歩きってなんだこれ。

大体、走ってないし。これは後。


やっぱ、これでしょ。

>「ポルト」モーションヲインストールシマスカ? YES/NO

ポルトやってくれ! YES! YES!


よし、軽ーく軽ーく。

美鈴はトンと一歩前に足を出す。

衝撃音が響き渡る。


リハビリルームのコンクリの壁をぶち破ってしまった。

今は隣の部屋が見え、職員がコーヒーを持って唖然としている。


勿論、田中と技師が飛んできた。

背中にプラグを差し込まれ、チェックが始まる。

しかし、チェックの結果、スーツに異常なしという判断になった。

何度もスーツのデータをチェックしたが結果は同じだ。

技師が田中と話している。

「そんな簡単にスーツを動かせると思えないんですが、一時的に負荷がかかっているのでしょうか」

「もう一度データを見せていただける?」

美鈴は二人を見ている。

まいったなぁ、すっごい疑わしい目でこっちを見てるし。

勝手に、インストールとかしてるのバレると、めんどくさい事になるだろうな。


美鈴は自分の腕を触りながら考えた。

それにしても、この身体はすごく頑丈だ、服は破れたけれどどこも損傷がないのが凄い。

改めて、自分が空けた穴を確認する。

壁の厚さは10センチはある。空いた箇所には鉄骨は入っていない。


ちょっといい?

>――

あれ?

なぜかいつもの声は聞こえない


技師がチェックを終了した様だ。

「山本さん、背中のプラグを外しますね」

「あ、はい」


プラグが抜かれ、技師に挨拶をする。


おーい。おかしいな。

>スーツニ、プラグガ接続サレタ状態デ、私ガマスタート会話ヲスル事ハ危険デス

>外部カラアクセスサレタ場合、ダミー数値ヲ示ス設定ニシテイマス。変更ハ管理者シカデキマセン


ああ、帰ってきた。設定を変更したらどうなるの?

>現在マデノインストール及ビ、改変ノ履歴ノ参照ガ全てモニターサレマス

>マタ、篠原研究所推奨以外ノ外部ツール及ビ、プログラム変更・インストール行為ヲ、制限サレマス。変更シマスカ? YES/NO

しません! しません! 絶対しません!


と、いうことは。今、私が身体を乗っ取っているって事か。


ふと目を開けると、技師がこっちを見ている。

疑われているのか。どうしよう。

やはり、リハビリしている人はヨロヨロしないとバレると思う。

でも、あのモーションを覚えると逆に芝居がしんどいんだよね。

そこで、美鈴は思いついた。


瀕死の歩きモーションってある?

>検索シマシタ。105件アリマス


目をつぶる。

『ヨボヨボジーサン』んー何か違う。あ、これが良い。これインストールして。


>瀕死モーション『シカバネ』インストール及ビ、複数データガ増加シマシタノデ、プラグイン形式変更ツールヲインストール

>プラグインフォルダニ記録シマシタ


ふーん。

美鈴はとりあえず、さっきの様に一歩踏み出す。


美鈴は非常に極めて自然に動きだした。

背中は曲がり、足は引きずりながら、今にも倒れそうな見事な歩き方だった。

ゆっくりと美鈴は、技師に近づく。

顔を上げ、技師をみる。

「技師さん、なんかすみません」

疲れ切った姿を見て、技師が慌てる。

「山本さん、大丈夫ですか。おそらく先程の暴走は、何らかのシグナルで偶然動いたんでしょう。ほんの少しだけ、チェックさせてくださいね」

技師の顔から疑いの目が消えた。

瀕死歩き成功だ。

もう一つ。特にモードをセットしなくても、使いたいモーションを考えるだけでモーションの呼び出しできるのか。これはいい。


技師を見ると、まだしつこくタブレットを見ている。

まだチェックすんのかよ。もう帰って良いぞ。

そうだ!

ちょっと調べて、お色気表情モーションある?

>検索結果300件アリマシタ

んー、お! 『おねだりイチコロ少女』なんかこれいいじゃん。


>プラグインニ格納シマシタ

よし。


美鈴は技師に近づき、グラっと倒れかかる。

技師は慌てて、美鈴を抱きかかえた。

「大丈夫ですか?」

美鈴は既に表情モーションを切り替えていた。

おねだりイチコロ少女の表情で。

「まだ、かかるんですか、すみません疲れたみたいで……」


そこには、目がハートマークになった技師がいた。

「そそ、そですね! チェックはもう終わりです! 上にも問題無しで報告しておきます! ま、また会いに、いやチェックしに来ますので!」

「ええ、是非!(いや来んな)」


技師はしつこいぐらい手を振りながら帰っていた。

それを田中が見て、ため息をついていた。

はぁぁぁ、やっと帰ってくれた。

アイツ、間違いなく私がサイボーグって事を忘れてたな。


田中に疲れたから部屋に戻ると伝えると、車椅子を用意してくれたが美鈴は練習したいから松葉杖を貸してほしいと伝えた。

けなげに見える美鈴に田中は笑顔を送り、快く承諾してくれた。

「山本さん、今日一日頑張りましたね。かなり動けるようになりました。明日も頑張りましょう!」

「はい、ありがとうごございます。では」

田中、美人で優しいしモテるだろうなぁ。

美鈴はそんな事を考えながらトボトボ松葉杖を突き部屋にゆっくり戻る。

振り返ると、田中は後ろから見送っていた。

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