第156話 後片付け3

 スロープを上がり1階層にやって来ると、これまた酷い光景が目に飛び込んできた。


 罠を仕掛けていた蜂の巣部屋が、嵐が通り過ぎた後の様にしっちゃかめっちゃかになってしまっていたのだ。電線は千切れ、絡まり、罠はずたずた。通路に嵌め込んでいたニードルビーを閉じ込める蓋もバラバラになって部屋に散らばっている。


 敬太がダンジョンに来て、初めて作った罠。

 この罠を作るまでに、どれだけ苦労したと思ってるんだ・・・。


「ニャーン」

「ゴルぅ~・・・」


 敬太が落ち込んでいるのが分かるのか、ゴルが足に絡まる様にしてじゃれて来てくれた。心優しい猫を足元から抱き上げ心を落ち着かせるが、残骸が残る罠があった部屋を直す気も、片付ける気も湧いて来ず、ただ茫然と眺めていた。


「行こうか・・・」

「ニャー」


 いつまでも落ち込んでいられる状況でもないので、とりあえずダンジョン内、及び周辺の状況確認を最優先事項とし、【探索】のスキルを使いながら隠れている追っ手が居ないか確認しながら移動して行った。



 ダンジョンの入口の門があった場所まで来ると、ここも思っていた通り、敬太お手製の門が粉々に破壊されていた。木片が飛び散り、打ち付けてあった鉄板がひん曲がり散乱している。


「はぁ~、ここもか・・・」


 分かっていた、分かってはいたのだが、実際に手間暇かけて作ったものをここまで木っ端みじんに壊されてしまっているのを目の当たりにしてしまうと、どうしてもため息が漏れてしまう。

 

「ニャーン」

「ゴル大丈夫だよ、ありがとね」


 そんな敬太を心配したのか、またもやゴルに励まされてしまう。


 フンと鼻から息を吹き出し何とか気を持ち直し、【探索】を使い、辺りを警戒しながら追っ手が他に居ない事を確認してからダンジョンの外に出ると、そこには壊されてしまったストーンゴーレム達が無造作に積まれ、山となっていた。


 切断されバラバラになっていたり、核を割られその動きを止められてしまったゴーレム達。数十体では効かない数百体規模の残骸の山がダンジョンの入口から半円を描くようにして堆く積まれていた。中には拳大の「偵察部隊」も数多く見られる。無駄な抵抗と分かっていても玉砕攻撃をしてくれたのだろう。


 ゴーレム達の残骸は雑木林の方にまで続いており、さらに先に目を向けると、壊されたストーンゴーレム達で道が出来てしまっていた。それは見えなくなる所までずっと続いている。きっとこの調子だと、ダンジョンを囲んでいる崖に作った門も壊されているのだろうと、諦めにも似た現実逃避をしてしまう。「形あるものは必ず壊れる」そんな言葉が頭を過るが、最早慰めにもならない。


「ゴーさん。大変だろうけどみんな回収してあげてね・・・」


 敬太の左手首にバングルとして擬態しながら巻き付いているゴーさんに声を掛けると、分かったとばかりにシュタっと敬礼ポーズを返してくれた。


 空を見上げれば、既に日が落ち闇が迫って来てしまっていた。




 ガックリと肩を落とし、全ての作業を放棄して改札部屋の扉の前に戻ると、丁度モーブも見回りから戻って来た所で、蛍光灯の明かりに照らされながらゴーレムを連れて歩いているのが見えた。


「モーブ、そっちはどうでした?」

「うむ。9階層まで見て来たが異常は無かったぞ」


 1階層、3階層、5階層、7階層、9階層とダンジョンの奇数階に仕掛けた罠は、1階層と同じ様に全て破壊されていると覚悟していたのだが、どうやら最悪の事態にはなっていなかった様だ。敬太はホッと胸を撫で下ろした。


「良かった・・・」

「うむ。奴らもゴーレム達との戦いで大分消耗しておったのじゃろう。わしからすれば、ここまで辿り着いた事が既に驚くべき事じゃったからのう」


 ダンジョンの外には約1,000体のストーンゴーレム、ダンジョンの中には約100体のアイアンゴーレム。それらを全て倒し3階層の改札部屋前まで攻め込むのは、いくら手練れとはいえ大変だったのかもしれない。結果的には進入を許してしまったのだが、敬太が作り上げた守りはそれなりに効果があった様だった。

 加工のしやすさから木が基本となってしまった門などの防衛設備や、アイアンゴーレムを作り出す事が出来るのに数が多く面倒でストーンゴーレムのまま運用してしまった事など、防衛手段の改善点は次々と思い浮かぶ。


 とりあえず今日は時間も時間だし、改札部屋に戻って少し落ち着きたい。

 色々あって精神的に疲れてしまっていた。


「モーブ。ダンジョンの入口の門が壊されちゃってたんですけど、どうも今日は疲れちゃったので、復旧作業は明日からでいいですか?」

「うむ。そうか。わしらは住まわせてもらっている身じゃ、ケイタの好きにしたらいいじゃろう」



 モーブに許しを得たので一緒に改札部屋に戻ると、子供達が元気に出迎えてくれた。

 

「おかえりー」

「おかえり~」


 平常運転の子供達の出迎えの声に敬太は少し驚いてしまう。

 子供達の切り替えの早さが凄いなと思ったのだ。


 つい先程まで改札部屋の扉の前に追っ手が迫っていて、何とか撃退出来たものの、子供達もそれなりに危険や恐怖を感じていたはずなのだ。それなのに今はもうケロっとしている。

 敬太は未だに気を抜くと膝が震えそうなぐらい追っ手との戦いで緊張していたし、ビビっていたというのに・・・。

 まだ幼いクルルンとテンシンの方が、命のやり取りをする修羅場を数多くくぐり抜けているという事なのだろう。改めて逃亡奴隷として逃げていた日々の過酷さを思い知ることが出来た。



 なんだか子供達に逆に勇気付けられてしまった敬太は、気落ちしているのを悟られない様にいつも通りに振舞い、夕食、風呂なんかを皆で騒がしく済ませていった。すると、気が付いた時には敬太の気持ちは平常の心持に戻る事が出来ていた。どうやらバタバタと日常の生活を過ごすうちに、自分が守ったものを感じる事が出来、誇りが持てて、「間違っていなかった」と気持ちに整理をつける事が出来ていた様だ。


 敬太は父親の事もあり、結婚する事が出来ていなかったが、何気ない暖かな家庭という物も悪くないと思ったのだった。



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告知です。


2020年7月17日。

昼食包との不自然さを減らす為に「147話 包=パック」に少し話を加え「148話 誰も知らないゴルの活躍」を追加しました。


本筋は変わらないので読み直さなくても大丈夫だと思いますが「事故相手の昼食包と何で正体を無くすまで酒を飲んだんだ」と思っていた方には、少しだけ納得していただけるのではないかと思っています。



駄作ですが、これからもよろしくお願いします。

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