第157話 ウサギの子

「モーブ、あとクルルンとテンシンも。今からウサギの子の様子を見るから手伝って」


 気持ちが落ち着き、ようやく頭が働いて来た所で、やらなければいけない事を思い出したので、テーブルで飲み物を飲みながら談笑しているモーブ達にも手伝って貰う事にした。


 敬太が事故入院から戻ってきてモーブに告げられたことは2つあって、ひとつは既に片付けた追っ手達の事だったのだが、もうひとつ、奴隷のウサギの子の手足が腐りそうだとも言われていたのを思い出したのだ。


 敬太がひとりでウサギの子のが寝ている寝室に入ってしまうと、人間嫌いのウサギの子は多分暴れてしまうので、獣人のモーブ達に緩衝材になってもらいたいのだ。


 先に寝室に向かわせて、敬太が傷を見たい事を説明してもらい、寝室に入る事をウサギの子に告げてもらった。


「ケイタいいぞ」


 しばらく改札部屋で待っていると、寝室に入って行ったモーブから声が掛かった。


「入りますよ~」


 敬太はウサギの子を刺激しない様に、猫撫で声を出しながらゆっくりと寝室に入って行く。


「ううううぅぅぅ~」

「おっちゃんは怖くないぞ」

「怖くないよ~」

「うぅ・・・」


 寝室に敬太の姿が見えると、ベッドに横になっているウサギの子は低い唸り声の様なものを発し始めてしまった。枕元にいるクルルンとテンシンが怖くないとウサギの子を宥めているが、怪我のせいで体を動かせないウサギの子は目だけで敬太を威嚇し続けて来る。


「ごめんね。ちょっとだけ傷の具合を見せてもらうよ」

 

 それでも傷の状態を見ないといけないので、子供をなだめる様な声を出しながら敬太はウサギの子に近づいて行った。

 

 奴隷商が逃げる為に囮としてフォレストウルフ達の中に投げ込まれ、いたるところを噛み千切られている状態のウサギの子の手足は大きく腫れて紫色に変色していた。

 敬太は怪我に詳しい医者では無いので詳しい事は分からないが、確かにこのまま放っておくとまずそうだって事だけは一目見て分かった。


「ちょっと写真撮るね~」


 写真って意味が通じるか分からないし、説明してと言われても面倒なので、敬太はサッと【亜空間庫】からスマホを取り出し、勝手にカシャカシャとウサギの子の手足の状態を撮っていく。

 現実世界に戻ってネットで調べるのにも、傷の状態とか色つやなんかを記録しておいた方が良いと思ったからだ。


「うううぅぅぅ~」

「大丈夫だよ」

「大丈夫~」

「うん、ごめんね。もう終わりだから、すぐに出て行くからね」


 ウサギの子はスマホの写真のカシャっという音に驚き、また唸り声を上げ始めてしまったので、敬太はとっとと寝室から退散した。




「どうじゃった?」

「うん。詳しくは分かりませんが、良くない状態だって言うのは間違いないようですね」


 敬太が寝室を出た後、ウサギの子を落ち着かせてから出て来たモーブが傷の様子を聞いてきたが、やはり当たり障りのない一般的な答えしか返せなかった。


「うむ。そうか・・・これも運命か。仕方があるまい」

「・・・」


 スマホの時計を覗くと22時12分。

 なんだかんだとあった1日だったので疲れてはいたが、先日酒に飲まれたせいで遅くまで寝ていたのが良かったのか、まだ眠気はやって来ない。


「モーブ、ちょっと調べて来ますね。先に寝てて下さい」

「うむ。そうか」


 ウサギの子の手足は一刻を争う程ダメになってしまっているのか、はたまた既に手遅れなのか、それともまだ猶予があるのか。敬太が見ただけでは何も分からなかったので、現実世界に戻りネットで調べるだけでも調べておこうと思ったのだ。

 モーブの様に諦め、手足を失わせる事を受け入れてしまっても良いが、まだ出来る事があるんじゃないかと。素人判断は危険かもしれないが、何もやらないよりはマシだろうと思ったのだ。


 出掛けるのにパッっと辺りを見回したがゴルが見当たらなかったので、ゴルが寝床にしているダンボールを覗き込むと、既にスヤスヤと寝息をたてていた。

 わざわざ寝ているのを起こしてまで連れて行くような用事でもないので、今夜は置いて行く事にする。


「それじゃ、行ってきますね」

「うむ」

「ピピッ」



 改札を使って現実世界に戻った。


 夜の駅は人も疎らで閑散としている。

 帰宅ラッシュが終わり、飲んだくれらが溢れ返る前の隙間の時間だった様だ。


 駅構内でひとり立ち竦みスマホで調べ物をしているのは目立つ感じだったので、近くにある24時間営業のファーストフードの店に駆け込んだ。


 店でコーヒーを1杯だけ頼み、席に着くと早速スマホをイジり始めた。


 怪我、化膿、変色、壊死ニキ。関連しそうなキーワードを入力し、ウサギの子の手足の状態に近い症状、画像を探す。




「ジリリリリリリン」


 クリニックのホームページや怪我の経験者のブログなんかを読み散らかしていると、突然敬太のスマホの画面が切り替わり黒電話の着信音が店内に鳴り響いた。

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