第9話 トリセツ

医者が美鈴にベットに座るように指示してきた。

「それでは、この体の取り扱いについて説明しますが、宜しいですか?」

「はい、よろしくお願いします」

「まずは」

医者が一つ一つ丁寧に説明しはじめた。

まずは、身体のバッテリーの事だった。

左手首の内側に、薄っすらLEDが灯っている。これが身体のバッテリー残量との事。

今はグリーン。グリーンは、バッテリー残量が100%~30%。

これが黄色になると、バッテリー残量が29%~20%。

更に、赤色になると、残量は19%~11%。バッテリーの節約モードになり、一部の動作に遅延が出る。

最後に、赤色が点滅すると残り10%になり、約30秒でスリープモードに移行する。


次は充電の方法だ。

バッテリーの充電は、丸い座布団みたいな器具の上に立つか座るかすると充電が始まる。

ベットの下にしまっていた器具を出して美鈴に見せる。

普段はベットの下にしまっておくらしい。


美鈴に乗ってみるように医者が促す。

「こんな感じですか」

美鈴が器具に乗ると、手首のLEDが白く点滅し始めた。

「これが充電中の表示です」

美鈴が質問する。

「もし、この器具が無かった場合はどうしたらいいんでしょうか」

医者は、美鈴の首のところを触らせる。

「あ、少し窪みがあります」

「ここにUSBケーブルを接続して家庭用電源から充電して下さい」

医者はケーブルを持ってきて、美鈴のコネクタに接続し電源とつなげる。

美鈴は手首を見るとLEDが白く点滅している。


次に、美鈴自身。つまり脳の栄養分に関して説明してくれた。

美鈴の口は、人のように歯と舌が付いていて、舌を動かしたりものを飲み込む事も出来る。

喉の奥に栄養素を流し込むと吸収できる仕組みになっているらしい。

味覚機能も一応あると医者が教えてくれた。

「質問いいですか」

「どうぞ」

「この栄養分ってなんです?」

「これは99%糖分の液体ですよ。脳は糖を吸収するので」

「ちなみに糖分以外のものも摂取したらどうなります?」

「消化はしないので水分以外は定期的にパックを取り出す必要があります」


「もう一つ質問いいでしょうか」

「どうぞ」

「もし口が開かなくなった場合、他に栄養を吸収できる場所はありますか」

「あります」


そういって、医者は腕を触ってきて、一部を美鈴にも触らせる。

腕の内側を触るとパイプのようなものが通っている。

「ここに、点滴するようなイメージで注入できます」

なるほど、人の身体そっくりだ。


最後に一番重要な事を説明された。

「必ず睡眠は取ってください。脳は定期的に休めなければいけないので。

 睡眠中は自動的にスリープモードへ移行します。起きれば通常モードになります」

美鈴は、ますます人と同じなんだと感心した。


医者が、一通り説明を終えた。

最後に後ろポケットから、折りたたみのタブレットを取り出し見ている。

おそらく私の身体のデータを見ているんだろう。


タブレットをパタンと閉じ、

「はい、正常です。今日はゆっくり休んで、明日からリハビリを始めましょう」


カチャっとドアが閉まる音、廊下を歩く医者と看護師の足音と会話が聞こえなくなるのを待ち、

美鈴はベットからおり、姿見に自分を映し覗き込むように観察した。


生前と全く違和感の無い顔。化粧は元々薄い方だった。

更にじっくり見ると、照明が当たるとキラキラと薄い体毛が光っている。

髪はつやがあり、触ってみると以前より品やかさがあって、指の間をすり抜ける感覚が気持ち良い。

前髪をかき上げると生え際も普通で、富士額まで再現してあった。


美鈴はガウンを脱いで、自分の身体を確認する。

右斜め、左斜めに角度を変える。

以前より大きくなった胸以外はそのままだ。くびれた腰、少し大きめのヒップ。

スラっと長くて細い足。

胸の先端も再現していて薄っすらピンク色だ。


ちょっと! この設定は何の資料を見て決めたんだ。私の裸の写真があるのか?

>ワカリマセン

恥ずかしすぎる。


更に腕と足を確認する。

産毛がほんの少し生えている。ここは気に入らない。指で引っ張ってみる。

スキンが引っ張られるが、産毛は抜けないので今はそのままにしておく。

デリケートゾーンにも薄く体毛が生えているのを見て、慌てて両腕を上げて確認する。


じっと、目を凝らし自分の脇を確認する。

ふぅ、腋毛は無かった。良かった。


さて、一番確認しておきたいところがあった。

美鈴は、大きめにため息をつく。

手を下に伸ばし色々直に触って確認した。

それは驚愕だった。ここまで再現しているのか。


正に、人間そのものだ。この身体は。

技術というか、拘りというか。何かこの身体には作り手側の信念を感じる。

何ら、見た目に人と変わりが無い。

これなら恋も仕事も結婚さえ出来るかもしれないとも思える。


よし、明日からリハビリを頑張ろう。

>ハイ、マスター

>ソロソロ、睡眠ヲ取リマショウ


うん。

最後に、美鈴はもう一度だけ鏡の自分を眺める。

そして、ガウンを羽織りベッドで布団に包まった。


>スリープモード起動

>システム側、バージョンアップ確認中。アップデート中――アップデート完了

>外骨格データ、別フォルダヘ格納

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る