第167話 北風と太陽
ぞろぞろとモーブ達を連れて改札部屋から出ると、バルーン型投光器に照らされたいつもと違うダンジョン内の明るさに、みんな驚いていた。
「おー明るい」
「明るいね~」
「うむ。昼間の様じゃな」
「ささ、座って座って。今日は『焼き肉』だよ。まずは手本を見せるから、どうやって食べるのか見てて頂戴ね」
子供達の子供らしい反応に満足しながら、敬太は席を勧めていった。
それから、モーブ達には「焼き肉」の食べ方が分からないだろうと、先に「焼き肉」を食べるまでの流れを見せる事にした。
ダイニングテーブルの上に置いてある肉の皿を手に持ち、トングで1枚だけ肉をつまみ上げ、熱くなっている網の上に肉を置く。すると肉が焼ける音がダンジョン内に響き渡り、食欲を刺激してくる。
「これで、ちょっと置いて、焼けてきたら、ひっくり返して裏面も焼く」
モーブ達獣人組は大好きな肉が食べられると分かったからなのか、いつの間にやらバーベキューコンロの傍までやって来ていて、敬太がひっくり返した肉を真剣な眼差しで見ていた。
「それで、肉が焼けたら、この『たれ』に付けて食べればオッケー。ほらテンシン、口開けて、あーーーん」
「あーーーん。モグモグ・・・美味しい!」
「ふふふ、でしょ?それじゃ各自、自由に焼いて食べよう~!」
モーブを含め、みんなの反応が思いの外良かったので、ついつい嬉しくなってしまった敬太が「焼き肉パーティー」開始の号令をかけると、モーブ達がそれぞれトングをサッと持ち、各自1枚ずつ肉を網に乗せていき、それらの焼き具合を真剣な目でジッと見て固まっていた。
辺りは肉汁が滴り落ちた時に発せられるジュ~って音と、たまに弾け燃え盛るバチバチといった炭の音しか聞こえなくなっていた。
なんだろう、この真剣勝負の様な雰囲気は。敬太がやりたかった「焼き肉パーティー」とはちょっと違う感じになってしまっている気がする。もっとワイワイ、ガヤガヤとみんなで和気あいあいとして焼き肉をしたかったのだが・・・。
「ほらモーブ、そんなに難しい顔してないで、どんどん焼いて沢山食べて下さいよ」
「うむ。しかしな、これは目が離せんぞ」
「むむー」
「むぅ~」
どうも敬太が見本で見せた肉の焼き方が悪かったのかもしれない。
1枚の肉をじっくり見定め焼いてしまったのが良くなかった様だ。
モーブ達は律義にそれをマネをしているに過ぎないのだろう。
「はい、ちょっとごめんね。それっ、それっ、それっ・・・。こうやって、じゃんじゃん焼いて行くから、そんなに肉ばっかり見つめてないで、どんどん食べてね」
仕方が無いので、大きなバーベキューの網の上にポツンと置かれた3枚の肉の周りに、新しい肉を敷き詰める様にポイポイと置いていく。
途端に肉の焼ける音の大合唱が始まり、滴り落ちた肉の油によってモクモクと煙が溢れ出してくる。これぞ「焼き肉パーティー」だ。
「ほら、これ焼けてるよ。クルルンお皿貸して、はい食べた、食べた」
「美味しい!」
「でしょ~。はいテンシンもど~ぞ。モーブもお皿貸して下さい」
「うむ」
お肉大好き獣人達には、まだ「焼き肉」と言う文化は早かったようで、結局肉焼き係となってしまった敬太が取り仕切り、じゃんじゃんと買って来た肉を焼いて行く。
「はいこれ、ハラミね。タレも色々あるから好きな物使ってね」
「うむ。これもなかなか美味いのう」
モーブは肉の種類の違いに気が付き始め、それぞれを確かめる様にして味わい、子供達はすっかり肉に夢中になり、食べるのに必死で静かになってしまっているが、それはそれで微笑ましく楽しい物であった。
ジャラ・・・。
敬太も網の上の肉を捌きながら肉を食べるという、なんだか親鳥になった気分で焼き肉を堪能していると、不意に小屋の方から鎖が擦れる様な音が微かに聞こえて来た。
小屋の中には、追っ手の生き残りで絶賛ハンガーストライキ中のサミーがいる。
敬太が与えたパンなどの食料に一切手を着けず、水さえも拒否して4日目。毎日「ちゃんと食べてくれ」と言い残しているのだが、いくら言っても食べてくれず、このままでは餓死してしまうのではないかと心配になって来ていたのだ。
小屋の出入り口は追っ手達によって壊されているので、今は敷鉄板で塞いでいるのだが、今日はその敷鉄板を10cmぐらいの隙間が出来るように、わざとずらして置いていた。更に工場用扇風機でバーベキューコンロから立ち上る煙を小屋の方へ送る様に仕向けていた。
食べろと言っても聞かない奴には、食べたいと思わせる様に仕向けるしかないだろう。
ジャラ・・・。
ふふふ、腹が減っている時に、焼き肉の煙は辛かろう。
「【探索】」
敬太がスキルを使うと、小屋の中に居るサミーの位置が、頭の中の地図に青い光点となって印される。
それを見ると、どうやらサミーは小屋の出入り口付近に移動しているらしく、出入り口に置いてある敷鉄板の隙間からこちらを覗いている感じがする。
そろそろかな。
敬太は新しい取り皿に、良い焼き具合の肉を数枚乗せ、焼き肉のタレをひとかけした。そしてそのまま、皿を手に持ち小屋の方に歩いて行くと、小屋の中からは息を吞む様な雰囲気が伝わってきて、ジャラリと鎖が擦れる音がした。
しかし、敬太は気にせず、無造作に小屋に蓋をしていた敷鉄板を【亜空間庫】にしまうと、そこには布団を被ったまま外を覗き込んでいたであろうサミーの姿があった。
「ほら、食べるか?」
「・・・」
敬太はしゃがみ込み、久々にサミーと目を合わせようとするが、サミーの目は敬太が持って来た肉の乗った皿に釘付けになっていた。
後ろのバーベキューコンロの方からは、敬太が席を外したので代わりにモーブが肉を子供達に取り分けている声が聞こえてくる。
サミーはいつまで経っても何も言わないので、敬太の方が折れ、小屋の床に持って来た皿とフォークを置いて踵を返した。
敬太はバーベキューコンロの傍まで戻ってくると、代わってくれていたモーブに礼を言い、焼き肉奉行へと戻り、素知らぬ顔で「焼き肉パーティー」の続きを始めた。
「ほらーどんどん食べろ~。まだまだ肉はあるぞ~」
「おっちゃん頂戴!」
「たべる~」
「うむうむ」
敬太とモーブ達が騒がしく肉を食べ、どの肉が好きかなんて事を話し、どんどんと肉を腹に収めて行っていると、小屋の方から「しくしく」とすすり泣く、小さな声が聞こえて来たのだった。
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