第145話 中古車屋
介護施設への受け入れは、事前に連絡してあったのもありスムーズに行われた。
父親の部屋に持って来たパジャマなんかをしまい、職員さんに挨拶をしたら、もう敬太にはやる事が無くなっていた。
「親父、そんじゃ行くね」
「・・・」
「また来るからね」
「・・・」
相変わらず、父親からの返事は無い。聞こえているのか、いないのか。
目を合わせてみても、焦点が合っていない感じがした。それは、首を切り落とされて死んでしまったモーブの連れていた子供達のヤムンとチャオの最後の目と似ていた。何も見ていないのに開かれた目、虚空を見つめ「無」を感じさせる眼差し。そこに意識がある様には見えなかった。
これは「生きている」と言ってもいい状態なのだろうか。
この状態はハイポーションより強力な回復薬、エクスポーションと言う物を飲ませれば治るのだろうか?不思議な異世界のチカラは父親を助け出してくれるのだろうか?
「そんじゃあね」
「・・・」
ヨシオが教えてくれたダンジョンの先に行けば出てくるというエクスポーション。
全てはその薬のチカラにかかっているだろう。
介護施設を出ると、既に日が傾き始めていた。
本来ならば、これで用事は済むハズだったのだが、昨日、交通事故に遭ってしまったので、車関係も片付けなければならない。中々の面倒事だ。
まずは、時間を考えて役場に向かう。夕方、何時まで開いてるのか知らないけど、夜遅くまではやってないので、急いだ方がいいだろう。
廃車にするのに印鑑証明書、新しく車を買うのにも印鑑証明書と住民票。それぞれ必要になるので枚数分を取ってもらう。
この1年間に軽トラ、4WDのジープと、2台車を買っているので、買う方の書類には覚えがあったが、事故に遭った軽トラを廃車にする場合の書類に自信が無かったので、役場で待っている時間を利用してスマホで調べてみた。すると、自動車の税金の領収書や、車検が残っていた場合の重量税還付の為の銀行口座なんかも必要だと分かり、このままいつもの中古車屋に向かうつもりだったのだが、一旦実家に帰って領収書なんかを探し出して来なければならなくなった。
なので、役場の次は実家に戻り、必要な書類を持ち出し、外に出てみると、辺りはすっかり暗くなっていて帰宅ラッシュの時間となってしまっていた。
敬太はこのままジープで移動するつもりだったのだが、渋滞を避けるのとガソリンを入れる事も思い出したので、モトクロスバイクに乗り換え実家を出発し、馴染みの中古車屋へと向かった。
「もしもし、
今日一日、病院から介護施設と敬太の後を追い、付け回していた1台のステーションワゴン車が、路肩に止まっていた。運転席に座る女は、周りの目を避ける様にベースボールキャップを目深に被り、スマホで会話している。
「いえ・・・ええ・・・大丈夫です、やってみます」
話が終わり、スマホを高級ブランドのバッグにしまうと、車は動き出し、帰宅ラッシュの列に加わって行った。
敬太はバイクを走らせると、渋滞している車を尻目に、脇をすり抜け、たいして時間も掛からずに中古車屋に辿り着いた。
「いらっしゃいませ~」
店内に入ると、すぐに店員が声を掛けて来る。
「すいません。先日事故車を引き取ってもらった森田ですが、手続きをしに来ました」
「森田様ですね、少々お待ち下さい」
対応してくれたタイトスカートを履いた若い女の店員さんは、すぐに奥に引っ込み、代わりにスーツを着た男の店員がやってきた。
「お待たせしました。森田様、怪我の方は大丈夫ですか?」
「ええ、不幸中の幸いと言いますか、この程度で済みました」
スーツを着た男の店員はこれまでも車購入の際に受け持ってくれた、言わば担当者みたいな感じで、真っ先に敬太の怪我の具合を気にかけてくれた。それに対し敬太はポーションを飲んで塞がった傷の上に巻いてある包帯を差して、口の端を持ち上げて見せる。病院、介護施設、車屋。何処に行っても事故の事は聞かれるだろうとカモフラージュして怪我が治ってないフリをしていたのが役に立った様だ。
テーブル席に案内され、コーヒーを出してもらって、そこで細かい話を進めた。
まず、事故った軽トラの状況を聞くと、大事な部分が曲がってしまっているらしく、やはり廃車にした方が良いと言われた。これは思っていた通りだったので、その方向で話をしていく。
必要な書類を取り出し、委任状に判を押し、費用などを見積りしてもらう。事故現場から運んでもらったレッカー代から、解体費用、解体場に運ぶレッカー代、ナンバー返還で運輸局に代理で行ってもらう費用、またそこでかかる費用。
中々大変そうだが、その辺りは全て丸投げにしてしまった。
この中古車屋は車の販売の他に、板金、車検なんかもやっているので、今回の事故の事で大いに助けになってくれた。敬太の保険会社とも連絡を取り合い、色々とやってくれている。敬太も一度、保険会社からの電話口に出され、怪我の具合、入院費、それから事故車についての話が出来、面倒事が片付いていった。
中古車屋の店員からしたら「仕事なので」と答えるかもしれないが、親身に話を聞き、面倒を見てくれるのはとても助かり、嬉しかったので、この中古車屋で新しい軽トラを買う事にした。
本当は小金持ちになっているのでディーラーで新車を買おうと思っていたのだが、こういう繋がりは大事にしておいた方が良いだろうと、思い直したのだ。
損得よりも人脈。お金に振り回される事が少なくなった敬太は、そう考える様になってきていたのだ。
4WDで、窓をくるくるしないで開けられる軽トラと注文を付け、探して欲しいと頼むと、スーツを着た男の店員は嬉しそうに頷いてくれた。きっとノルマやらがあるのだろう、少しでも貢献出来たならば恩返しになったと思いたい。
しかしここで、全ての費用は保険会社同士の話し合いが終わってから、何処まで支払われるか決まる為、少し待ってと言う事になった。
特に急いで軽トラが必要な訳では無いし、待つのは1週間ぐらいらしいので、連絡が来次第、新しい車の引き渡しは出来るようにしておくという事で話は終わった。
「ありがとうございました~」
中古車屋を出てモトクロスバイクで実家に戻ると、既に21時近くになっており、辺りは夜の静けさに包まれていた。
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